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雨はご遠慮願いたく

 メガシティ、ネオ・トーキョーのBランクエリア。

 自警団本部の裏手に、こじんまりとした個人経営の図書館がある。

 そこは様々な建物に囲まれた場所で、そこに図書館があると知らなければ、まず一生関わり合いになることがない。

 データ書籍全盛の時代に、そもそもが紙の本を読もうという奇特な人間も少ない。


 そんな図書館の中。

 整然と並んだ書架の一番奥に、受け付け兼館長のフダニトがいた。

 受付の高い壁の内側にはモニターが5台設置されている。

 高速で移り変わるモニターを的確に目で捉えながら、必要な情報を打ち込んでいく。

 机に直接透過されたキーボードが三種、それからオールドタイプのキーボードが二種。

 フダニトはそれぞれを迷いなく使いこなしていた。


「残念だけど、それじゃあ通してあげられない」


 フダニトが言ってキーをタッチすると、電子空間で“何か”が焼き払われる。

 そんなエフェクトは付いていないが、フダニトにはそれが見えていた。


「進捗はどうだ?」


 図書館の扉が開いて、数少ない来館者の一人が入ってくる。

 外は雨が降っているようだ。

 短く刈り込んだ黒髪と、トレードマークであるブラックコートが濡れている。

 ニシキ・ワーグナー。

 超攻撃的自警団『MA』の団長にして、フダニトのボス。


「今さっき、アタックかけてきましたよ。でも、正直ムダ打ちですね。相手も本気じゃなかった。まるでこっちにちょっかいかけたくせに驚いて逃げていく猫ちゃんみたいだ」


 フダニトは答えながら、5ℓサイズのボトルの取っ手を掴み、中のエナジードリンクを美味そうに飲む。

 それからボサボサの金髪を掻き、シルクで拭いた金縁の眼鏡型サイバーグラスを掛ける。

 もたれたワーキングチェアには、ニシキと同じブラックコートがかかっていた。


 フダニト。

 MAの幹部にして情報班班長。

 本名は誰も知らない。知ったところで面白くもない。

 彼はあくびを一つしながら、ニシキと向き合った。


「ドラッグ・ダイバーや先生クラスじゃないですね。多少の腕はあるみたいですけど、まだ稚拙だ」

「あんな面倒な連中に来られてたまるか。そもそも、ヤツらならもっと人を選ぶ。そしてこんなやり方はしない」

「でしょうね。ただ、気になることが一点」


 フダニトは目の前のモニターを手で示す。


「彼、もしくは彼女……アタックのたびに成長してるんですよ。この短時間で」

「……破られそうか?」


 ニシキの言葉にフダニトは肩をすくめた。


「破られませんよ。けど、薄皮は切られるかも。まあ、切ったら終わりなんですけど」


 フダニトは口角を持ち上げる。

 微笑みというよりも、悪魔じみた笑みだ。


「なんでうちを攻撃してると思う?」

「さぁ? でも、憶測で良ければ」


 続きを話せと、ニシキが顎をしゃくる。


「うちをバイパス、もしくは通過点にする気かなと」

「通過点?」

「ええ、繰り返しますけど憶測ですよ。こいつ、本命はうちじゃない気がするんです。アタックの仕方もどちらかといえば、こちらの防御を破り、そして再構築させてさらに破る。この繰り返しで学習速度を高めて、もっとキツイとこ狙ってるんじゃないですかね」

「…………五大か」

「うちのセキュリティ越えようとするなら、まあそうでしょうね」


 ニシキは小さく舌打ちして、息を吐く。


「うち経由はもちろん、俺たちが進化させたとして。五大のどっかを突っついたら、面倒なことになりそうだな」

「そりゃもちろん。モノによっては、大げさじゃなく戦争もありえますね。手打ちにしたって、たぶん団が吹っ飛びます」

「……捕まえられないのか?」

「わかってて聞いてるでしょう? 信じられない速度で電子の海を逃げ回ってる。面倒なんですけど、こいつもしかしたら……人間じゃないかもしれないですね」

「人間じゃない?」


 フダニトは目の前のキーボードを叩き、一つの情報をポップアップさせる。


「ゴーストAI。五大企業がそれぞれアプローチをかけて、凍結させたプロジェクトです」


 ニシキの眼前にも一つの記事が現れている。

 それは真偽が定かではない情報ばかりを売りにしているタブロイド紙だった。


「僕らの生活に欠かせないAI。それは実体を伴ってサポートしたり、この箱の中で取り出せる質量で情報を引っ張ってきてくれる。けれども、膨大な演算処理能力を持ち、電子の海を泳いで数多のセキュリティを突破し、自分たちに都合のいい情報を盗み出すAIを造り出すことはできないか? 誰にもバレず、悟られず、まるで幽霊ゴーストのように」


 フダニトは自分でおかしくなったのか、小さく笑った。


「もちろん問題は山積み。AIはこちらの思うようには動いてくれず、たとえ動いたとしても同じAIが作る毎秒変わるセキュリティも突破できず。逆に痕跡を残して弱点となった。今でも似たようなコンセプトで開発は続けられていますが、ゴーストAI自体は凍結。同じ時期に同じことを五大が考えたわけですが、実ることはなかった。という都市伝説です」


 しかし、と言ってフダニトがモニターの動きを注視する。


「その眉唾物の話に出てくるゴーストみたいな動きをするアタックを、僕らは今、かけられている」

「じゃあ、目的は変わらずわからんってことだな」

「そういうことになりますね。あはは」

「あはは、じゃねぇ。ともかく、そいつが俺たちを襲撃してる連中の黒幕の可能性が高い。どうにかして捕まえろ」


 フダニトは顎をさすり、ニシキの言葉を繰り返す。


「捕まえろ……うーん。相手がゴーストAIだったらどうします?」

「知らん。捕まえろ。捕まえられないなら壊せ。ヤツを殺す手段を探して殺せ。痛めつけろ。うちを嫌うのは個人の勝手だ。踏み台にして成り上がろうと考えるのも勝手だ。だがうちに手を出したことを許さん。後悔させてやれ」

「了解。ボス」


 ニシキが踵を返して図書館から出ていく。

 扉が閉まるのを確認してから、フダニトはゆっくりと息を吐く。

 モニターを見つめ、そろそろ来るであろうランダムアタックを待つ。


「さて、団長から本気の抹殺命令が出ちゃった。これ以上はあんまり遊べないや。どうするね、名無しのクラッカーくん。君はいったい何を成したいんだい?」


 フダニトの指がキーボードの上を滑り出す。

 もう何回目になるかわからない、強固なる自警団の壁に対する、猛烈なアタックが開始されていた。


ー・-・-・-・-


 外に出たニシキの眼前に副団長のリザリア・エスキーからのコールがポップアップ。

 それを目の動きで応答すると、同時に幹部であるウィックとアジャスタからもコールが入った。

 同時に対応する。


「どうした?」

『襲撃開始です。各地で戦闘が』と、リザリア。


「お前らは?」

『……一人終わった。元部下の嫁さんだ』

『こっちは吸血鬼もどきをやった。三人やられたけど』


「他の状況は?」

『連絡が取れてないのはシオリとニーロ。シスターからも一人終わったとの連絡が来てます』


 ニシキは大通りに出て、雨に打たれて痒くなった眉の上を掻いた。

 煌びやかな電飾。

 巨大なホロスクリーン上を踊る裸の男女。

 上空を滑空する四人乗りのホバースライド。


 刺激的すぎる世界の中、大通りの中央に立ってクラクションを鳴らされ続ける男がいた。

 地上を走る車がいくつも通り抜けていく。

 しかしその男だけは、鉄パイプを持ったパーカー姿の男だけはホログラムみたいに通り過ぎなかった。


『団長?』

「シオリとニーロは大丈夫だろう。うちの幹部だ。それよりもアザリア。玄関に客だ」


 大通りの中心。

 そこに立っていたのは、復讐のために自警団を殺して回る男。

 アドゥだった。

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