悪役は日本で
プロローグです。
異世界は次話から始まります。
投稿は不定期ですが暖かくお待ちください。
2020年。東京、六天ビル屋上。
オリンピックに日本が沸いている真っただ中、その稀に見ない喧噪は稀有な出来事によって静けさを取り戻した。まるで、大理石で出来た床の様な都会の冷たさを。
屋上では炎天下の下スーツを風になびかせ二十代前半の男性が髪をかきあげ大きく溜息を吐いていた。男の眼には日本の特殊部隊より装備が揃っている武装集団が黒光りする銃口を突き付けている様子が鮮明に映っていた。
「そんな装備を用意できるのは隣国と仲が良くて銃器を横流しできる東桜組。あたり一帯の警察機能を止めているのは霞が関と強いコネクションがある日本最大派閥の九敬組。オリンピック最中にも関わらずこんな大胆な事が出来る程経済界と強い繋がりを持つ日統組。裏社会の代表が僕一人の為に表社会に良く出て来たね。嬉しいよ。そして、この人達を纏めているのは、幸田元総理。いや、今は幸田容疑者の方が正しいかな?」
幸田と呼ばれたふくよかな体形の男は拳銃を片手に武装集団の中から出て来た。その額には青筋が浮かんでいてどれだけ男の事を嫌っているのかがわかる。
「相変わらず黙ることを知らないようだなこの生意気なガキは」
「黙らせることを教えられなかったから僕によって総理の座を降ろされ犯罪者になっているのでは?」
思わず引き金を引きそうになるが堪えた。
「まぁ、良いとしよう。今日は気分が良いからな」
「同感だよ。高いビルの屋上は夏なのに風が強くて気持ちが良いね」
「そんな悠長なことをいつまでも言えると思うなよ? 遺言がそれで終わるぞ?ゼロ」
幸田は余裕そうな表情を浮かべている男をゼロと呼んだ。そのゼロは拳銃を突き付けられていて幸田の合図一つで命が終わるというのにまだ挑発を続ける。
「僕の心配は良いよ。どうせ、死んだとしたら後世誰かが、死に際にこういったとかかっこよく作ってくれるから。それより、君は裁判で言う弁論を考えた方が良いよ。僕が見てきた総理の中で一番口が下手だ」
「今まで失敗をしたことがないからって調子に乗るなよ?」
我慢の限界に達しそうだった。だが、ここまで馬鹿にされて引き金を引かない自分が幸田自身、不思議だった。
その不思議な感覚は幸田の目にいつまでも余裕そうなゼロが何か打開策を持っているように見えて、恐怖を抱かせているからだった。
だとしてもと幸田は思う。
六天ビルにゼロを一人で招き入れ下から突き上げるように屋上へと誘い込めた。ここまですべて綿密な計画の下大胆に行われている。失敗している様子はない。
全ては計画通りだ。
六天ビルは日本の建築限界ギリギリまで詰められた超高層ビルである。その高さは下に見える大量の突入して来ないパトカーやメディアのアンテナを積んでいるトラックがおもちゃの様に見える位だ。
そして、屋上付近には戦闘ヘリが三台、ホバリングをしていた。
妨害電波も放ちゼロが連絡を取る手段もない。それに、最終手段はこのビルを自分たちごと倒壊させる。ここまでして生き残る方法は流石のゼロでもないだろうと腹をくくっていた。
だが、ゼロの表情を見てそれは不安へと変わる。
「ここから逃げ切る算段でもあるのか?」
「まさか。現代技術でここから逃げ切れるのはチャックノリス位だよ。僕じゃ無理だ」
「ならば、何で落ち着いているんだ? 死ぬのが怖くないのか?」
「死ぬのは怖い。だけど、君たちの事をあっと言わせる事を考える方が楽しいからね」
ゼロの発言は暗に諦めが含まれている。だが、それをブラフとも考え幸田は気を緩ませなかった。
一歩、また一歩とゆっくりゼロは後退して行きこれ以上下がれないところまで詰める。それと同じ歩幅で幸田たちも詰め寄った。
「君達が全く計画に無いことを当ててあげようか?」
「何だ?」
「それは──」
ゼロは嫌な笑みを一つ零し、体を後ろに傾けた。それを見た幸田達には焦りが隠せずゼロの元へ駆けた。
「僕が自殺する事」
重力に従いゼロは地面へのスピードを増しながら自由落下していく。当然、これを止める方法を幸田達は持っていない。自分たちでゼロを殺すことを第一に考えていてゼロが自分で命を絶つことを可能性として考えていなかったからだ。もし、ここでゼロがゼロを殺せば自分たちの計画は殺すという目標は達成できるが本質である復讐は失敗に終わる。
「ヘリは何を見ている! 撃ち殺せ! お前たちもだ!」
ヘリが急旋回し、照準をゼロへ向けるが小さな的で素早く落下しているゼロに弾が当てられるわけがない。ゼロへ向けられた弾は全て奥の窓を粉砕しデスクを荒らしまわった。
屋上から小銃を打ち続ける弾も当然、当たる訳がなくゼロの耳元で過ぎ去る音がメロディを奏でるだけで終わる。
悪役としては立派な終わりだとゼロは自分の事を自画自賛した。日本の裏社会全てを敵に回し、そこに打ち勝って、終わりが近い裏社会の集団が最後の最後に力を振り絞ってゼロ一人にそれを当てた。そして、出し抜き勝ち逃げをした。
十分だ。と初めて自分を褒めた。
幸せとは程遠い人生だったが。