雨と鉛と悪魔たちが踊る夜
雨がフロントガラスを叩いていた。
雨滴がネオンライトを反射しながら、滑り落ちていく。
超攻撃的自警団『MA』の所有する現金輸送車がBランクエリアの大通りを走っていた。
警護車が前後に二台。
輸送車含めてすべて強化防弾ガラス。
ちょっとやそっとの銃撃ではヒビすら入らない。
しかし、敵はそれすらもぶち破ってくるだろう。
「ふぁ~あ」
そんな予感をぼんやりと頭に浮かべながら、輸送車の助手席に乗っているMAの女幹部、ニーロはあくびをした。
両足をサイドボードの上に乗せ、藍色の機械目が絶えず周囲の景色を見渡し警戒している。
「あと何分?」
「三十分ぐらいです」
「予定より遅いね」
「飛ばしますか?」
「いや、このままでいい。ただ、いつ襲撃されてもおかしくないと心に刻んでおいて」
「……り、了解です」
運転する部下に言いながら、ニーロは両手を腹の上で組む。
自分がこの車を襲うならどうするか。どこで襲撃するか。
周囲を警戒しながらシミュレーションを繰り返す。
横や前、後ろを走る他の車両。
上空を文字通り滑るように飛んでいくホバースライド。
一人用の超小型飛行機シングルプレーン。
横からタイヤをバーストさせるか、それとも上空から舞い降りて前後を爆弾で破壊。停車したところを皆殺し。
私なら、とニーロは考える。
シングルプレーンで後ろの警護車から潰す。
もしくは前から順に銃撃をかけて、ある程度片づけたところで、ゆっくり輸送車を襲撃する。
ネオンライトに照らされた街を行く人々を見る。
煌びやかな都市に住む、決して煌びやかなだけではない人々。
インプラント、サイバネ、ニューガジェットの広告が至る所で踊る世界。
合成食品の屋台に食堂、男と女が絡み合って、または絡み合わずとも性欲を発散できる場所。
通りで必ず起こる喧嘩騒ぎ。
現場にいれば、必ず仲裁に入る。
ニーロたち自警団は嫌われ者である一方、必ず必要としてくれる人間たちもいる。
ここはそういう街だ。
誰も彼もが幸福で満たされて生きられるなら、きっと自警団なんて存在は真っ先にいらなくなる。
ニーロ・エスペラはCランクエリアの貧民街出身だ。
その時期の怪我が原因で両目は藍色のサイバネアイ。
目立つ天然の赤毛を掴まれ、顔を殴り飛ばされたことは両手の指じゃきかない数ほどある。
誰も助けてくれなかった。
だから自分でなんとかするしかなかった。
ニーロの育ての親はインプラント技術者だった。
失明したニーロの目をサイバネアイにしたのは、慈悲や同情からではない。自分の腕が鈍らないように、ニーロの目を使って何度も必要のない手術を繰り返した。
そのおかげでCランクエリア出身の人間としては信じられないほど高性能なサイバネアイを有している。
そこだけは、育ての親に感謝している。
しかし技術者は住むところと目のこと以外は何もしてくれなかった。
だから再び目が使えるようになったニーロは盗みを覚え、銃を覚えた。
ニーロの目は銃の軌跡を“先んじて視る”ことができる。
銃弾がどう飛んで、何に当たってどうなるのか。
ニーロはその一角では最強になった。
盗みをしても誰も何も言えなくなった。
育ての親が強盗に殺されたとき、自分は無敵になったと思った。
しかし終わりはすぐに訪れた。
まだMAではなかったときの組織。
その団員であったニシキ・ワーグナーにあっさりと叩きのめされた。
ニーロは強かったが、最強ではなかった。
それから何度となくニシキに戦いを挑んだが、勝てる日はなかった。
不意打ちをしようが、常人なら昏倒する一撃を与えようが、ニシキは必ずニーロを叩きのめした。
そしてニシキが団長にのし上がり、組織の名をMAと変えたとき、スカウトされた。
以降のニーロの生き方は、それで決まった。
自警団に所属する人間として、この都市に自分勝手な治安を押し付ける。
だが決して、自分を正義だなどと信じるな。
ニシキはそう言った。
自警団の活動に正義のみがあると信じるほど、ニーロは幼い子どもでも夢みがちなお花畑でもない。
ただ、ニーロの行動にわずかばかりの正義や信念が乗って、それに救われる人間がいればいいと考えているだけだ。
『……に告ぐ! サイバーウェアが外せない場合、数秒でいい! 敵から離れろ!』
と、急にフダニトから通信が入った。
慌てている。
サイバーウェア? 何が起こる?
通信を返そうとしたときだった。
ブツッ──と視界がブラックアウトした。
「……くそったれ!」
「うわっ、な、なんだ!」
部下の悲鳴とともに車体が揺れる。
「バカ! 落ち着け! すぐに復旧する。ハンドルを固定しろ!」
「そ、そんな無茶な!」
「落ち着け、落ち着け! 敵が来るぞ! 視界が回復した瞬間、目の前に敵の銃口があると思え! 反射で避けろ! 首のストレッチをよくしておけよ!」
「な、なんでそんな楽しそうなんですか!!?」
視界が戻る。
同時に、前方の警護車が爆発炎上して吹っ飛んだ。
「アクセルから足を離すなよ!」
「え、えぇええ!?」
ニーロはドアを蹴破って天井に猫のような身のこなしで登る。
腰に差した二丁拳銃を引き抜き、瞬時に構える。
正面、やや上方。
光を反射しない黒のシングルプレーンを発見した。
何かが光った。
「ヒャッハー!」
手りゅう弾。
それもいくつも。
ニーロが引き金を絞った。
銃弾の軌跡が空から舞い落ちる爆弾を貫いていく。
一瞬遅れて、手りゅう弾が空中で爆発。
爆風がニーロの赤毛を舞い上げる。
凶悪な笑みが雨降る闇夜に浮かび上がった。
「ハッハー! いいね! ド派手な攻撃は大好きだよ!」
シングルプレーンが速度を上げて数百メートル先で横向きになる。
操縦席をむき出しにして、そこから女が巨大なショットガンを構えてこちらを見据えている。
「どうするんですかニーロさん!」
「絶対止まるな! 下手に止まったら死ぬぞ!」
シングルプレーンがわずかに横滑りしたあと、一瞬だけ、完全に停止する。
そしてニーロは気づいた。
銃を構える女が構えているのはショットガンだが、その口径はとても散弾を発射するものじゃない。
女が持っていたのはグレネード弾を発射できる、二発同時発射式のグレネードランチャーだった。
「この野郎ぉおぉぉ!! ハハハハハー!!」
ポンッ、ポンッ、と軽快な音とともに、えげつない威力のグレネード弾が射出される。
「おららおららおららおらおらおらおらおおらああ!!!!
ニーロが叫びながら銃弾を発射する。
その軌跡はすべてグレネード弾の中心にぶち込まれる。
グレネード弾はつまるところ推進機能の付いた爆弾だ。
直撃前に壊すに限る。
「ドカーン!!」
恐ろしいほどの早撃ちと精密射撃でグレネード弾が炸裂する。
「おわっ!?」
爆風に煽られて身体が傾く。
輸送車の天井を転がる。
ホバースライドが制御を失ってビルに激突する。
車が何台もスピンして街頭や建物、屋台に対向車とガンガンぶつかっていく。
火花が散って大きな音が通りを駆け巡った。
敵のシングルプレーンも斜めに傾ぎ、ショットガングレネードが道路に落下して残っていたグレネードが爆発した。
黒煙が噴き上がる。
輸送車がその煙を切り裂くように突っ込んでいく。
シングルプレーンが視界の端でビルに突っ込んで爆発炎上した。
ニーロの背後で誰かが“降り立った”音がした。
ニーロが背後目がけて撃ったのと、重い射撃音がしたのは同時だった。
「危ないなっ!?」
「なんで今ので死なないのよ!」
「あんたこそ!」
煙が晴れた先で、ニーロとツナギ型の都市型迷彩服を身に着けた女が銃を突きつけ合っていた。
女は顔にモザイクをかけるフェイススクリーンを貼っていたが、ニーロのサイバネアイはいとも容易くそれを見破り、中の顔を露わにする。
二つの銃声が再び重なった。
撃つとともに二人は避けていた。
「なっ!?」
二撃目はニーロのほうが速かった。
放たれた銃弾が、ソードオフショットガンの銃口を撃ち抜き、銃身を破裂させて吹っ飛ばした。
「……でたらめすぎるでしょ」
「あんたも大概だ」
女が両手を上げる。
しかしそれは降伏の合図ではない。
女は腕を上げる動作ついでに後方の警護車に向かって手りゅう弾を投げていた。
ニーロの銃口が女から手りゅう弾に向く。
「今回はあなたに預けておくわ。でも、私は欲しいものは必ず手に入れる。強欲だから」
女が話しながら、もう一つの手りゅう弾をズボンの裾から落とし、ニーロに向かって蹴り飛ばす。
「くそがっ!」
撃ち抜かれた手りゅう弾が後方で爆発。
その噴煙を切り裂いて、黒いシングルプレーンが飛び込んでくる。
女がスチール製の縄を投げると、プレーンの下部にカチリと填まって、女の身体をふわりと持ち上げる。
ニーロが身体を倒しながら向かってくる手りゅう弾を撃ち抜いた。
爆発。
その爆風に乗って、女とシングルプレーンが高速で浮き上がり、大通りから離脱していく。
ニーロは素早く身体を起こして銃口を向けたが、プレーンはすでに射程距離を大きく逸脱していた。
「あーっ、くそ!」
ニーロは輸送車の天板を大きく叩いた。
逃げられた。
金は奪われなかったが、不完全燃焼だ。
「次は殺す。絶対殺す。あー! むかつく! 何が強欲だ。悪魔のつもりか? 七つの大罪みたいなこと言いやがって。じゃあアタシはなんだ。守護天使様か?」
ぶつぶつ言いながら、ニーロは器用に天板を歩いて再び助手席に滑り込む。
「あ、ニーロさん。どうしたんすか、天使がどうとか」
運転席の部下が運転しながら言った。
さすがはMAの団員。最初こそ慌てていたが、今はスムーズに運転を行っている。
「襲ってきたヤツが悪魔みたいなことを言うから、アタシは守護天使かって言っただけ」
「守護天使なんすか?」
「んなわけないでしょ。天使なんかいない。神もいない。いたらアタシらみたいなのは生まれてない」
「……はぁ」
ニーロは足を投げ出し、シートに深くもたれた。
「あいつが悪魔なら、アタシはまた別の悪魔。今度は絶対ぶち殺す。ムカつくわー。強欲なのが自分だけだと思うなよー?」
「寝るんですか?」
「うん。引き分けたし……いや、私の勝ちか。金は守ったし」
「でも、他にも襲撃が来たら……」
「今日はもう来ないよ。アタシの勘がそう告げてる。着いたら起こして」
言うだけ言って、ニーロは両手を組んでお腹の上に置き、目を閉じる。
「了解です」
ニーロを信頼している部下が答えると、すぐに寝息が聞こえてきた。
雨と硝煙の匂いが漂い、夜の闇に溶けて消えていく。
鉛と雨が大量に降る夜。
悪魔たちのバカ騒ぎはもう少しだけ続く。
明日は明日の襲撃がある。でもそれは明日考えたらいいだけ。OK?
というわけで↓の評価ボタンとブックマークよろしく。じゃあアタシは着くまで寝てるわ。




