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荷羊車は勇者を匿う  作者: シャイル
1章.初めての行商
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閑話 精霊術の練習とシロップ作り

ガタゴトと揺れる荷羊車の中で、女の子から仕入れたニワトコの花を毟る。

 葉や茎などのゴミを取り除いて、ザルに餞別しながら、前に座る店主に話しかけた。


「次の村はここから一日位なんですよね」

「そうだな、何回か休憩を挟むから、明日の夕暮れに到着すると思う」


 カルムは手綱を足にひっかけ、薬草の枯れた葉を取り除いては車体の下に投げている。

なんて行儀の悪い。魔物羊(メェフィ)は知能が高いので手綱なんてただの飾りなんだろうけれど……。


「休憩中は傷薬作ってるから、お前、暇になるかもな」

「それなんですけど、僕も商品作ってみてもいいですか?」


 僕の申し出に、カルムがぐるりと仰け反るように、振り向いた。


「何か作れんの?」

「麦の雫と、貰った果物、それとこの花を使わせてくれれば、薬用シロップが作れます」

「シロップかぁ」

「祖母直伝のレシピなので、美味しいですよ」


 うーんと少し考えるようなそぶりを見せてから、OKの返事をもらえた。

生活態度は雑だが、結構グルメなのだ。


空き瓶がいくつかあるので、これを煮沸すれば使えると思う。



 さて、前回の戦闘で反省したことがいくつかある。

僕はずっと光の精霊に頼りきって魔法を使い続けてきた。

他の属性は仲間に任せていたので、光以外は基本しか覚えていない。


 しかし、光の精霊の力を使うのは禁止だ。

助けてくれたカルムをこれ以上僕の逃走に巻き込むわけにはいかない。


 ワイルドボアに突進された時、頭をよぎったのは『防御』の術。

光の精霊を使わないのであれば、風の精霊を使って体制の立て直しか、土の精霊に頼んで土壁を作るべきだったんだと思う。


 光の魔法が万能すぎて、他の属性は使ったことが無かったんだよな。

早速休憩となったので、少しずつ他の精霊と仲良くなるべく、火の魔紋(まもん)から使っていく。


 魔紋は精霊たちに意思を伝える為の模様だ、精霊に気に入られるほど強く、多彩な術が使えるようになる。

僕はやけに光の精霊に好かれていたから、念じれば何でも出来てしまったんだけれども。


 魔力をこめて円に『火』の紋を地面にガリガリと描いていく。


『燃えよ』


 念じた瞬間物凄い勢いで火柱が立ち上った。


「うわっ、何やってんだ!」

「ちょっと意思疎通が取れなくて……驚かしてすみません」


 薬草をすり潰そうとしていたカルムが引きつった顔でこちらを見ている。

立ち上がってしまった羊たちにも申し訳ない。


「これは、魔力の篭め過ぎだな。後、焚き火の変わりにするなら停滞の紋も入れたほうが良い」

「停滞ですか」

「俺の場合は火と停滞と風も入れてる。魔力が足りないからな」


 言いながら、枝で円の中に小さく停滞の紋を描き足すと、促すようにこちらへ視線をよこした。

魔力を篭め過ぎない様に気をつけ、もう一度念じる。


『燃えよ』


 ボッっという音がして、中くらいの火の玉が模様の上に浮かぶ。

カルムが「魔力量の差……」とぼやいているが、上手くできてホッとした。


 その辺にあった石を火の回りに設置し、川の水を入れた小鍋を乗せると、空き瓶を浸けて煮沸する。

また何かトラブルが起きた時の為にも、少しずつ他の精霊とも仲良くなっていかなければ。




 昼の休憩時、カルムがボアのスープを作ってくれた。

少ない材料でここまで美味しくできるのは凄いと思う。

硬パンを齧りつつ、先ほど覚えた魔紋を再び地面に描いた。


 ちゃんと教えて貰ったとおり、停滞も書き加え、何事も無く火をつけることに成功した。

いつかは念じるだけで使えるようになるといいんだけど。


 同じように鍋を置き、今度は先ほど消毒した瓶の一つに水の紋を魔力で描いていく。


『溢れよ』


 今度はできるだけ魔力を篭めないようにして唱えてみる。

瓶からは少しずつ水が流れ出し、鍋へ注いでいく。

必要な分が溜まると、素早く紋を指で消した。


 うんうん、いい感じだ。


 満足して顔を上げるとカルムがつまらなそうにこちらを見ている。

そんな失敗を期待されても……。


 魔力で作った湯にニワトコの花と麦の雫、そして柑橘系の果物のスライスを入れて、煮る。

あとは瓶に詰めてしばらく置けば完成だ。


「上手くできましたよ」

「そーみたいだな」

「カルムはどうです?」

「決まった量すり潰して、薬液と混ぜるだけだからなぁ」


 そういうカルムの手元には、白っぽく乳化した傷薬が出来上がっている。


「いつも通りってやつだな」

「慣れてますね……そういえば、薬草を傷薬にして売った場合の利益ってどうなんです?」


 僕の質問に「は?」と素っ頓狂な声が上がった。


「交換した魔鉱石の欠片はもらい物だから計算しにくいかもしれないですけど、経理って大事じゃないですか。なので僕も覚えておこうかと思って」

「け、けいり……」


 商売の基本といえば経理、個人商店なら簿記だ。

売り掛けと買い掛けを帳簿に記入し、経営状態を図るのが基本だ……と思って話しかけたのだが、目の前の店主たるカルムはポカンとこちらを見ている。


 あれ?もしかしてこの世界にはまだ貸借対照表(バランスシート)が無い?

そりゃ僕もそんなに詳しいわけじゃないけれども、まさかカルムの経営って……


「えっと、いつも売り上げとか記録してる?」

「いいや?儲けた分は商品にまわしてるな、売れなかったら買う量を減らせばいいし」

「なんとなく売って、買って、生活してるのか」

「そうだな、最近はエールも飲めるし、結構充実してるぜ」


 わははと笑うカルムを見て、僕はトンカチで頭を殴られたような気がした。

ど、どんぶり勘定だ……。商人ってもっと細かいイメージだったんだけどなぁ。


 カルムにとって大事な事は、羊と旅が続けられるかどうかなので、財を増やしたいとかそんな考えが無いのだろう。


 傷薬を専用の樽に移しているカルムを呆然と見ながらいいことを思いついた。


「カルム、僕が簿記を教えますから、変わりに魔法のコツを教えてくれません?」

「やだ」


 僕の最良の提案は秒で断られてしまった。

というか、やだって、いい年の男がやだってなんだよ……


「魔法っつーか、魔紋のコツなら教えてやるよ。だからその嫌そうな顔はやめろ」

「すみません、根が正直なもので」

「変わりにその経理とやらを頼む」


しれっと丸投げされた。


「あの、既に在庫の把握や管理まで僕がやってますよね?」

「ならついでに頼むよ」


 今度は逆に「良いこと思いついたぜ」みたいな顔をされた。

いやいやいやそれ良くないから、大企業のボスとかの発想だからね。


「駄目ですよ、そこまで僕がやると、もやは僕が店主みたいになっちゃうじゃないですか」

「えー、駄目か」

「駄目ですけど、手伝いはしますよ」


 仕方が無いのでハードルを下げることにした、人生妥協が一番大事だったりする。

自分の場合、諦めという単語もついて回ることが多いが。


「まぁ、俺もわかる範囲で魔法の便利な使い方については教えるよ」


 和やかに契約が交わされた――ように思えたが、カルムという羊馬鹿が真面目に経営を覚えるわけも無く、見かねたクロードが実質的な店主となる日までそんなに時間はかからないのであった……。

ゆるーい話の方が書きやすくて……。

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