羊は策略をめぐらす
時間軸としては2話の羊との出会いの続きになります。
羊の鳴き声が空しく響きわたっている。
「勇者には死んでもらう?」
殺害予告とも取れるその言葉を聞き返すと、カルムは真面目な顔で頷いた。
「いいか、お前はあんまり町に近づいてないだろうから知らないかもしれないが、勇者様の姿絵は国中に出回ってるんだ。それこそ小さな村でもな」
「そ、そんなに……」
カルムが僕を見てすぐ気が付くくらいだ、余程似ている絵なのだろう。
「一月くらいで大きな町には貼られていたな、ついこの間、海辺の村にも設置されてるのを確認した。そんな金かけるならスラム街をどうにかしろっての」
というか、そんな労力を使ってまで僕を処刑したいのかこの国は。
なんだか黒い感情が湧き上がってくる。
人を勝手に召喚して命がけの戦いに投入しておいて、なんて奴等だ。
「いいか? 俺はお前を助けた。が、このままお前に装備渡して別れてもすぐ捕まるか、今回みたいに死に掛けると思うんだよ」
「……うん、そう思う」
ついさっき死に掛けたのだ、とてもじゃないが否定できない。
「俺と一緒に来てもいいけど、このままじゃお互いしんどいだろ?」
「……」
口を閉ざし俯いた僕に、カルムが意気揚々と提案した。
「だから、勇者は昨日、ウルフに襲われて死んだ事にしようと思う」
胸を張って伝えられたその提案に「なるほど」と思った。
逃亡生活の始めの頃はどうにかして汚名を挽回できないかと悩んでいたが、もはやそれは不可能だと感じている。
どうあがいても信じてもらえないならば、死んだ事にして新たな人生を送るのもいいかもしれない。
僕の国でも犯罪被害者が新たな国籍を貰って人生を再スタートさせてるじゃないか。
でも、「そんなこと出来るのでしょうか?」と、思わずそんな言葉を口にしてしまう。
「この短剣を次の村で売れば、そのうち大きな町に納品されて気が付くだろ。短剣は森で拾った奴から買い上げたって言っておけばいい」
僕の短剣をクルクルと器用に回しながら、当然のようにカルムが答える。
そういえば、前に姫と城下について話した時、店には定期的に衛兵が監査に行くって言ってたっけ。
「あいつら税金の取立てには厳しいからな、珍しい物や一級品が見つかるとチェックしていくのさ。」
「それだと、売りに来た人を調べられることになるんじゃ」
「お前が売りに行ったのならともかく、元々商人の俺なら大丈夫。それに、人の手を介すほど調べられる心配は減る」
どうやら作戦に自信があるらしい。心配だけれど、こういったことは専門家に任せたほうがいいだろう。
僕が納得したのを察すると「これを飲んでくれ」と言って、ポーチから怪しげな黒い液体が入った小瓶を取り出した。
「これは?」
「染色剤だよ、髪の色を変えるだけでもかなり誤魔化せると思うんだ」
「え、染色剤を飲むの?」
「染めるって言ったら体の内側からに決まってるだろ?」
うーん、僕の世界では外側から染めるのが一般的だったけど、この世界は飲み薬扱いなのか。
ふたを開けるとツンとした刺激臭がした。これ絶対不味いでしょう。
本当にコレを飲まないといけないんだろうか……カルムを見上げれば、何かを期待するかのような眼差しで僕を見ている。
ええい、なんとでもなれ!
気合を入れ、ドロリとした黒い液体を鼻をつまみ、一気に飲み干す。
不味い、すごい臭いがする。液状のサルミアッキより絶対酷い。
「おおー、それを一気に飲めるとは、流石勇者」
言いながら、口直しなのか、干した果物らしきものを投げてよこしてきた。
「元だよ、元……すごい味だね、これ」
「だろー? おまけに効果が出るのが遅いから売れなくてさ。次の村に着いた頃には真っ黒に染まってると思うぜ」
甘さの足りないドライフルーツを噛んでいると、ついでとばかりに黒縁の眼鏡を無理やりかけさせられた。
「お前の顔は目立ちすぎるから」だそうだ。
少し大きめの古めかしいデザインで、視力というよりも魔力補助のアイテムらしい。
満足げに笑っていたカルムが僕を見てちょっと困ったような顔をした。
「ここまでやっといてなんだが、本当に俺に付いてきて大丈夫か? 俺と来るって事は色んな人に変な目で見られることになるぞ? それでも構わないんだな?」
今までの一人っきりの逃亡生活を振り返る。
どこへ行っても誰かに僕の正体がばれているんじゃないかと、酷く体力も神経もすり減らす日々だった。
宿には泊まることが出来ず、木のうろや廃屋で眠らねばならない。それも雨風が凌げるだけマシだった。仕方なく木の上で寝たこともある。
冒険者の振りをして携帯食を買うのもかなりの勇気が必要だ。
昼間は人の気配に怯え、夜は獣に怯える毎日……それを思えば、羊を連れた変わった行商人に思われるくらいどうってこと無いだろう。
僕が深くうなずくのを見て、カルムが楽しそうに笑う。
「わかった。よろしくな、クロード」
差し出された手を思わず見つめてしまう。
これから彼を巻き込むことになるのかもしれない。
僕は役に立てるだろうか、僕は一体どうすればいいのだろうか。
僕は――この世界でどうしたいのだろうか。
「よろしくお願いします、カルム」
流されるがまま勇者になって追われた僕は、この世界に来て初めて、僕の意思で、彼の手を取ったのだ。
ここまでがプロローグです。カルムの忠告は、まぁ、あらぬ誤解を受けるぞってことですね……。
次回からのんびり行商編を予定しています。