元・勇者との出会い
引き続きカルム視点です。
一通りの手当ての後、ふかふかのメリアラに寄りかかって勇者(多分)は気持ち良さそうに寝ている。
さっきまでは魘されていたのが嘘みたいだ。
わかるぞ~寝心地最高だからな。
メリルの毛はしなやかだから毛糸とかに向いてるけど、メリアラは断然寝具だろう。
色々な噂はあるが羊たちが受け入れているのだ、悪い奴ではないと思う。
森から引き上げる時、ついでに拾ってきたウルフを近場の木に吊るして血抜きをしておく。
売れそうなのは二匹だけだったが、ちゃんと処理しておけばちょっとした収入になりそうだ。
やる事も終わったし、夜の番は羊たちに任せてさっさと寝た。
俺より優秀だし。
太陽が昇り始め、辺りが白み始めてきた頃、いつもと違う羊毛の感触に、そういえば勇者らしき男に特等席を譲ったんだと思い出す。
「う……? ひつじ? うわぁ!」
向かいで寝ていた男が起きたようだ。
メリアラを見て驚いている。可愛いもんな、仕方ないさ。
そのままフラリと立ち上がり、木に吊るしていたウルフに悲鳴を上げ、尻餅をついた。
あれも仕方ない、自分を殺しかけた相手が吊るされていたら誰でも驚く。
もうちょっと吊るす場所考えればよかったな……。
「おはよう、体の具合はどうだ?」
「お、おはようございます」
反省をしつつ声をかけると、戸惑ったように男が答えた。
じっと俺を探るように見つめている。瞳も青か、これは決まりだな。
「俺はカルム、行商をしている途中であんたが森でウルフに襲われているのを、うちの羊たちが見つけてね、覚えてるか?」
「はい、ソレを見てハッキリ思い出しました……」
うんまぁ、ちょっとインパクトあるよね。
「僕はクロードといいます。手当までして頂いて、なんとお礼を言えばいいか」
「ん? クロード? ランスロットじゃないのか?」
聞いた瞬間、勇者の顔が強張り、露骨に警戒された。
随分ひどい目にあってきたらしい。
「森で拾ったときからもしかしてとは思ってたよ、あんなに光の精霊に好かれてるし、その容姿だし」
よいしょと立ち上がり、羊たちのご飯を荷車から取り出し置いて行く。
今日は果物もつけてあげよう。
「……僕の逃亡生活もここで終わりか」
じめじめとひざを抱える勇者を横目に、今度は人間用の朝食を準備する。
硬パンに干し肉と香草のスープにするかな。
小鍋を取り出してちゃっちゃと朝食の準備を進めていく。
「とりあえずクロードでいいんだよな? 硬パン食えそう? きつかったら煮ちゃうけど」
振り返るとクロードが凄い変な顔をしていた。
「あの、僕を衛兵に突き出さないんですか?」
「それならボロボロのまま簀巻きにして運んでるさ、パン煮るぞ?」
一応断ってから硬パンを適当に割って小鍋に放り込み、火の近くに座り込む。
「俺の実家さ、きこりやってるんだよ」
クロードは怪訝な表情で俺をじっと見ている。
「1年位前かな、森にエルダーウィローが出現してさ、森は魔物だらけでもう滅茶苦茶。通りかかった勇者一行が片付けてくれなかったら廃業だった」
「……」
「廃業してたら俺は確実に実家に連れ戻されてた。こんな自由に羊たちと旅なんか続けてられなかったのさ、だからほんとーに感謝してる」
いやもうほんと、あの村にずっとなんて居られない。
羊が俺を呼んでいるのだ!
両親と弟どころか、村中が結婚しろ結婚しろって煩いし。
ここ数年は補給がどうしても必要でない限り通り過ぎるようにしている。
小鍋の味見をして塩を少し足した。
干し肉が柔らかくなるまでもう少しかかりそうだな。
「勇者ランスロットは俺の故郷だけじゃなく、おれ自身の恩人なんだ、いくら王都から反逆者だって言われたからってそんなもん簡単に信じられるかよ」
言われたものをそのまま鵜呑みにするのは馬鹿のすることだと思う。
思うんだが、町の人々はあっという間に信じていった。
それはもう凄い速さだった。所詮別の世界の人間なのだからと。
この世界の人間より遥かに高い身体能力と魔力を持った勇者を恐れだしたのだ。
人は信じたいものを信じる生き物だ。
民衆を上手く操っている王は優秀なのだろうけど、なんとも腹立たしい。
俺ですらムカつくんだから、当の本人の心境なんて想像もつかない。
だから、変な慰めもしない。
ぐるぐると小鍋をかき混ぜる。
うん、大丈夫そうだな。木の器に出来上がったパンスープを入れてやる。
「俺はお前を信じてるよ」
さぁ食え! と器とスプーンを押し付けて俺も食べ始める。うん、それなりに美味い。
クロードはしばらく呆けたようにスープを見つめていたが、意を決したようにガツガツと食べ始めた。
「足りなかったら鍋のも食べていいからな」
先に食べ終わったので吊るしていたウルフを回収しにいく。
うーん、やっぱり痩せすぎで肉は無理だろう、皮にするしかないな。
こっちの痩せ狼はたぶん大丈夫だ、しばらくは消化のいいものを用意しなければいけないが。
「はー……」
さて、いい加減現実逃避をやめるか。
拾った男は確かに勇者だった。
それはいい、恩を返すことが出来る。
それに王のやり方には腹が立っていた。
しかしだ、国中に貼られた指名手配の絵、おまけに目立つ容姿と、逃亡はかなりの難易度なんだよな。
よくまぁあの装備で三ヶ月も逃げ回れたものだと思う。
実は物凄い潜伏の達人だったりして――チラリと様子を見てみると、涙目でパンスープをかきこんでいるのが見えた。
違うな、あれは体力と運でなんとか乗り切ってただけっぽい。
あれだけ餓えているのを見ると生活力も低そうだなぁ。
これは対策を練らないと不味そうだ。
拾ってしまったものは仕方ない、何とかしなければ。
このまま衛兵共に勇者を探されては困る。
俺にとって一番大切な、羊との行商に支障がでてしまうからだ。
なんとなく、クロードが持っていた短剣を懐から取り出す。
商人の性か、あの後磨いておいたのだ。
それにしても結構良い短剣だな、装飾が珍しい。ん? ……珍しい短剣か。
くるりと振り向き、クロードに笑いかけた。
「コレで勇者には死んでもらおうか」
ポカンと口をあけた勇者の後ろでメリアラが「良い案ね!」とばかりに鳴いた。
すごく語弊のある言い方になってしまったのでクロードが目を丸くしている。まぁいいか。
勇者には世間的に死んでもらおう。
大丈夫、俺たちには幸運の女神が二頭もついているのだから。
この世界の平均結婚年齢は16~18なので、既に22歳のカルムは家族からの圧が超凄いです。
次からはクロード視点に戻ります。