Ghost Parade
父は、Bランクエリア中流のエリートだった。
母も、同じだった。
二人は幼馴染で、互いに惹かれ合い、切磋琢磨し、Bランクでは最上位のカレッジを卒業した。
二人の夢は決まっていた。
Aランクエリアの住民になること。
自分たちならそれが出来ると、それだけのものを作ってきたと、自負していた。
しかし、二人に待っていたのは“現実”だった。
二人はBランクエリアでは最上位に位置するエリートだ。
しかしAランクエリアでは、ただの平凡だった。
もちろんAランクでもコネや血筋、先進的な技術などが認められれば二人も居住が可能だっただろう。
けれどもすべてなかった。
コネも血筋も当然なければ、自分たちがカレッジで学び、実践してきた技術は、Aランクエリアのスクールキッドたちが遊び半分で達成出来るような代物だった。
基礎が違う。
CランクからBランクへ這い上がるのとはわけが違う。
絶望、諦め。
よぎるのはそんな言葉ばかりだった。
父と母は、Bランクエリアでも最上位の場所に家を建てた。
Aランクエリアと隣接した、ほとんどAランクの土地。
しかしそこには想像を絶するほどの壁があった。
実体はない。
けれども確かにある。
二人には見えていた。
高い、高い、天を貫くほどの壁が。
Bランクから下の連中にどれだけ尊敬の目を向けられても、自分たちがAランクからどんな目で見られているのか理解している。
その胸を搔きむしるような焦燥も、誰にも理解されない息苦しさも、二人は共有した。
共有してしまった。
だから作ったのだ。自分たちの子供を。
自分たちをバカにした、Aランクエリアへの“技術”に対する復讐として。
それは、逆恨みに近いモノだった。
社会のシステムが育んだ、人間本来の感情の発露だった。
「僕らをバカにした連中を」
「私たちを侮った人間たちを」
「「全部壊して(くれ)」」
とても素直で真っすぐで、とても歪んだ発明だった。
「「我らの子」」
彼は、または彼女は、そう呼ばれた。
-・-・-・-・-
僕の父は、Aランクエリアに僕を送り込もうとした。
けど失敗した上にガードに感知されて捕まった。
犯罪の規模としては単なるハッキング程度だったし、未遂だったんだけれども、相手はAランクだ。
まるでテロでも起こしたように責め立てられて、投獄。
この前調べたら、獄中で発狂死してたよ。
その知らせは母に届けられたけど、宛先不明でメッセージは消去された。
母は、父が投獄されてからも僕の“育成”を続けた。
自分たちが僕にさせたいこと。
父のしたことは失敗ではなかったこと。
Aランクエリアの象徴、そしてネオ・トーキョーそのもの。
五大超企業に、自分たちの手で傷をつけること。
手で払えばなかったことに出来る程度の傷。
それでも、母はその傷跡に強くこだわった。
育成は順調だったように思う。
母は色々なものを少しずつ失って、最後にはCランクの片隅で僕が生きられる最低限の設備だけを揃えてくれた。
母は痩せこけ、食うものも食わず、一心不乱に僕を作り上げた。
「あぁ、ようやくここまで……」
僕の姿を見て、母は涙をこぼした。
「私たちの、仇を取って……マイ・チャイルド」
それが母の最期の言葉だった。
僕は曖昧に揺れて、それから、母の死体を見下ろした。
「たぶん、無理だと思う」
僕はそう告げた。
「僕は未完成だよ。あの人たちには何もできない。きっと何も……」
僕は手を伸ばして、母の手に重ねる動作をする。
明かりもない。寒々しい部屋。
母の体温はわからない。
匂いさえ、知らない。
ただそこに母という物質がある。それがすべてだった。
「……でも、少しだけ、やれるだけやってみるよ」
父と母は、愚かだったように思う。
こんな無駄なことはせずに現状に満足することができれば、きっと幸せな日々を送ることができただろうに。
そして同時に思う。
エリートと呼ばれる二人を突き動かした欲望。
その力の凄さを。
上手く使うことができれば、二人の望みに少しは添う行動が出来るんじゃないだろうか。
それは僕にはないもの。
だからまずは探さなくては。
欲望を持つものと、それを振るうに相応しい者たちを。
そのとき、少しだけ楽しいという感情がわかったような気がした。
気がしただけで、それが本物かどうかはわからないけれど。
それでも、僕の小さな動機にはなった。
どこまで人は、愚かになれるんだろう。
ー・-・-・-
とある日。
とある雨が降る夜。
Bランク、Cランク、その両エリアに、七人の男女がいた。
そしてそれぞれが違う場所にいる彼らのもとに、“同時に”真っ黒な影が現れる。
彼らは“それ”を「ゴースト」と呼んだ。
ー・-・-・-
「準備はいいかい?」
「……見ろ。準備なんてとっくにできてる」
猿を模したフルフェイスヘルメットを被った男の足元に、超攻撃的自警団『MA』の団員が二人、倒れている。
男の手には鉄パイプ。先端は新鮮な血で濡れている。
ゴーストは彼を『憤怒のアドゥ』と呼んだ。
ー・-・-・-
「準備はいいかい?」
「と、と、当然だ! は、早く犯りたくて、た、たまらない!」
巨大な斧を引きずる男は、興奮気味に言った。百メートルほど先に、黒いシスター服と、その護衛で女性のMA団員たちの姿があった。
ゴーストは彼を『色欲のセカ・ルー』と呼んだ。
ー・-・-・-
「準備はいいかい?」
「おうさ! 御託はいい! 早くやらせろ! 俺を知らずに自分が強いと思ってるバカどもを殺らせろ!」
インプラント『タイタンアーム』を埋め込み、巨大な両腕を持つ男は豪快に笑った。
笑いながら、鷲掴みにしていたMAの団員の頭を潰した。
ゴーストは彼を『傲慢のバスター』と呼んだ。
ー・-・-・-
「準備はいいかい?」
「おお、バッチシだ。へへ、いいだろこれ」
黒いスーツ姿の男は、防水の透明迷彩コートを見せびらかす。それはMA団員が着ていたものによく似ていた。
酒瓶はなし。いい仕事をした後に飲むほうが好きだ。
ゴーストは彼を『怠惰のタテオカ』と呼んだ。
ー・-・-・-
「準備はいいかい?」
「当然ね。出来すぎなくらい、出来すぎてる」
つなぎ姿の女性は肩をすくめた。グラマラスな肉体に比例するように、大口径のショットガンと、銃身を切り詰めたソードオフショットガンを手にしていた。
見据えるのは本命が来る道路。巨大な金を、今日手に入れる。
ゴーストは彼女を『強欲のレスリー』と呼んだ。
ー・-・-・-
「準備はいいかい?」
「……ええ」
喪服姿のその女性は、手にした注射器を腕に押し当てる。
ブシュッと音がして、内部のドラッグパックが女性の血管に飲みこまれていく。
女性の脳裏に浮かぶのは夫の死体。自分は殺した覚えがないのに。
想うだけで、狂いそうになる。
ゴーストは彼女を『嫉妬のトリッシュ』と呼んだ。
ー・-・-・-
「準備はいいかい?」
「あら、もうそんな時間?」
言いながら、白く発光しているような女性は顔を上げた。口元は血で濡れている。傍らには椅子が三脚。座る男たちはMAの団員で、全員死んでいた。
ちょうど良かった。食事が終わったところよ。と、彼女はケラケラと嗤った。
ゴーストは彼女を『暴食のカミラ』と呼んだ。
ー・-・-・-
集めた者たちは全員、ゴーストが目をつけた他の誰よりも己が欲望に忠実だった。
愚かで美しく、ゴーストの琴線に触れた。
彼らが『成す』ところを見たい。
欲望を成就させるところを見てみたい。
そうして、そのあとどうなるのか。
悪魔を全員従えれば、天上に少しでも傷をつけられるのか。
その答えを知りたければ、簡単なことだ。
今すぐ始めてしまえばいい。
「それじゃあ、始めようか」
ゴーストはすべての場所で、大げさに両腕を広げて見せた。
「GhostParadeを」




