戦闘処理と旅立ち
戦闘終了後、僕は体力の限界が近く、座り込んだ。あのまま戦闘を続けられていたら危なかった。
それにしても、とんでもなく体力が落ちているな、明日から軽く走りこむことにしようかな。
窮地を救ってくれたカルムといえば、幻術の使いすぎで魔力と精神力が尽き、倒れてしまった。
倒れる寸前、羊たちに再度幻術をかけたのは流石というか、執念というべきか……。
「おい、兄ちゃん、大丈夫か」
「なんとか無事ですよ、疲れましたけどね」
苦笑しつつ、武器屋のおじさんを見上げる。
彼がカルムと荷車を守ってくれたおかげで、ワイルドボアとの戦い中、メリルを派遣する余裕が出来たのだ。
「おかげで助かりました。僕達だけじゃしんどかったです」
「いやいや、礼を言うのはこっちだよ。よそ者のお前らに村を守ってもらっちまったんだ」
広場を見回せば破壊された木箱、倒された麦畑、そしてボアの死体が六体も転がっている。
恐らく、麦畑の先はもっと荒らされている事だろう。
「兄ちゃん、悪かったな。あんた戦闘もちゃんとできるのに、やめとけなんて言っちまって」
「いえ、こんな見た目ですからね、むしろ心配していただけて嬉しかったですよ」
「そうならまぁいいんだが……」
無事を知らせる鐘の音が響き、隠れていた村人達がちらほらと外へ出てくる。
広場に来る人たちはボアの死体を見て悲鳴を上げたり、壊された壁を見て嘆いたり、怪我人を運んだりと大忙しだ。
そこへ先ほど魔物避けの香を買った男が走りこんでくる。
「大丈夫か! でかいのは!?」
「ああ、カルムたちが追い返してくれたよ、お前にも見せたかったぞ」
どうやらワイルボアは一匹だけだったようだ。
あんな山奥にいるような大物に、ぞろぞろ出てこられてもたまらない。
二人は怪我人や被害の状況を確認すると、男は顔をほころばせて「いやぁ、これだけボアがあれば、今夜は肉祭りだなぁ」なんて暢気なことを言っておじさんを怒らせた。
重傷者が出ているからね、当然だ。
さて、みんなの注意がボアの死体に注がれている内に宿へ引き上げてしまおう。
荷車やカルムたちを移動させなければ。
「今日はもう休むことにします、商売ができる雰囲気でもないし、店主がああですからね」
荷車の上でカルムはひつじに囲まれて幸せそうに寝ている。
その姿がなんだか子供っぽくて笑ってしまった。
「そうだな、疲れただろうしちょっと休むといい。夕飯はボアがでるからな、それまでには起きろよ」
「わかりました、楽しみにしています」
「えーと、それで兄ちゃん、名前はなんだったけか」
「僕はクロードですよ」
「おお、そうか、オレはゲインだ。村の危機を救ってくれてありがとう、クロード」
そう言って無骨な手が差し出される。
なんだかむず痒い様な、不思議な気持ちになりながらその手を取った。
「いやー、食った食った」
「あんなにお肉を食べたのは久しぶりでした」
がたがたと車輪が音を立てて、荷羊車が進んでいく。
話題は勿論、先ほどまで滞在していた村のことだ。
あの日の夜は広場でキャンプファイヤーが催され、まさにお祭りだった。
鍛冶屋のおじさんことゲインが、火の精霊を呼び出したものだから一層盛り上がった。
キラキラと舞う火の粉と星の瞬きが忘れられない。
そして村人達が、一番目を輝かせたのは、なんといってもボアの肉だ。
滅多にお目にかかれない新鮮な肉が塩やハーブで焼かれ、次々に配られていく。
硬い部分は薄くスライスされ、大鍋で野菜と煮られた。
僕とカルムは一番の功労者として無償でエールが振舞われ、肉も一番柔らかい部分を頂いてしまった。
カルムは案の定飲みすぎていたっけ。
「ガルムさんには餞別も貰っちゃいましたね」
「折れた剣の代わりだろ? その黒い金属は丈夫だけど、普通の奴には重たすぎるんだよな」
「馬鹿力の僕には丁度良いかもしれないですね」
鉄よりも、明らかに質量のある細身の黒い棒だ。
長さは僕の背丈程で、綺麗な六角形をしている。
とにかく丈夫で重たいので、訓練用の武具に良く使われる金属なんだそう。
これなら思い切り振るっても折れなさそうだ。
「治療費、もっと貰って置けばよかったぜ」
「何を言っているんですか、あんな澱んだポーション飲ませて……本人が知ったら怒りますよ」
なにせ飲まされた本人が言うのだから間違いない。
死に掛けていたとしても、飲めといわれたら若干戸惑う見た目だ。
「それに、ボアの肉や魔石もだいぶ貰ったでしょう」
「殆ど俺たちが倒したんだから当たり前だろうが」
「それはそうかもしれないけれど……」
「まぁ、今日は塩が売れに売れたから良いけどな」
そう、結果的にはこの村での売り上げは予想をはるかに超えるものになった。
肉の保存のために塩をかなり買ってくれたのだ。
冷凍保存なんて技術は一部の富裕層しか持っていないので、干し肉にして備蓄に回すらしい。
毛皮など、処理が大変なものは全て置いて来た。
内臓の殆どは堆肥として活躍するそうだが、一部は子供の玩具になっていることに驚かされた。
膀胱は空気を入れて縫い付けるとラグビーボールのようになり、子供たちは楽しそうに蹴ったり投げたりしていたな。
と、村の様子を思い返していると、カルムが僕の顔を神妙な顔で見つめていることに気が付く。
「なんですか、人の顔をじろじろ見て」
「いやぁ? 楽しかったみたいだなぁって?」
思わず手で口元を押さえる。そんな閉まりの無い顔をしていただろうか。
「それにしても、なんでワイルドボアが出たんだろうなぁ」
「そうですね、川まで渡って」
布切れを棒に巻きながら、川を渡っていくボアたちを思い返す。
本当に、危ないところだった。
「やけにお前のこと、敵視していた気がするんだよな」
「僕をですか?」
「そう、もしかして、前の旅で倒したボアの兄弟とか……」
「それは無いでしょう」
「だよなぁ」
「それより、次の村ですけど」
たわいの無い話をしながら僕たちは次の村へと向かう。
新たな騒動が待ち受けているとも知らずに。
GW最終日ですね、私は近場をうろついて終わりました(笑)
プロットだけは作ってあるので、これからはのんびり更新します~。