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ユーリとリプラ2

この話を読む前にオススメ:ドッグシリーズ、ヴィンセントシリーズ、ユーリとリプラ1、ロバート・ニューヨーク

「ドッグ! いるんでしょドッグ!」


 激しくドアを叩く音で、新米何でも屋ディグのドッグは目を覚ました。

 時計を見ると夜中だ。

 依頼で猫を取り返すために暴漢八人相手に大立ち回りしたあとなので、疲れ切っている。

 寝たのもさっきで、一時間ちょっとしか眠れていない。


「ドッグ!」

「はいはい、今出ますよ」


 寝ぐせもそのままに、あくびをしながらドッグは安アパートのドアを開けた。


「よかった! いた、ドッグ!」

「なんだ、エリンか。どうしたこんな時間に」


 ドアの前に立っていたのは知り合いの少女、エリンだった。

 確か今年で10歳だか11歳だかのはずだ、とドッグは思った。


「お願い、今すぐ探してほしい人がいるの! 早くしないとその人が死んじゃうの!」

「……穏やかじゃないな。そいつの名前とか特徴は?」


 ドッグは玄関先にあるサイバーグラスをかけて、メモ機能をすぐに起動させる。

 これで録画と録音、記録が取れる。


「名前はミリア。12歳で、私の、お父さん違いのお姉ちゃん。病気で、身体を動かせない人」

「姉ちゃんって、前に話してたゲーム激強の、ユーリか?」

「そう。これまではゲーム内で会えるから言わなかった。でもミリアのお父さんが死んじゃったみたいで、そうなったらミリアはもう一人では何もできなくて」

「わかった、落ち着け。すぐ調べる。住んでる場所に心当たりは」

「Cランクエリア……」

「……? それだけか?」


 エリンが頷く。ドッグも頷いた。


「なるほどな。だから警察じゃなくて俺のところか」


 ドッグはすぐさまメモを整理して、通信を飛ばす。

 五回目のコールで相手は億劫そうに出た。


『……あい、なんでも掘るぜ潜るぜ。俺の名前を言ってみろ。俺は』

「ヴィンセント、俺だ、ドッグだ。わかるか?」

『あん? ドッグ……? ああ、あの何でも屋。覚えてるぜ。楽しかったなぁ、俺らでチンピラマフィアひとつ潰したのはよぉ』

「Cランクエリアで探してほしい人間がひとりいる。できるか?」

『……はん。誰に言ってんだ。あるだけの情報送れ、一時間で見つけてやるよ』

「わかった」

『あー待った、ちょっと待った』

「どうした?」

『そいつを探す楽しさはなんだ? どんなヤバさが待ってる?』

「……その子は自力で動けない。お前が探さないと、その子は死ぬ」

『おーいえーっ! 最悪だな! OK送れ』


 通話をオフにして、すぐに情報を送る。

 ヴィンセントが受けとったのを確認してから、そのときはじめて気づいたようにドッグはエリンを中に入れて温かいインスタントティーを振る舞った。


「いつでも出れる準備はしておく。闇雲に探すよりこういうのはあいつに任せたほうが早い」


 ドッグの言葉にエリンは頷き、ホットティーを啜った。


「ミリア……お願い、無事でいて」


 エリンは落ち着こうとしたが、足の貧乏ゆすりが止まらない。

 寒さのせいではなく、心配と不安からだ。


「なぜこれまで、姉妹だと言わなかった」

「……つながりが途切れるのが怖くて。うちの、私たちの母が、ミリアを捨てるように出て行ったから……私のことも、恨んだりするのかなって」


 エリンが鼻をすする。


「でも、恨まれるのが怖いわけじゃなかった。ミリアに、お姉ちゃんに拒絶されるのが怖かったんだ。だけど、そうこうしてるうちに向こうのパパが死んじゃって。そうしたら、ミリアもひとりでは生きていけないから」

「……その子は、ミリアは病気なんだよな?」

「うん……ママは隠してたけど、私が探して見つけたミリアは……両手両足がなかった。先天性?のものらしいんだ。それに今は完治したらしいけど、心臓病も」

「…………それは、しんどいな」


 ドッグの重い吐息が床に落ちる。エリンも、すぐに話を再開しなかった。


「ママはミリアに耐えられなくて逃げたんだ。向こうのパパはミリアの心臓病を治したところでお金が尽きて、Cランクエリアでやっとの暮らしをしていたっぽい」

「全部自分で調べたのか?」

「……うん。でもそんなに難しくなかったよ。ミリアは、ユーリは私たちのいたMMOの超有名人だったから」

「そうか……」


 ドッグはしばし考え込む。

 細かい点を省けば、状況は理解できた。

 知り合いの少女だったから反射的に依頼を受けてしまったが、もしかしたら安請け合いだったかもしれない。


「エリン、ミリアを助けたあとはどうするつもりだ?」

「……え?」

「そもそも、彼女をどこに連れていくつもりだ?」

「…………あ」


 そう、エリンは考えていなかった。

 姉とのつながりが消えることを恐れるあまり、その後のことを想定していなかったのだ。


「保護者が死んで、両手両足のない少女。しかもお前のママは、過去に彼女を捨てたんだろう。引き取ることは難しそうだが」

「そ、それは……なんとかする……」

「いや、なんともならんだろう」


 キッパリと、ドッグは断言した。

 エリンは目を見開いたが、想定外の言葉を喰らったという驚きではなさそうだ。


「Cランクエリアの保護者がいない12歳の少女。しかも手足がないときた。行く末は変態オヤジの愛人、道具かもしれん」

「そんな……!」


 耳にさせるのは酷だと思ったが、Cランクエリアの少年少女の現実を教えなくてはならない。その上で、エリンが姉を生かす覚悟があるかどうかだ。


「どうする? 親は頼れない。警察なんかもな。役所も嫌がるだろう。BやAから助けの手が来ることはほぼない。奇跡を待っている間に衰弱して死ぬ可能性もある。それでもお前は、姉を助けたいと思うか?」

「…………」


 エリンは長考した。

 手にしたカップが震えている。

 自分の一存で、姉のこれからが決まるのだ。

 もしかしたらこのまま死なせてやったほうがいいかもしれない。

 そんな過酷な環境に、姉を追いやってしまうかもしれないのだ。


「ユ、ユーリ……は……」


 そしてエリンが、ぽつりぽつりと話し始める。


「ミリアは、ゲームの中だったけど、私と冒険したの。色んなところに行って、色んなモンスターやプレイヤーを倒して。普段はソロ専なのに、なぜか私と組んでくれたりして」

「…………」

「ずっと、お姉ちゃんって呼びたかった。あなたのことを愛してる家族がいるって、伝えたかった。でも、このままじゃミリアが死んじゃう。伝えられないまま、死んじゃうんだ」

「…………」

「私、無力だよ。どうすればお姉ちゃんが幸せに生きられるかもわからない。ドッグに支払う金額だって、持ち合わせてない。子どものワガママだって、わかってる」


 目に涙を浮かべたエリンが、まっすぐにドッグを見る。


「だけど、お願い。お願いします。お姉ちゃんを、救ってください。一生かかっても、お金は払います。だから、お姉ちゃんを助けて、ドッグ」


 手にしたカップに、涙が幾粒も落ちてホットティーに波紋を起こす。

 それを見て、ドッグは深く息を吐いた。

 そして、サイバーグラスに通信が入る。


「早いな。何かわかったか?」

『誰かと思えば『トゥルー・トゥルー・ストラテジー』のユーリじゃねぇか。こんなの履歴を遡ればちょちょいのちょっちょだ、この野郎。住所送る』

「助かる。金の振り込み先は?」

『いらねぇよ。安い仕事だ。その代わり、また面白い依頼送れ。じゃーな』


 助かった。という言葉を話す前に通話が切れた。

 変人だとは思っていたが、やはりヴィンセントは変人だとドッグは思った。


「……住所がわかった。行くぞ、エリン」

「……それじゃあっ!」


 ドッグは頷き、エリンと共に安アパートの部屋を出た。


ー・-・-・-


「あれから、ちょうど十年か」


 Bランクエリア、中サイズビルの屋上に陣取った女性スナイパーが呟いた。

 長い黒髪を風になびかせ、スコープを覗いている。

 サイバネ化した右手の人差し指は、引き鉄に触れるか触れないかの場所で停止していた。


「なにか言った? お姉ちゃん」


 隣であぐらをかき、スポッタースコープを覗いていた妹、エリンがこちらを見ずに言う。


「言ったよ。あの人に私たち姉妹が救われてから、ちょうど十年だねって」

「えー、もうそんなに経つんだ」

「……本当に。あっという間だった」


 呟き、エリンの姉──ユーリことミリア・コーシアスは微かに笑みを浮かべた。


 十年前、妹がいることを知り動揺していたミリアは、ひとりではゲームに再接続すらできずに横たわっていた。

 妹を名乗ったリプラとの冒険の数々を思い出し、次第に涙があふれてきた。

 もっと、できるならもっと話をしたかった。

 リプラには何か、合う波長のようなものを感じていた。

 それが姉妹だったからだなんて。

 今さら知っても遅い。いや、こんなことなら知りたくなかった。


 ベッドの横、床に父が倒れている。ミリアには横目でしか見れない。

 全部やりきったはずだったのに。後悔なんてないと、思い込もうとしていたのに。

 こんな間際になって、死ぬのが怖くなるなんて、最悪だ。


 そう思って泣いていたら、ドッグとエリンが飛び込んできた。

 ドッグは知らなかったけど、エリンはすぐにリプラだとわかった。

 エリンはわんわん泣いていた私を抱きしめて泣き出した。

 ミリアとエリンの姉妹は、再会の喜びなのかなんなのかわからない涙を、いくつもこぼした。


 それから──。

 それからドクター・エルヴィスによって新しい手足を与えられた。

 性能実験に付き合うという条件で、価格はゼロになった。

 さらにドクター・エルヴィスの紹介で後見人になってくれる人間も見つかった。

 それはペーパー・ヒューマン。書類上にしか存在しない人間だけど。


 ミリアたち姉妹は金を稼ぐため、そして性能実験に付き合うため、格闘技と射撃とハッキングの技術を身に着けた。

 第一線にはまだまだ敵わないかもしれないが、姉妹に来る依頼はそこそこ多い。


 しかし今、二人はすべての依頼を一時的に停止して、ひとりの男がこちらに来るのを待っている。

 その男とは──。


「来た!」


 エリンが叫ぶように言った。

 ミリアの指が、引き鉄にかかる。

 スコープ越しに見えたのは、少女を抱えて『バー・ベアトリーチェ』に逃げる恩人、ドッグの姿。


「13時の方向!」


 続けて発せられた言葉に、ミリアは瞬時にスコープと視線を移動させる。

 そこにはダークグレーのスーツを着た男が、機関銃のようなものを持って立っていた。

 銃口の先にはドッグと少女。


撃て!(ファイア!)


 妹の合図で躊躇うことなく引き金を絞る。

 凄まじい反動を全身で受け止め、恐ろしい速度の銃弾を発射する。

 ダークグレースーツの男がパッと血の華を咲かせて死んだ。

 その後方にもう一人男が銃を構えていたが、そいつは両手を上げて、さっさと建物の影に隠れた。


「他に敵影なし」

「了解」


 言いつつ、引き鉄にはまだ指がかかったままだ。最後まで油断はしない。


「目標、建物内に入ったことを確認」

「了解。撤収しよう」

「あいあい、お姉ちゃん」


 ミリアとエリンは素早く中腰になって後片付けを始める。

 スコープから目を離す間際、ドッグがこちらに気づいて軽く手を振ったことを思い出して、思わず頬が緩む。


「どしたの? お姉ちゃん」

「ううん。少しは恩が返せたかなって思って」

「ドッグはきっと、自分のために技術を使えって言うだろうけどね」

「だから好き勝手にやってる。私たちが助けたいと思う人を助けるために」


 姉妹は笑って拳を軽く打ち合い、それから消える。

 バーベアトリーチェが望める中サイズビルの屋上には、人がいた痕跡も消えていた。

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