雨は煙り、怠惰は嘯く
雨が降っている。
Bランクエリアの大通り脇。
ブラックスーツに身を包んだ男女が点在している。
黒い仮面を着けた、超攻撃的自警団『MA』の団員たちだった。
「A-5、クリア」
団員の男が言う。
視線は油断なく左右を行き来している。
ネオンの光を浴びて歩く人々。
楽しげにしている者もいれば、サイバーグラスに映るAR広告に目を奪われ足を止める者。
苦々しい顔をしてネオンから目を逸らす者。
無気力に、何の感情もないような者。
おそらく、工場労働者だろう。
団員の男は緊張していた。
これからこの通りを、MAの資金を積んだ大型トラックが走り抜ける。
前回の現金輸送車襲撃から日が経っていない。
自警団の警戒態勢は厳重だ。
それでも安全とは言えない。
最近、団員襲撃事件が多発している。
いつ、誰が襲われるかわからない。
無線を聞けば、団長すら襲われたという。
緊張するなというほうが無理だ。
無意識に腰に備えた警棒に触れていた。
いつでも抜けるように。
誰が来ても対応できるように。
「うぉっ!?」
せわしなく人の流れを視界に入れていたというのに、その男は突然現れたように見えた。
同じMAの仮面を被り、ブラックスーツに身を包んだ男だ。
「な、なんだ? どうした、交代か?」
「……ああ」
男が答えると同時に、団員は警棒を抜いた。
スイッチを入れると、紫焔がバチリと弾ける。
「なんだよ交代って。うちは交代制じゃねぇぞ」
「……ひでぇな、カマかけたのか」
男は軽く左手を前に出し、右手を腰のあたりに構えた。
右手にはいつ取り出したのか、ナイフが握られていた。
通りを歩く人々が立ち止まり、または二人を避けていく。
「A‐5、標的発見。接敵中。至急応援求む」
「ムダだよ。応援が来る前にまずは一人……」
雨でもやけに男の声が響いて聞こえた。
襲撃者は全員手練れ。
発見した場合はすぐに幹部クラスを呼ばなければならない。
普通の団員では相手にならない。
手が震える。
相対して初めて分かった。
目の前にいるのはバケモノだ。
特別身体が大きいわけでも、筋肉が発達しているわけでも、恐ろしいインプラントを積んでいるわけでもない。
団員は直感で理解していた。
きっと男にとって自分は羽虫を払うような労力しか必要ないだろう。
身体を鍛え、何人もの輩や悪党を叩きのめしてきたくらいの実力はある団員が、ただそこで相対しているだけの男に冷や汗を噴き出している。
動けない。
間合いを読んでいるわけでもない。
動けば即座に殺されると、わかってしまうのだ。
「死んでもらうぜ」
仮面の下で、男が嗤ったのが分かった。
そして男が身体を動かそうとした瞬間だった。
「面倒くさいなぁ……」
団員と男の間に、白刃が刺し込まれた。
「おっほ! 気づかなかったぜ。どうやった?」
男が団員の目に止まらない速度で退いた。
そこでようやく団員は、刺し込まれたのが超振動型ブレードだと気づいた。
この得物を使うのはMAには一人しかいない。
「シオリさん……」
団員の目の前にはブラックコートを羽織った黒髪ポニーテールの女性幹部、シオリ・ヨスガが立っていた。
「うちの人間しか、それを着用すること許してないんだけど?」
シオリは油断なく立っている男に言った。
男はナイフを逆手に握り直し、それから仮面に手を付けた。
「悪いな。家無しにはこんな良いもの着る機会がなくてな。つい欲しくなっちまった」
悪びれた様子もなく、仮面を外した男──タテオカは言った。
「こちらシオリ。A‐5接敵。これより制圧に入る」
シオリはタテオカの言い分を無視して、自警団の共通チャンネルに定型通りの言葉を放ち、刀を構える。
「制圧とはまた……そんな一方的に戦えるつもりか?」
「それぐらいできないと、ここで幹部は名乗れない」
言葉と同時、シオリの姿が消える。
タテオカが頭を引っこ抜くように後ろへ引いた。
刹那、首を狙ったシオリの横一閃がタテオカの首の薄皮一枚を切り裂いた。
「おい、マジかよ。この距離を詰めるのかよ」
タテオカが笑い、接近したシオリに、ボクシングのアッパーカットのようにナイフを握った拳を突き出す。
しかしあっさりと避けられる。
シオリは刀を手元に引き寄せたあと、雨を破裂されるほどの速度で突きを放った。
「うひっ!?」
タテオカが頭を横に倒して避ける。
だが直撃を避けられただけで、頬と耳の一部が裂かれた。
血が噴き出して路面に散る。
タテオカは瞬時に判断して地面に四肢をべったりつけるほど伏せた。
その真上を、シオリの一閃が切り裂く。
人々の悲鳴がようやく上がる。
二人を中心に円を描くように人々が広がった。
道路にはみ出しながら逃げ出す者もいた。
タテオカは伏せたまま、地を這うような動きでシオリの脚を狙った。
しかし路面に突き立てられた刀で突きだしたナイフは阻害され、顔を思い切り蹴り飛ばされた。
「ごぱっ!?」
タテオカは蹴り上げられながら、手足をバネのように使って自ら飛んだ。
「あれも止めるのかよ、ちくしょう」
大げさに後方に飛んだタテオカは、噴き出す鼻血を拭いながらナイフを順手に構え直す。
「あんた、俺の師匠より強いぜ」
言いながら、タテオカは笑みを浮かべる。
初めてこの“世界”へやってきた日のことを思い出していた。
「ああ、いいな。そうだよ。こういう、すげぇヤツとやることで生きてるって感じがするんだ。他のヤツじゃ物足りなかった。そうだよ、これだ」
ブツブツと独り言を呟きながら、シオリとの間合いを測る。
明らかにタテオカが不利だ。
「結局はつまらなかったんだな。あの地獄から抜け出しても。師匠を殺した日もこんな雨の夜だった。ははは、久しぶりだ。師匠と誰も彼も殺してた日以来だ」
タテオカの視界からシオリが消える。
全身を動かすよりナイフを突き出すほうが早い。
「ぐっ……?!!」
とっさに出したナイフに凄まじい衝撃が走る。
間一髪。
首を斬られる寸前で、タテオカのナイフがシオリの刃を受け止めていた。
けれどこれで終わりだとタテオカは悟った。
ナイフの半ばまで刀が食い込んでいた。
もう使い物にならない。
刀の軌道をずらしながらナイフを手放す。
「はっは!! 強い、強いな……こんなのがゴロゴロいるのかよ」
飛び退き、逃げそびれていた都市民たちの中に紛れる。
悲鳴を上げて人々が離れていく。
そのうちの一人を捕まえて、後ろから腕を回して首を絞める。
「近づくなよ。自警団だろう。お前らが守るべき市民が死ぬぞ」
構えていたシオリの動きが止まる。
しかしその瞳に焦りは浮かばない。
殺し方を変えるか。その程度の感情しか浮かんでいない。
「ああ、ちくしょう。これでもダメかよ。それでも自警団か。守るものぐらいちゃんと守れよ、くそったれが」
「アタシたちは守るために攻撃する。“出来るかぎり誠心誠意、力の及ぶ限り”、市民を守りながら戦う。そこに嘘はない」
シオリが刀を高々と持ち上げる。
あれはヤバイ、とタテオカは直感していた。
こんな小細工では意味がないと、脳の中で警報が鳴り響いていた。
「怖ぇ、なんて怖ぇんだ。死ぬ、死んでしまう。わはははは!」
タテオカは人質に取った市民を離し、背中を蹴り飛ばす。
「うぎゃっ」
市民が転び、水たまりが弾ける。
タテオカはジャケットを脱ぎ、飛び出す寸前のシオリに向かって投げつける。
中には、少量のプラスティック爆弾が縫い付けられていた。
逃げるときは全力で。
怠惰のままではいられない。
「じゃあなシオリ・ヨスガ。あんたの顔と名前、そして太刀筋はインプットしたぜ。俺は必ずあんたに復讐を……」
踵を返しかけたタテオカ。
左手でプラスティック爆弾の起爆用リモコンを握り、今まさに押すという瞬間、ジャケットを切り裂いてシオリの刀が“飛んできた”。
「ぎっ……!?!」
左手首から先が飛んだ。
しかしタテオカは脅威の反射神経で、右手で飛びかけたリモコンをキャッチ。
すぐさま起爆スイッチを押した。
閃光が走った。
爆発範囲にあった建物のガラスがいくつも割れ飛び、人々が吹き飛ばされた。
タテオカ自身も吹っ飛ばされていたが、頭を守って地面に激突。
それから自ら転がって、すぐさま立ち上がり、左手の出血を押さえながらその場から逃走した。
「A‐5、シオリ。敵にダメージ。逃亡を許した。容貌のデータを全員に送信。見つけ次第排除要請」
シオリが何事もなかったかのように報告する。
前には部下のネクが両腕を広げて立っていた。
おかげでシオリはそよ風程度の爆風を感じただけで済んだ。
「ありがとうネク。急いで救護班を。ヤツは追わなくていい。一人でも多くの市民を助けるよ」
「はい!」
ネクを始めとした部下たちが一斉に救護に動き出す。
シオリはもう見えなくなったタテオカが逃げた先を睨むように見つめる。
「面倒くさいなぁ。ああいう手合いは絶対アタシを標的にしてくるんだよなぁ。出血多量で死んでてくんないかなぁ。ああ、ドッグの顔が見たい。チューしたい……はぁ、めんどくさ」
俺はまた戻ってくるぜ!必ずな!
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では、また次回。




