20.密偵見習いは〇〇になる⑥
「あぁ~嫌だ、外出たくない~~」
ぼやきながら病院の外に出る。
「はいはい。そう言いながら前に進むのは、偉いわよ。患者さんによっては『家に帰りたくない』って、柱にしがみつく人とかいるから」
「そんな人いるんですか?」
入り口まで一緒に荷物を運んでくれた、看護婦さんに驚いて聞き返す。
不満を感じながらも行動に移すのは『感情より行動に移せ』という密偵教育の賜物だ。しかしそれよりも、家に帰りたがらない人がいるという事にちょっと驚く。
(私みたいな事情ならともかく)
すると看護婦さんが苦笑いしながら、教えてくれた。
「色々いるのよ。嫁姑問題とか、奥さんが強くて尻に敷かれてる旦那さんとか」
「なるほど」
お互い顔を見合わせて苦笑いすると、そのまま見送られて馬車に乗りこんだ。
「お客さん着きましたよ~」
貸し馬車が止まり、御者から声がかかった。
「ありがとう」
(色々あったけど、これからは1人前の密偵だ。入院費とか色々かかったし、しっかり稼がないと)
少し感慨に浸りながら、荷物を持って馬車を下りると―――
―――そこは更地だった
「………あれ?」
思わず周囲を見回すが、見慣れたご近所の街並みだった。
場所を間違えたわけではないらしい。
(密偵用の寮はどこ行ったの?)
呆気に取られている間に、馬車は走り去ってしまい事情を聞くこともできない。
空き地の前で突っ立っていると、声がかかった。
「あ、いたいた~。良かった、入れ違いにならなくて」
やって来たのは、アザレアさんだった。
「お久しぶりです」
挨拶すると、アザレアさんは一気に喋りだした。
「お久しぶり~。元気そうでよかったわ、何か刺されたとか聞いたけど、素人に刺されるなんて油断のし過ぎよ、まぁ新人だし仕方ないのかもね。それより聞いてよ、私昨日まで帝国に農業指導に行ってたのよ、ほら帝国がある程度豊かになってくれないと、また攻めこもうとか考えるかもしれないし。そこで知ったんだけど、あいつらほとんど農耕とかしてないのよ!種まいて、水かけて、毎日『根性、根性』って、種に声かけるだけなのよ、信じられない!それで枯れたり、芽が出なくても『根性が足りないんだ』って、呼びかけの回数増やすだけなのよ。心底呆れたわ、いくら脳筋だからって限度があるでしょうに。全くあんな奴らに食糧輸出したり、攻めこまれたり、振り回されたと思うと、腹立たしいやら情けないやらで複雑よ!それでやっと帰ってきたら、頼まれ事されるし!」
口を挟む隙も無く聞いていると、ようやく本題に入りアザレアさんから、私の私物を渡された。
「はいこれ、貴方の荷物ね」
「えーと…ありがとうございます。ところでどうして密偵寮が無くなってるんですか?他の皆は?」
私の言葉に、アザレアさんがちょっと驚いた顔をする。
「あらやだ、聞いてないの?密偵組織は解散になったのよ。ホラもともと私達って対帝国の為に組織されたじゃない?帝国の脅威は無くなったし、もう必要ないだろうって事で解散が決まったのよ。他の皆は身寄りのない者優先で、王宮の兵士やメイドに転職したわ。とはいえ定員数があるから、あぶれた者も他の貴族家に雇われて行ったわ」
「あ、じゃあ私も…」
そう言うと、アザレアさんに止められた。
「定員数があるって言ったでしょう?身寄りのない者優先よ。貴族家の方も、めぼしいのはほぼ埋まってるし、今頃来ても雇われ先は難しいわよ。いいじゃない貴方立派な身寄りがいるんだから、居場所のない子に譲ってあげて」
「………」
そう言われては、何も言えない。
「それじゃあまたね~。私この後伯爵家に行く事が決まってるの、縁があったら会いましょう」
そう言ってアザレアさんは、颯爽と去っていった。
私は荷物と一緒に、空き地の前で呆然とするしかなかった…
こうして私は、無職のホームレスになった。
(元)密偵は今日も貧乏くじです。
アイリスが王女になると思った方ハズレ!(*^▽^*)




