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雨は、安寧を許さない

 悪魔のようだ。

 そう称される殺人鬼はたくさん見てきた。

 そして、そいつらはすべて葬ってきた。

 個人的に、そして組織的に。

 けれど、実質的に悪魔じみた殺人鬼という言葉に相応しいモノを、フォーカスは一人しか知らない。

 元同僚にして、今は組織の賞金首。

 ビバ・鮮血スカーレッド・ケイン。

 雨が降っている。

 重酸性雨を受け続けてなお、ゴミの山に頭を押し潰されて横たわる男を、フォーカスはジッと見下ろしていた。

 手にした大口径の拳銃“最後の晩餐スペシャルディナー”の銃口を一度心臓に向けて、それから下ろす。


「お前みたいな悪魔を殺すのは、俺だと思っていた。エクソシストでもあるまいに。いつの間にか、お前を殺せるのは俺だけだと思っていた」


 フォーカスが語る。

 防水の帽子のつばから垂れる雨滴が、ケインの足にかかった。

 服はボロボロで、肌が見え隠れしている。

 あれほどの強さを誇った殺人鬼の最期とは思えないほど、嘘みたいな惨めさだった。


「悪魔を殺したのは誰だ? 真のエクソシストは? いや、お前を勝手に、ずっと追っていた俺の許可なく殺しやがったクソ野郎は誰だ?」


 フォーカスの銃が、ケインの頭を押し潰している冷蔵庫に向けられる。


「答えろ、ビバ・ケイン。お前に安寧は似合わない」


 管理人が死んで目撃者のいないゴミ山に轟音が響いた。

 人体を壊すのとは違う、物を吹っ飛ばすときの銃弾が、スペシャルディナーから吐き出された。

 冷蔵庫が巨大な重機にぶん殴られたように真上に吹っ飛んだ。

 空中で何度も回転して、それから垂直に落ちてくる。

 再びケインに降ってくる。

 常人であれば、当然致命傷。即死も有りうる重量だ。

 落下のスピードも加わっている。

 その巨大な冷蔵庫を──。


「少し、眠っていただけだ」


 ゴミ山に横たわっていた男が、ビバ・スカーレッド・ケインの手が、受け止めた。


「お前“も”、俺を殺しに来たのか?」


 仰向けのまま、ケインが冷蔵庫を投げ捨てる。

 ゴミ山の一部を破壊して、哀れな家電は屑鉄となった。


「ああ。お前がスカンクとセロを返り討ちにしただけなら、俺はお前を殺すつもりだった」


 フォーカスは答えつつ、胸ポケットからドラッグパックを取り出し、一本取って防水マッチで火を点ける。


「ああ、よかった。ヤツらに先を越されずに済んだ。とな。だが、お前は殺されたように横たわっていた。あのビバ・スカーレッド・ケインが、だ」

「……ふん」


 ケインが身体を起こす。

 ゴミ山に座り、真正面に立つフォーカスを見上げた。


「なら、お前は何のためにここにいる。組織の人間だろう。手配書の裏切り者は消さなくては」

「……それを決めるのはお前じゃない。ましてや、組織でもない」

「……どういう意味だ?」

「……お前を殺すべきときは、俺が決める。お前は今、死ぬときじゃない」


 フォーカスはケインの対面、同じようにゴミ山に座った。

 柔らかいソファが好みだが、今はトースターの平たい天板で我慢する。


「お前がMAのウィックと戦っているとき、俺はお前を殺せた。だが、邪魔が入った。ネットを切っても消えない、ゴーストと名乗るヤツだ。心当たりは?」


 ケインが緩く肩をすくめる。


「そいつがお前たちを生かしておいたほうが面白いことになると言った。その言葉は気まぐれだったのかもしれない。だが、俺にはそう思えない」

「…………」

「しかし今回、お前が殺されかけたというのに邪魔は入らなかった。今もお前を殺そうとしていた俺の視界を邪魔しなかった。つまり、ヤツにとってお前はもう面白くない存在。つまり、用済みになったという推測が立てられる」

「……殺し屋よりフィクション・ライターでもやったらどうだ」

「お前をぶちのめしたのはどんなヤツだった?」

「さぁな。細かいことはわからん。いきなり襲われた。両腕がバカでかいヤツだったよ。俺を殴れることが心底嬉しい。そんな面だった」


 殴られた。とは言うものの、ケインの顔や身体にそのような傷や痣は見受けられない。

 超人アポストロ計画プロジェクトの失敗作。

 中途半端な超人、ビバ・ケイン。

 その異常としか言えない回復能力は、実験による副産物だった。


「俺なら、お前を殺すことができる」

「……どうだろうな」


 フォーカスの言葉に、ケインが応える。

 ビリッ、と、勘の良いものならその剣呑な空気に怯えることだろう。

 しかしすぐに、どちらからともなく空気を解いた。


「だが、その前にお前を何かの踏み台に使ったヤツの正体が知りたい」

「どうしてそこまでする? せっかくのチャンスだ。殺せるなら俺を殺してからやればいい」

「それだとゴーストの意志で動かされたようで不愉快だ。さっきから言っているだろう。お前をいつ殺すか、それは俺が決める。お前でも、組織でも、そしてゴーストでもない」


 フォーカスの表情はほとんど無に近い。

 しかしそこに滲むのは、凄まじい怒りだった。

 殺し屋として感情の抑え方は訓練している。

 どれほど大切な人間が死んでも涙をこぼさずにいられる。

 だが、抑えているだけだ。殺したわけではない。


「たとえば、例えばの話だ。俺がオムレツを作ってるとする。そこに知らん奴がやってきて勝手にスパイスを振りまくって勝手に食う。そのあと、悪びれもせずに新しい卵をフライパンに落として、先ほど俺が作っていたところまで作る。そしてそいつはこう言う。さ、どうぞ。あとは好きなように料理をして」

「……ふはっ」


 ケインは突拍子もないたとえ話に、思わず声を上げて笑った。

 

「同じものを作ってやったからいいだろう。この俺がここまでしてやったんだ。感謝こそすれ恨まれる理由はない。そういう理屈だ。圧倒的強者にしか許されない傲慢だ。いや、俺相手だ。圧倒的強者だとしても許されない」


 フォーカスが拳を握る。


「ヤツに俺をナメたことを後悔させてやる。ヤツのやろうとしていることを潰す。どんな手を使ってもな。お前を殺すのはそのあとだ」

「……傲慢なのはお前も一緒だ」


 ケインは小さく口角を上げたまま言った。


「で、そいつの居場所はわかってるのか?」

「いや。だが、ヤツが接触したらしい連中の目星はついた。そいつらは組織じゃない。つながりもない。ただ同時期に、自警団相手に喧嘩を吹っ掛けた連中だ」

「なるほど。なら、俺がすることは自警団を襲撃している奴らを殺すことか」

「俺、じゃない。俺たち、だ」


 ケインとフォーカスが同時に立ち上がる。

 フォーカスはドラックパックを捨て、ケインは伸びをする。

 襲撃者たちは知らない。

 狙う側だったはずの自分たちに、狙いを定めた殺し屋と殺人鬼が発生したことを──。

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