~答え合わせ~
ドロリ、と粘性のある水のようなもの。
それのお陰で穴に落ちても大丈夫だった。けど、めちゃくちゃ気持ち悪い。
なんだこれ? 動いてる?
「それはスライムじゃな」
その声に、俺は再び上を見上げた。
ライトに照らされたのは……レイルゥだ。
でも、顔つきが変わっている?
もっと幼いイメージだったはずのレイルゥだが、いまは違った。
どこか、大人びたような……そんな雰囲気を感じる。
「スライムって、あのスライムか」
俺はライトを足元に向ける。
じゅるじゅる、っていう感じで動き続けていた水っぽい物。くらげみたいな感じの生物が大量に集まっていた。
スライムと言えばゲームで良く聞くヤツだ。ぷるぷるした体で、RPGだと良く序盤に登場するゴブリンみたいなザコモンスターだな。
でも、こいつのおかげで怪我をすることなく助かった。
この高さから落ちたのなら、足とか腕とか折れていたかもしれない。スライムさまさま、っていうヤツかな。
「ルイル、レイルゥ。なにかロープを引っ掛ける所とか無い?」
クリエイトでロープを作って登ろう。
そう思って声をかけたんだけど――
「いいや。そこがお主の死に場所じゃ」
「え?」
その声に、聞き返す。
それはレイルゥの声だったけど、今まで聞いていた声色と違った。
いや、言葉遣いすら違っている。
「なにを言って」
「貴様らニホンジンは複雑な言語を使うでのぅ。ニホンゴを習得するのに苦労したわ。しかし、やっぱり阿呆のふりは殊更楽しめる。特にニホンジンは褐色肌の娘がいると、奴隷だと疑いもしない。まったく、御し易い民族よのぅ」
かかか、とレイルゥが笑った。
「なにが……なにを言ってるんだレイルゥ。とりあえず穴を登らないと」
「やはりお主は生かしておけぬ阿呆よ。未だ自分が騙されておったと気づかぬか」
「え……」
騙されていた?
「ニホンゴで言うところの転生者。暗黒の空から降ってくる能力者共。それにマトモな者はいない。お前も例外ではなく、生きる資格なぞどこにも無かったな」
ルイルが話す。
その目は、冷たく怖かった。
「お、俺のどこに生きる資格がないっていうんだ!」
気がつけばこんな世界に落とされただけで、別に俺が選んだわけじゃない。それに、俺はクズじゃない。犯罪だってしてこなかった。普通に生きていたはずだ。
それなのに、勝手に殺されるような覚えはないぞ。
「アユム。貴様、平気でコボルトを斬ったな」
「そ、それがどうした! モンスターだろ? ルイルだって戦ってたじゃないか!」
コボルト程度も倒せなかったくせに、なにを偉そうに言うんだ。
「以前に転生した優しい者がいた。例外中の例外だったな。そいつはな、コボルト程度も倒せない、普通の人間だった。そいつが言ってたんだ。動物を平気で殺せるヤツは、まともじゃない、とな」
なにを言ってるんだ?
コボルトはモンスターだし、襲い掛かってくるじゃないか。
それを殺してなにが悪い!
「アユム。お主、前の世界でイヌかネコを殺せたか?」
「は? 殺すわけないだろ」
「だったらなぜコボルトは殺せる?」
「襲ってくるヤツが悪いに決まってるじゃないか。向こうが襲ってくるから、斬って殺したんだよ!」
「では、イヌやネコも襲ってきたら殺すんじゃな」
俺はうなづく。
当たり前だ。襲ってこないからこそ、犬も猫もペットになってるんだ。ライオンとかだって、襲ってこなかったら今頃はペットして飼われていると思う。
危険な動物は、たとえモンスターでなくとも殺さないといけない。
「うむ。お主の人柄がよく表れている答えじゃ。妾は満足したぞ。かかか、後は任せたルイル」
そう言ってレイルゥの顔は見えなくなった。
「な、なにがなんだか分かんねーよ!」
「なに、そんなに難しくはないさ。私たちは転生者を殺す。その役割を担っておるのだ。考えてもみろ。なぜ別の世界に来たのに読める文字が書いてあり、ニホンゴも通じるのかを」
最初に見た看板。
カタカナで書いてあった文字が罠だっていうのか?
他は英語とか無かったじゃないか!
日本人だけがたどり着く場所ってことか!?
「なにが! なんで! く、くそ! なんで、なんで俺を殺すんだよ!」
「お前が優しくない転生者だからだ。平気でモンスターを殺す。殺したあと、平気で肉を喰う。レイルゥ様を奴隷としか疑わない。あいさつをしない。そしてなにより、頭が悪い」
な!
なんだと!
「ぶっ殺してやる!」
「そう、それだ。貴様ら転生者は厄介な能力を付与して悪魔から産み落とされるのだ。だからこそ、この世界の安寧のために死んでもらう。例外はない。たとえ優しい転生者であろうとも、例外なく殺す。逃げても殺す。隠れても殺す。理解しろ。これは私たちの世界を守るための手段だ」
そんな理由で、殺されてたまるか!
「クリエイト・ハシゴ!」
俺は穴を登るためにハシゴを思い願う。
「あつっ」
しかし、足が急に熱くなり上手くクリエイトできなかった。
なんだ?
そう思って足元にスライムがいるのを思い出した。
「ザコが!」
自動剣を使ってスライムを攻撃する。剣を振り下ろし、薙ぎ払うようにジェル状のモンスターを斬っていく。
「くそ」
だが、死なない。斬っても斬ってもスライムは死ぬどころか、ますます襲ってくる。
なんでだ、くそが!
「それもニホンジンの愚かなところだ。なぜかスライムと聞くと途端にあなどる。液状のモンスターで攻撃がほとんど効かないっていう恐ろしいモンスターなのにな。普通、スライムと聞けば全力で逃げ出すぞ。まったくニホンっていうのはどんな世界なんだろうな」
斬っても、斬れない。
突き刺してもズルリと逃げていく。
「くそ! くそが! ぐ、が、あつ、いた、いてえぇ!」
足が痛い!
煙が、足が溶かされてる!
「た、助け、たすけて!」
「断る。怨むなら、空の上にいるという悪魔を怨んでくれ。もっとも、私たちは見たことも会ったこともないがな」
あれは、神様じゃなかったのか。
「痛い! 足が、ああああし、が! ひいいいいいい!」
自動盾が役に立たない。あらゆる場所から襲ってくるスライムを、全部ふせいではくれない。
「そうそう。昨晩レイルゥ様がお前を殺そうとしたんだが、失敗してな。作戦をスライムの穴に入れ替えたんだが。その盾が無ければ、もう少し楽に死ねたぞ。眠っている間にすんなりと、な。便利な能力がアダになったな、アユム様よ」
「あづい! いだい! たすけて! おねがいします! あしが、あしがなくなったから、もう、あああああ、指が、ゆびが!」
「いいや。貴様は無慈悲に死んでいけ」
そう言ってルイルの顔も見えなくなった。
ライトがもてなくなったので、なにもわからない。
ただただ。
体中が痛い。
「あああああああああ! ああああああああああ! ごめんなさい! いたいいいいい! 死にたくない、死にたくないいいいい! ああああああああああ! だれか! だれかたすけて! おご! おっごごおおおおおおえええええ!」
口に。
目に。
スライムが入ってくる。
もう。
ダメだ。
苦しい。やめて。死ぬ。死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ。
死にたくない。
しにた――
あ――――




