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二人の刑事2

「おいよいよい、聞いたか蓮司。サムとエミリーの話」


 大部屋に入ってくるなり黒沼道三が言った。

 デスクの椅子にどかっと股を開いて座り、こちらに背中を向けていた後輩の男を睨むように見る。


「はい。沼さんが来る前に」


 くるりと椅子を回転させて答えたのはキチンとプレスされた灰色のスーツを着た、七三分けの黒髪と銀縁眼鏡という几帳面そうな男、波濤蓮司だった。

 続きを言いかけた蓮司は、道三の姿に眉をしかめる。


「沼さん、また“イジメて”たんですか?」

「ん? ああ、わかるか?」


 道三は己のスーツの胸元を見て、意志の強そうな太い眉毛を片方持ち上げた。

 角刈りでくたびれた黒のスーツ。

 がっしりとした顎に無精ひげを生やし、鋭い三白眼で凶悪な犯罪者どころか善良な一般市民すら威圧する。


 そんな道三の胸元には、よく見れば黒い染みが付いていた。

 馴染みあるものならすぐに気づく。

 血だ。


「わからないわけないでしょう。だから防水の合羽を着てくださいって何度も……」

「いいじゃねぇか、箔が付く」

「着替えるの面倒くさかっただけでしょう」

「……バレたか」


 道三はキシシと笑って、懐からドラッグパックを取り出す。

 黒いフィルターの『猿人』。

 口に咥え火を点けると、美味そうに煙を吸って吐き出した。


「で、だ。サムとエミリーだよ」

「わかってます」


 蓮司が眼鏡のツルを押すと、道三の前に情報がポップアップした。

 映像だ。

 サム視点の映像で、ナイフを持った相手を制圧したところだった。


「……おぉ、強ぇな」

「はい。最近頭角を現してきた組織ですよ」


 映像の中で、まずエミリーが背中を蹴り飛ばされる。

 それから覆面の男に蹴り飛ばされ、サムの視点が襲撃者たちからパイプだらけの天井に移る。


 続いてエミリーの視点が始まった。

 といっても映像はすぐに終わる。

 エミリーが襲撃者のひとりに顔を蹴り飛ばされ、数秒経ったところで気絶したからだ。


「いいとこ貰ったのに、粘ったじゃねえかお嬢は」

「その呼び方、エミリーさん嫌がりますよ」

「本人がいないんだ。かまやしねぇだろ」


 言いつつ、道三は映像のある一点で止める。


「こいつらが、ルバ・ラッファ……」

「これがリーダーのデリル・ヘイシュ。運んでるのは、弟のミルコ・ヘイシュだと思いますが、どうしてこんな運び方なのかは」

「サムにやられたんじゃないのか」


 映像の中のミルコは薬か相当なダメージを与えられたようにぐったりとしていた。

 サムにやられたと考えるのは妥当と思われたが、蓮司が首を横に振る。


「いえ。サムさんはある程度ヤりましたが、気絶はさせてません。確保しただけです。なので……」

「兄貴が弟をぶっ叩いて気絶させたってことか」

「沼さん……」

「なんだ?」


 道三が顔を上げる。蓮司は腑に落ちないというような顔をしていた。


「こいつらを追うって顔してますけど、なんでですか?」

「そりゃあそうだろ。接触してっからな、こいつら」

「……なにに?」

「決まってんだろ」


 道三が唇を片方持ち上げた。

 表情が一瞬、唇の両端からまろび出た煙で見えなくなる。


「蹄の連中さ。ミスタが直接話に行った。昔の伝手で得た情報だから安心していいぞ」

「……蹄とここが組むんですか? だとしたら……」

「いや、組むというより使いっぱしりだ。蹄の薬をルバ・ラッファが自分らのルートで捌く。クラブに酒屋、肉屋に電飾屋、食堂」

「そんなに手広くやってるんですか?」

「やってる。表に名前は出さないが、こいつらの息がかかってる一角があるのさ」


 道三が蓮司の眼鏡のレンズ上に地図をポップアップさせる。

 そしてCランクのとある地区に赤丸を作った。


「覚えておくといい。ここがルバ・ラッファの“経営”する店だ。連中は今、他の組織と小競り合いをしてる。だから軍資金を稼ぎつつ、この店を拡張したい。蹄はコバエを減らして自分の息がかかった新たなルート開拓がしたい。ウィンウィンだ」


 道三は説明し終えると、ドラッグパックを机の灰皿で揉み消して、新たな一本を口に咥える。


「サムとエミリーは違う事件を追ってたみたいだけどな」

「ミルコの殺人事件ですね」

「ああ。思わぬところで同じ組織にぶち当たった。ふたりは?」

「強烈なのをもらってましたが、ケガ自体は大したことないそうです。明日にも復帰するとか」


 道三がニンマリと笑みを作り、盛大に煙を吐いた。

 蓮司がむせる。


「そんじゃあ明日から、あいつらにも協力を取り付けよう。俺らは蹄退治。あいつらは殺人事件解決。ウィンウィンだ」

「……そんな上手くいきますかね」

「蓮司」


 道三の三白眼が、キロリと蓮司を見つめた。


「……はい」

「上手くいかなそうなら、上手くいくにはどうしたらいいのか考えるもんだ。そうだろ?」

「……はい」

「行こうか。あいつらが復帰する前に、手土産をいくつか用意しといたほうがいいだろう」

「差し入れのお菓子とかですか?」

「……はぁ?」


 蓮司の答えに、道三は本気で呆れたような、言語の通じない相手を見るような顔をした。


「いや、だって手土産って」

「事件解決に役立つ情報って意味だよ。覚えとけ」

「は、はい!」


 立ち上がる道三に続いて、蓮司も慌てて立ち上がる。

 大部屋の刑事たちがその様子をちらりと眺めつつ、自分の仕事へと取り掛かるのだった。

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