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レンブラント

 巨大都市ネオ・トーキョー。

 AからCまでランク分けされた都市の、BとCの境目。

 そこにあるこじんまりとダイナーで、レンブラントは食事をしていた。

 美味い飯。

 ハンバーガーだ。

 よく焼けてパリッとしたバンズに玉ねぎとレタス、トマト、そしてたっぷりのケチャップをかけた合成牛肉のパテを挟んだ、至極シンプルなハンバーガー。

 そしてミルクシェイク。

 とても素晴らしい食事だ。


「……美味い」


 静かに呟き、レンブラントは唇の端に付いたケチャップを親指で拭い、ぺろりと舐め取った。


「……美味い」


 もう一度呟く。

 店にはレンブラントの他に客はいない。

 夜の七時。この店の繁忙期は過ぎてる。

 というか、いつの時間だってほとんど客はいない。

 こんなに美味いバーガーを出すのに、不思議だなとレンブラントはいつも思っている。


 身長187センチ、体重101キロのブラックスーツ姿の男が背中を丸めて嬉しそうにハンバーガーを食べている図はなかなか可愛らしく、シュールなものであるが、レンブラントは特に人の目は気にしない。

 人の目があったところで、食事の美味さに違いはないからだ。


「……む?」


 店の扉が開き、ベルの音が小さく響いた。

 入ってきた男を見て、レンブラントは顔を顰めた。


「お。よぉ! やっぱりここにいたかレンブラント」

「……ちっ」


 入ってきた男──ダークグレーの細身のスーツを着こなし、くしゃくしゃの金髪を波打たせ、常に上機嫌な笑みを貼り付けている──は、ハイ・マン(上機嫌な男)だった。


「はぁ、やれやれ。まいったぜ」


 ハイ・マンことロバート・ニューヨークは当たり前のようにレンブラントの対面に座り、パチパチと何度か瞬きした。


「ここって電子ドラッグはあるか?」


 ハイ・マンの問いに、カウンターの奥にいた店主が首を横に振る。


「じゃあコーヒー。あればカフェイン錠剤をたっぷり入れてくれ」


 店主は肩をすくめたあと、頷いてさっそくコーヒーを作り始めた。

 信じられない、とレンブラントは口元を歪めた。

 この店はハンバーガーとミルクシェイクは至高だが、コーヒーはまずい。

 よく飲めるものだ、と鼻から息を吐く。

 というかそもそも、レンブラントは彼の同席を認めていない。


「何の用だ、ハイ・マン」

「聞いてくれよ。今日は珍しく最高の仕事があったんだ」


 ハイ・マンは電子ドラッグ中毒だ。

 彼はそれを買うための金か、もしくは報酬が電子ドラッグそのものときしか仕事はしない。

 だからレンブラントは、電子ドラッグがらみだろうと理解した。


「だが、ターゲットに近づこうとしたら仲間が撃たれて死んだ。即死だぜ? 頭に一発、でかいのをドカーンだ」

「……ドカーン? 爆弾か?」

「いや、銃弾だ。ありゃスナイパーだな。はっは」


 店主が運んできたコーヒー……というよりカフェイン錠剤がはみ出したカップを取り、ハイ・マンは口に運んで錠剤をボリボリ噛み砕く。

 常人なら致死量にもなりかねない量だ。


「狙ってたヤツに仲間がいたんだな。そんな話は聞いてなかったから、もうびっくり、おったまげー!?ってやつよ。んーっ! 電子ほどじゃあないが、効くなぁ、これ!」


 ハイ・マンは早々にコーヒーの液体部分を飲み干し、カップに残ったカフェイン錠剤を摘まみながら話を続ける。


「ただ、あとから知ったがあの娘を狙う人間は多種多様だったみたいでな。裏社会の人間どもがうじゃうじゃいたらしい。危なかった。下手に粘ってたらそいつらに殺されてたかもな。ははは」

「……そうかい」

「聞いたら驚くぜ。無位灯の娘っこに従者、明王蜂もいたってな。ああ、もちろんMAもいた。あいつらどこでも湧いてきやがる。ゴキブリみたいだよな」

「俺は今、食事中だ。ハイ・マン」

「OK、わかった。睨むなよ。お前が睨むと怖くてしょうがない。ちびりそうだ」

「……ふん」


 レンブラントはハンバーガーを齧り、ハイ・マンを見る。

 くだらない話なら首根っこを掴んで店から追い出してやるところだが、少しだけ興味のある話だ。


「それから三又の誰かの子飼いと、あとはそう、アイツだ。鮮血」

「ケインか?」

「そう、それだ。連続殺人鬼、最凶の鮮血ケインだ。俺のターゲットが入った店にアイツが入っていったんだ。それで俺は完全に手を引いた。無理だね。どんな思惑があるのかは知らんが、あいつが介入したんだ。もう中の奴らは生きてないだろ。へへ」


 ハイ・マンは錠剤をボリボリと噛んで、眉間にしわを寄せて口をすぼめた状態で開ける。

 両手を使わずムンクの『叫び』を表現しているみたいだった。


「死体は確認したのか?」

「いいや。見なくてもわかるだろ。というか、可愛い女の子とバーのキレイなマスターが無残に殺されてるところなんて見たくもないぜ」


 ハイ・マンは舌を出し、両手で身体を抱きしめてブルブルと嘘くさく震えた。


「じゃあ、ケインはともかく他の連中がどこに行ったのかはわからないわけだな」

「ああ、そうなるな。なんだ、気になる子でもいたのか?」

「ああ、いたな。だが、お前の役に立たない目撃情報だけは意味がない」

「ははは! ひどい言いぐさだ! けっこう頑張ったんだぜ。銃も調達したってのに」

「お前の背中にあるそれか?」

「おお!」


 ハイ・マンは上機嫌に、何の遠慮もためらいもなく銃を取り出し、レンブラントに銃口を向けた。

 彼に悪気はない。倫理観もない。もちろんレンブラントを脅すつもりもない。

 それはいうなれば安価で横流しされている短機関銃だった。

 だが、レンブラントに銃口を向けたのがまずかった。


「あっ……!」


 と、ハイ・マンが叫んだときにはもう短機関銃は無残に“解体”されていた。


「マジかよレンブラント! なにすんだ!?」

「人に銃口を向けるな。危険だ。危ない。ガキでもわかる」

「解体する前に言えよ」

「言ってる間に撃たれて死ぬより解体したほうが早い」

「おまっ、どうすんだよこれ。俺は直せないんだぞ!?」

「直せるヤツに金を払って頼め。ちなみに俺は直さない」

「ファ××××××××ク!!」


 うるさいハイ・マンを無視して、レンブラントは紙ナプキンで手をキレイにしてから再びハンバーガーを齧る。

 最後のひと口まで美味い。


「楽しいか? 哀れな薬中をイジめてよ」

「楽しくはない。俺は危険を排除しただけだ」

「友人のちょっとしたジョーク、おふざけだろうが」

「去年、それで銃や火薬等が暴発し、74名亡くなっている」

「ファ××××××××ク!!」

「やかましいヤツだ」


 ミルクシェイクを一息に飲み干したレンブラントは、席を立つ。

 カウンターまで行き、生体認証で代金を払う。


「奢ってくれよレンブラント“刑事”」

「…………」


 レンブラントは一つ嘆息したあと、店主にもう一杯同じカフェイン錠剤マシマシのコーヒーを注文し、合計二杯分の代金を払ってやった。


「次はもっとましな情報を持ってこい」

「あいあい! もちろんです! サー!」

「……」


 ふざけて敬礼するハイ・マンに近づき、両手でその頭部をがっしりと掴む。そして右耳の耳たぶを掴んで持ち上げ、隠れていた鈍色のソケットに小さなチップを挿入する。


「うひっ!? ちょっと待て!? なんだ、あんた今なに入れた!?」

「生意気なヤツに送るちょっとしたプレゼントだ」

「ま、てててててててててててててて!??? ふひひ、うひひひひ、あががががががが! あびゃあああっ!?」


 ハイ・マンがソファの上で痙攣する。

 よだれを垂らし、眼球が目まぐるしく動き回っていた。


「お客さん、困るよ」


 無口な店主が久しぶりに発する言葉に、レンブラントは片手を軽く上げて応じる。


「すぐに収まる」

「うひゃひゃっ! すげぇっ! たのしっ、でも地獄! ふひょ! はっははっ! ピンク色の象だ! プロレスラーもいる! 見ろよレンブラント! 真緑のクジラが歩いて、と、とと、飛んだー!! わひゃひゃひゃひゃ!」

「……な?」


 レンブラントが指さす方向にはよりおかしくなったようにしか見えないハイ・マン。

 店主は肩をすくめ、首を横に振った。

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