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荷羊車は勇者を匿う  作者: シャイル
1章.初めての行商
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鳴り響く鐘の音

 爽やかな朝だ。窓を開け、まだひんやりとした空気を深く吸い込む。

小金の色の麦が朝日を浴びてキラキラと輝いている。


 カルムが毎回利用しているという宿は値段以上に清潔で、ご飯も美味しかった。


 この小さな村では、パン焼き釜戸の廃熱を利用した蒸し風呂屋が主流のようで、久しぶりのお風呂にとてもさっぱりできた。


 王国の高級風呂屋のように、吟遊詩人が歌うような所は落ちつかないので、僕としてはこちらのほうがありがたい。


 ベッドを整え、顔を洗いに1階へ降りると、宿の主人が床を掃いている。


「おはよう、えーと、クロードさん。カルムさんなら裏の馬屋に居るよ」

「おはようございます。彼は相変わらずですね」

「相変わらずだねぇ、朝食はここの麦で作ったパンが食堂にあるから、好きに食べなさい」

「ありがとうございます」


 食堂へ入ると簡素な木製テーブルの上にパンが積まれている。

ここは居酒屋も兼ねていて、昨日の夜はここでカルムがエールを飲んで酔っ払って騒いでいた。

どうも酒好きらしい。


 硬くなり始めたパンを齧っていると、宿屋の奥さんが笑顔で豆のスープとジャムを出してくれた。

お礼を言うと「若いんだからたくさん食べなよ!」と、背中を叩かれ笑われてしまう。

確かに早く体重を戻さないといけない、行商も中々に体力勝負だ。



 朝食を終える頃には羊の世話を終えたのか、上機嫌なカルムが戻ってくる。


「おはようございます、朝食は?」

「日課中に済ませた。今日は予定通り、昨日稼いだ銅貨で買取をするぞ」


 カルムの言う日課は羊たちのブラッシングのことだ。

なんでも、一番幸せな時間らしい。変人だ。


 それにしても初日は販売、二日目は買い取りか。


「なんだか面白いですよね」

「何が?」

「レートの違いはありますけど、同じ金額を売って買っていくだけで、こんなにも経済が動くんですから」

「けーざい」


 カルムの目が丸くなる。


「ここで物を売って手に入れた銅貨を使って、今度は買取を行うんです。銅貨は殆どこの村から動かないのがなんだか面白くて」

「あ、うん。そうだね、わかったから行くぞ」


 先ほどまでの機嫌の良さはどこへやら、死んだ目をしたカルムがさっさと宿を出て行った。

上手く伝わらなかった気がする。

もっと経済学の授業をちゃんと受けておくべきだったなぁ。


 次はもっと上手く説明してみせるぞ。




 昨日と同じ場所に荷車を置き、店を開く準備を始めた。

羊たちはすぐ後ろの草むらで寛いでいる、雑草をサラダ代わりにしながら、いつもここに居るらしい。


 さて、今回は買い取りだ。

このリズムはこの世界の行商の基本なのかと思ったが、実際はカルムがあまり硬貨を持っていないことを見越しての配慮らしい。


 確かにそうなんだけど、そんな財政状況なのに僕を拾ってよかったのだろうか。

鼻歌を歌いながら秤を設置するカルムを横目で見て、そんな事を考えてしまう。



「兄さん、麦の雫の交換を頼みたいんだが」

「はい、こちらでお願いします」


 麦の雫とは麦芽糖、つまり水あめのことだ。

綺麗な琥珀色をしているので麦の雫と呼ばれるらしい。


 こういった農業をしている村では、余った麦をこうやって加工しているようだ。


 これは日持ちするし、酪農や漁業をメインにしている村では高い交換レートになるので、出来るだけ買っておきたい。


「黒石一つ分の麦の雫を銅貨一枚として交換に応じます、日持ちしないものは硬貨との交換をお断りすることもあります」


 次の村は湖の近くで、漁業が主だったはずだ。

一日ちょっとで到着できるので、ある程度は麦や野菜も交換対象にしている。


 でも、メインの交換物は日持ちするものでないといけない。

僕らは大規模商隊が持つような、保存用の魔道具が無いのだ。



「カルム、昨日のやつは用意できてるか?」

「ああ、これだろ」


 昨日の青年が硬貨を片手にカルムへと話しかけている。

魔物避けの香木を取り出すと、秤に乗せて確認し、売買が成立した。


「助かるよ、村の警備隊とは言ってもボア退治は荷が重くてな」

「あいつらの突進と牙は熟練の冒険者でも不覚を取ることがあるだろ。予防できるならそれに越したことは無いさ」

「あの、ボアたちはどこから来たんでしょう?」


 彼らの生息地は山や森だ。

餓えて山里に下りることはあるが、こんな平地までとは考えにくい。


「それがな、あいつら川を越えてきてるみたいなんだよ」

「川を……」


 大きな川が広場の麦畑の向こう側に見える。

海を渡る猪の話は聞いたことがあったが、実際にあの川幅を泳ぐと聞いて驚いてしまう。


「あの巨体で泳げるのよ、すごいわよねぇ」

「今日の朝も柵が壊れていた、嫌になっちまうよ」


 不安の伝染だろうか、交換目当てに集まっていた村人達の不満の良い合いが始まってしまう。


「国に助けを求めたけど勇者を捕えてからって文が返ってきたよ」

「勇者が魔王になってから散々さ」

「魔王が倒されて、落ち着いたと思ったらこれさね」

「まだ収穫が終わっていない麦が狙われないか不安だよ」

「ボアは人だって喰うそうじゃないか、子供を村の外には出さない方がいいかもしれないねぇ」


 口々に今後の不安や勇者への愚痴を言い合う村人達。

なんともいえない居心地の悪さを感じながら、淡々と交換を続けていると、村中にけたたましい鐘の音が響いた。


閲覧ありがとうございます

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