不穏な気配
値札作戦はとても上手くいった、物から物への交換は確認が必要だが、値札のついた商品はスムーズに売買ができたのだ。
わかりやすいっていうのは別の世界でも大事なことなんだな。
日が暮れ始め、客足が引いた所で、箱を片付けながら荷車に腰掛けたカルムの所へ戻る。
「一先ず売り終わりましたよ」
「お疲れ、いやー早かったな。あの黒丸と白丸を描く作戦はいいなぁ」
「でしょう。今度から移動中に描いておきますね」
「メェ~」
うんうんと頷きあっていると、メリアラに軽く頭突きをされる。
小柄な羊に見えているが、実際は中型の魔物だ。なかなか強い力だったので、堪えきれず一歩前へ出てしまう。
「ああ、そうだった。クロード、この花の査定できるか?」
目の前に腕いっぱいの花を抱えた少女がムッとした表情で僕を見上げている。
どうやらかなり待たせてしまったみたいだ。
「遅くなってごめんね、花を見せて貰えるかな」
「……はい。確かに薬草じゃないけど、いい香りだし、お茶にすると元気が出るのよ」
小さな白い花弁が鈴なりに咲いている。
この甘酸っぱい香りには覚えがあった。
「これ、川沿いの木に咲いてなかった?」
「わかるの? この花ね、実も美味しいんだよ」
「祖母の趣味がガーデニングだったから、有名なハーブは知っているよ」
「はーぶ?」
間違いない、これはニワトコの花だろう。
確か、軽度の万能薬みたいなの作用があったはずだけど、こっちの世界にも生えているとは……そういえば、似たような植物や動物も多い気がする。
もしかしたら、この世界と僕の居た世界は、同じ神様が創ったのかもしれない。
そんな馬鹿な事が頭をよぎった。
「クロード君の所見はどうだ」
「僕達が使えるのは花の部分だけだね、効果の高さは未確認だけど解毒効果もあるよ。お茶にして飲むのが一般的かな」
「解毒草より低いレートが無難か?」
「そのへんはカルムに任せるよ」
「じゃ、待たせたし、黒石4個で魔鉱石1個にしよう。ただし花の部分だけな、茎や葉っぱは出来るだけ入れるなよ」
レートを決め、カルムが天秤の片側に黒石を入れると、女の子が嬉しそうな顔になる。
「うん! よかった、ありがとう眼鏡のお兄さん」
「どういたしまして、お嬢さん。そうだ、花の実はちゃんと熟してから食べるんだよ、種は食べないように」
「うふふ、食べないよーそんなの」
俺にお礼が無いと、軽くいじけながらメリアラの頭を撫でるカルムを横目に、女の子は待っている間に選んでいたであろう魔鉱石を3つ交換していった。
既に日は沈みかけ、辺りは薄暗い。
明日の予定や、宿はいつもの場所を使う、などと話しながら片付けていると、先ほど干し肉を買っていった青年がこちらへ小走りで駆けてくる。
腰から長剣を下げているので村の自警団のように見えた。
「買い忘れた物があってね、まだ大丈夫かな」
「大丈夫だよ、こいつが探すから」
「しれっと押し付けないで下さい」
メリアラの角を磨きながら空いた手で僕を指差してくる。
片付けながら木箱を積み込んだのだ。
それなりの数があるので一番下の物だったらかなり面倒くさいし勘弁して欲しい。
「いやいや、明日でもいいさ。魔物除けの香木は無いか? 出来るだけ強いやつ」
「魔物除けか」
そう言ってカルムは羊たちを見やる。
姿は羊でも彼女達はれっきとした魔物だからあまり嬉しくないかもしれない。
「あるにはあるが、この村は魔物が出るのか?」
「最近ボアの群れが近くに出てな、畑がやられている」
理由を聞いてカルムが顔を顰める。
「こんな平地にか? そりゃきついな……いくつか売ってもいいが、俺はあの煙をかぐと鼻水が止まらなくてね、俺たちが出て行ってから使うなら売るぜ」
その言葉を聞いて青年が噴出すように笑い始めた。
「はっはっは、なんだカルム、お前魔物みたいだな!」
「うるせーな、大体そんな大事な物買い忘れんなよ」
羊のために泥を被ったであろうカルムは、嫌そうな顔で青年を睨みつけると、やっと青年の笑いが収まり始めた。
「いやぁ、ついな、つい」
「商品の効果は小型向けだ。中型や大型には効果が薄いけど、ボア位なら効くだろ」
「よし、なら明日用意しておいてくれ」
軽い口調の青年は香木のレートを交渉し終わると、早足で家へと帰っていく。
その背を見ながら、僕は畑の被害のことを考えていた。
この村は大麦の栽培をメインとした農耕村だ。他にも野菜やちょっとした果物も育てている。
基本的に自給自足だから、作物が荒らされてしまうのはかなり手痛いはずだ。
「ボアか、厄介ですね」
「ここは山や森から離れてるからな、ハンターも居ないんだろ」
「……魔物が増えた影響でしょうか」
何か出来ないだろうか。魔物避けの香を焚いても、効果は一時的だ。
一番効率的なのは討伐してしまう事だが、そのために必要な戦力がこの村にあるとは思えない。
そんな事を考えていると、カルムが大きくため息をついた。
「お前の仲間の苦労が分かったぜ」
「え」
「王都の奴等が下々のために魔物討伐をするなんておかしいと思ってたんだ。お前だろ、面倒ごとをホイホイ持ち込んだな?」
「そんなことは……無いとも言い切れないけど」
どうだっただろうか? いつも兵士達には危険だから止めてくれと請われていたけど、パーティを組んでいた三人は割りと乗り気だったような気もする。
おかげで予定より、行軍がかなり遅れていたのも確かだ。
けれど、勇者とはそういうものなのでは。
「いいか、俺たちはただの商人だ。討伐は冒険者とかに任せればいいんだよ」
「そう、ですよね」
僕は、もう勇者ではない、だから助ける必要も無い……。
頭では分かっていても、胸の奥がザワザワした。
厄介ごとのフラグが立ちました!