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雨すら噴かすほどの憤怒

 ネオ・トーキョーは華やかな世界だ。

 もちろん光があれば闇もある。

 けれども光を見なければ、少なくともネオン輝く美しい都市なのだ。

 高層ビル群にサイバーウェアやツールを使いこなし、“自由”に生きる人々。

 残光を揺らしながら車とホバースライドが通り過ぎていく。

 巨大なホログラムが踊り、重酸性雨がいくつも降り注ぐ。


「……ニシキ」


 猿面を被ったパーカーの男が言った。

 手にした血液付きの鉄パイプが、からりと音を立てて地面を突いた。


「なんだ、最初から俺をご指名だったのか」


 超攻撃的自警団団長ニシキ・ワーグナーが顎をさする。

 それから通話の繋がっているアザリアに命じた。


「アザリア、団員たちを出させろ。交通整理だ」

『了解』


 発した数秒後、自警団本部の扉が開いて黒スーツに黒仮面の男女が飛び出してくる。

 団員たちは躊躇わず道路へ出て、車を止めた。

 ニシキが前後の通りを指示すると、団員たちが車をそこまで誘導する。

 最初はクラクションを鳴らしていた運転手たちも、その正体を察すると音を鳴らさず押し黙る。

 それから誘導に従い、迂回ルートを選んだ。

 法的な拘束力はないが、わざわざ自警団を敵に回す必要もない。

 そんなヤツがいれば、バカだと市民の一人は思った。


「さて……」


 そんな自警団を敵に回した男たちがいる。

 ニシキは巨大な金砕棒に似た電気警棒を抜き、首をゴキ、ゴキッ、と鳴らした。


「この都市には悪党が多くてなぁ。俺らは勝手に治安維持をして回っている人間だ。だからこそ恨みを買うことも存分にある。この都市に溜まるクソより多くな。だからいちいち覚えてはいないんだ」


 Bランクエリア、大通りの一つだ。

 それが今やニシキと薄汚れた男を遮るものはひとつもない。


「お前は俺たちにどんな恨みを持っている? 答えろ、猿面。お前は誰だ?」

「…………俺は」


 しばしの沈黙のあと、男──アドゥが答えた。


「お前らを殺す人間だ。お前らは俺の兄貴を殺した。どうでもいい理由で。この街で毎日毎日吐いて捨てるほど起こる程度の悪事で、お前らは兄貴を殺した」


 鉄パイプの先端が、スッとニシキを指す。


「だから俺はお前らを殺す。兄貴を殺したお前らをぶっ殺す。当然だよな?」

「なるほどな。それは当然の理屈だ。だが俺もただ殺されるわけにはいかない。いいだろう。相手をしてやる」

「……自分は負けないと思っているのか? ずいぶん余裕だな」


 ニシキのこめかみに、筋が浮く。


「ごちゃごちゃうるせぇなぁ。俺らはお前の兄貴を殺した。そしてお前もすでに俺らの仲間を殺してる。ムカついてるのがお前だけだと思ってんのか? さっさとかかってこいクズ野郎」

「お前らが怒りを持つな。怒りを持っていいのは俺だけだ」


 鉄パイプを握るアドゥの手に力が入る。

 ニシキの挑発に乗って、アドゥは地面を蹴った。


 視界から消えたと思った次の瞬間、アドゥは鉄パイプを振りかぶってニシキの眼前にいた。

 派手に金属音が鳴り響いて、アドゥの鉄パイプとニシキの電気警棒が火花を散らす。

 ニシキは反応していた。

 グッと猿面に顔を近づけて、目を見開き歯をむき出しにして笑う。


「あぶねぇなこの野郎。死ぬかと思ったぜ」

「あぁああああ!」


 アドゥが鉄パイプを高速で振り回す。

 その速度は、常人のそれではなかった。

 交通整理をしていた団員たちはその動きを目で終えなかった。


「……お前、違法ドラッグ入れてるな?」


 しかしニシキはアドゥの攻撃を冷静に捌きながら、猿面の目の部分に開いた穴を覗いた。

 濁り、充血した瞳があった。


「テメェら殺すんだ。それぐらいするに決まってるだろ」


 アドゥの怒気が膨れ上がっていく。

 呼吸が荒い。

 荒すぎる。

 どの薬を使ったのかはニシキにはわからないが、長くはもたない薬に思えた。


「黒幕は誰だ? 五大を恨んでるヤツか? お前に薬を渡したヤツだ。ゴーストAIか?」


 信じられない速度で飛んでくる強烈な一撃をいなしながら、ニシキが聞いた。

 すると、ゴーストという単語に、アドゥがピクリと一瞬反応を見せた。


「おいおい、マジかよ。本当にゴーストAIが存在するのか?」

「……ヤツは情報をくれた。お前らがどこを拠点にして、どこを巡回し、どんな予定で動いているか。そして、誰が襲いやすいか」


 フダニトの嫌な予感が当たったとニシキは笑みを浮かべる。

 それから、警棒を握る手に力を込めた。


「ならそいつの情報は間違ってるぞ。俺を襲ったのが一番の間違いだ」


 ニシキは鉄パイプを弾き返し、アドゥの腹に前蹴りを入れた。


「げぶっ?!」


 鳩尾に軍用ブーツのつま先が食い込み、アドゥの身体がくの字に曲がる。

 アドゥは濡れた路面を転がり、すぐに立ち上がろうとするが、すでにニシキが詰めていた。


「終わりだ」


 警棒を振り上げ、猿面の頭を割ろうとしたそのときだった。


「──楽しいことが起こるよ」


 機械の合成音が鼓膜を揺すった。

 直後、フダニトの慌てた声が流れ込んでくる。


『団長! 聞こえてますか? 通信障害が起こる。数秒だが、やられる! 空白が生まれる! 全団員に告ぐ! サイバーウェアが外せない場合、数秒でいい! 敵から離れろ!』

「……警告が遅ぇよバカ野郎」


 次の瞬間、視界がブラックアウトした。

 一見何も付けていないように見えるが、ニシキは目元に貼り付けるタイプのサイバーグラスを装着していた。

 硬いモノを砕く感触があった。

 しかし人やサイボーグの頭部の感触ではない。

 路面を叩いた。

 ニシキはそう認識しながら、空いている手でサイバーグラスをべリッと剥がしていた。

 片目の視界が戻る。

 警棒の先。

 正面。

 横。いた。

 地面を打っ叩いた警棒はすでに真横にいるアドゥに向かって振られている。

 脊髄反射の行動だった。

 しかしそれよりも早く、アドゥが鉄パイプをフルスイングする。

 ニシキはこめかみをぶん殴られた。


 視界が傾ぐ。

 雨がスローモーションに見えた。雨粒の一つがやけに鮮明に見える。

 ニシキは濡れた路面に強くぶつかった。

 一度跳ねて、ぐったりと横倒しになる。


 雨の動きが、正常に戻った。


「……しくじったな」


 ニシキが呟く。


「ああ、テメェの負けだ。これからこのクソみてぇな自警団を」

「そうじゃない」


 自分にトドメを刺そうと鉄パイプを振り上げていたアドゥを、ニシキは目だけの動きで見た。


「しくじったのはお前だ。チャンスはもうない」

「……あ?」


 空気の抜ける音がした。

 直後、アドゥの首に、極小の注射器が打ち込まれていた。

 ニシキは視界の端で、凶悪なドラッグを撃ち出す銃を構えていたアゼリアの姿を確認した。


「が……? あ、ぐ……?」


 アドゥが首を押さえながら膝をつく。

 鉄パイプが落ちた。硬質な音が通りに響く。

 四肢が痙攣している。

 地面に手をついたが、すぐに支えられなくなって眠るように倒れた。


「言っただろう。お前はしくじったと」


 アドゥに代わるようにして、ニシキが腕を使ってゆっくりと身体を起こす。

 そして猿面を取り、アドゥの顔を露わにした。

 そうして確信したように、鼻を鳴らす。


「とはいえ、効いたぜ。アドゥ」


 テンプルをさすりながら、ニシキは立ち上がり、猿面をブーツで踏み砕いた。


「な、れ……おえ、な、らえ……」


 打ち込まれたドラッグのせいで呂律が回っていない。

 しかしニシキはアドゥが何を言いたいのか理解していた。


「なぜ、俺の名前を……か。テメェにぶん殴られて思い出したんだよ。6番通りで売人やってたヤツの弟だろう」

「な、れ……こぉ、した……」


 ニシキはブラックコートについた汚れを払いつつ、アドゥを見下ろした。


「いいか、五回だ」

「…………?」

「ヤツは俺たちに捕まるたび、お前の名前を出して更生を誓った。お前の生活費のためだった。仕方なかった。今度こそやめる。俺たちはそれを信じてヤツに仕事を斡旋した。だがヤツは安易に金が手に入る売人をやめられなかった。ヤツの顧客には学生、子どももいた。脅してドラッグパックを使用させ、顧客にすることもあった」


 そんなものはよくある話だろう。それがどうした。

 そんな目でアドゥが見ていた。

 だからニシキはその目をジッと見返した。


「そして六回目、それでもお前の兄貴を信じて俺たちの執行を留め、更生施設に送ろうとした団員を、鉄パイプでぶん殴って殺した。さっきのお前みたいにな」

「それ、でも……あ、あに、きは……お、俺にとって、唯一……ら、た。お前らが、み、見逃がせば、よかった。捕まえたりせず、俺たちを……」

「甘えるな」


 ニシキがアドゥの主張を切って捨てた。


「俺たちはお前ら兄弟のパパでもママでもケツふき係でもねぇ」


 ニシキは警棒を拾いあげ、ゆっくり振り上げる。


「俺たちはただの自警団だ。善良な市民を守るために動く」

「エゴ、だ……お前らの、勝手な、正義……」

「当然だろう。警察じゃないんだ。法に縛られない。だから個人的な怒りで動くことができる」


 ニシキの顔に、小さな笑みが浮かぶ。


「お前の兄貴のせいで何人のガキが犠牲になったと思ってやがる。お前はいったい何人の団員を殺した。テメェら兄弟の身勝手さには反吐が出るんだよ。クソボケが」


 ニシキの憤怒だった。

 雨が蒸発するんじゃないかと思うほどの、団員たちすら息を飲む憤怒。


「知らねぇよ……死ね」


 アドゥがなんとか動く腕を持ち上げ、中指を立てた。

 直後、その頭がニシキの巨大な警棒によって叩き潰される。

 指は、立ったままだった。


「いいんですか。情報を聞き出さなくて」


 ニシキのそばに、アゼリアが傘を持って立っていた。


「どうせしゃべらん。ほとんど何も知らないだろう。こいつは怒りに身を任せて自滅しただけだ」

『各位、各位。聞こえますか?』


 フダニトの声が通信機を介して聞こえた。


「俺じゃなかったら死んでたぞフダニト」

『おお、団長。良かった生きてたんですね。通信復旧』

「のんきに言いやがって。アゼリア、動ける人間と連絡を取り合って敵を探せ。唆されたバカはまだいるはずだ。見つけたらすぐ幹部連中に連絡、速やかに排除だ」

「はい」


 アゼリアが団員たちを交通整理から呼び戻して、通りに散らせる。

 それを見ながら、ニシキは再びネオンの光とホバースライドが飛び交う街に背を向ける。


「フダニト、聞こえてるな。お前は必ずヤツを炙り出せ。この街の治安を守るぞ。好き勝手させるな」

『アイアイ、ボス。次で仕留めます』


 返事をしたあと、数秒してからフダニトが付け足す。


『僕たちが治安っていうのも、なんだかおかしな話ですね』

「……結果がそうなれば、誰しもが俺たちを“そうだ”と認める。ただそれだけの話だ」

呼んでくださりありがとうございます。

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ではまた次回。

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