シオリー2
「フライング・ヘッドが動いてる?」
超攻撃的自警団『MA』の女幹部、ヨスガ・シオリが眉をひそめた。
「まあ気になるっちゃなるけど、こっちのエリアに手を出して来なければいいんじゃない」
シオリは合成シュガーをたっぷり投入したコーヒーを啜って、報告してきた部下を見た。
「少し、気になることがあるんですよ。姐さん」
と、部下であるネクが言った。普段着けている面を外して、ラテン系の濃い顔を晒している。
「気になること?」
「はい。フライング・ヘッドだけならどうでもいいんですが、奴らのスポンサーが指示を出してるらしくて」
「ギミック・ユマンのキリバド・ラッセルか」
シオリはコーヒーを置いてソファに深く沈む。親指で唇をなぞり、天井を見上げる。
ギミック・ユマンはこのネオトーキョーを実質牛耳っている超巨大企業『陣内』の下部組織だ。
子供向け、大人向けの玩具を作る企業。だがその裏で人を殺傷する武器や兵器も製造していると聞く。
その中でも特に人体改造や超人兵器を造ることに傾注している男がいる。それがキリバド・ラッセルだ。
「ラッセルが動くってことは、奴にとって都合の悪いことが起きたのかな」
シオリは再びカップを取って、コーヒーを啜った。
「まだそこまでは分かっていませんが、一つだけで気になることがあったんです」
「なに?」
「あいつら、ベアトリーチェを使ってます。しかも、依頼を受けたのはドッグのようで」
「ドッグ? あぁ、良かった。あいつまだ生きてたんだ」
シオリはドッグの名を聞いて思わず頬を緩めた。鉄面皮の自警団幹部、ヨスガ・シオリはめったに見せない微笑を浮かべていた。
シオリはドッグを愛している。彼に命を助けられてから、どうしようもないほどに惚れた。愛しすぎて殺したいほどに彼を想っている。
ただそんなシオリにドッグは逃げる。背後から逃がさないように抱きついたり、部下数名に押さえつけさせてキスを迫ったのが悪かったのか、ドッグはシオリを見ると必ず一定以上の距離を取るのだ。
「ドッグが関わってるなら、アタシが出ないわけにはいかないよね」
「姐さん、ドッグだけじゃなくて」
「分かってるよ。ラッセルは過去に人を浚って兵器にしていた。自警団としては奴がまた何かやるつもりなら見逃せない。だろ」
一息に言うと、ネクが目を見開いたあと、一歩下がって頭を下げる。
「出すぎた意見でした」
「構わないよ。そうやって暴走を止めてくれるお前らがいるから、アタシは堂々と幹部でいられるんだから」
シオリはコーヒーを飲み干して立ち上がる。脇に置いていた刀型超振動ブレードを腰に佩いて、贔屓にしているカフェを出た。
昼間だというのに外は暗い。都市中から噴き出した有害物質で生み出された重酸性雨が降っているのだ。
ネクが黙って傘を差し、シオリの上に差す。ネク自身はホログラムで隠された防水スーツを被っているから、見た目にはネクに当たる寸前で雨が弾けたように映る。
「危険な案件じゃないといいんだけど」
シオリは呟き、ドッグの顔を思い出し、次にラッセルの顔を思い出す。
ラッセルは青白い顔をし、常に白衣を着ている男だ。誘拐した人間を兵器にしていた件は情報屋に回り、義憤に駆られた人間たちがドッグのような都市の何でも屋に依頼したが証拠が揃わず悪事を暴けなかった。
さらに三次傘下とはいえ『陣内』の人間だ。しばらくすればそんな情報などなかったように、証拠や噂がきれいさっぱり消えていた。
陰ながらドッグを手伝おうとしていたシオリにも警告が来た。警告してきた使者は斬り捨ててやったが、陣内はそれ以上何もして来なかった。シオリにしても証拠も噂もなければ、これ以上何もしようがなかった。
「ドッグを騙して良いように使おうとしてるなら、今度はアタシが相手になるからな」
悪党を斬り伏せる感触を想像し、シオリは口角を高く持ち上げる。