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ヴィンセントー2

 ヴィンセントは小銭を自販機に入れてコークハイを買った。

 今どき小銭を入れて使う自販機が置いてあるのは、こういったダウンタウンぐらいだ。


 一つ上のエリアに行けば、途端に札や硬貨は価値を失う。


 支払いは指紋や声帯、網膜スキャンなどで行うバイオキャッシング。


 ヴィンセントはその払い方を好きになれない。だから今もこうして稼いだ金をわざわざ現金化してダウンタウンで暮らしている。


 それにクラッカーという職業上、日の当たる場所を堂々と歩きたくはない。


 ネズミはネズミらしく、あなぐらで生きるのが一番真っ当だ。

 ヴィンセントは適当な階段に腰を下ろし、缶を開けてコークハイを呷る。


「……あぁ、うめぇ」


 炭酸と酒精が胃に落ちて、再び喉元まで戻ってくる。この感覚が堪らない。


 階段に肘を置いて、楽な姿勢を取る。ここは最下層Cランク。昼間から酒を呷ってダラダラと生きている人間の楽園パラダイスだ。どこを見ても、そんな連中が溢れている。


「待ってよお兄ちゃん!」


 目の前を少年と少女が駆けていく。少年はナチュラル──サイバネ化していない人間──だが、少女は右足をサイバネ化している。


ただし正規品ではなく、このエリアの闇医者による作品だろう。被せる人工皮膚もなく、鈍色の金属が剥き出しになっている。


稼動域も少ない。足にかかる負担も大きそうだが無いよりはマシ。歩けなくなって外に出ることも出来ない人間より、遥かに恵まれていた。


 ヴィンセントは脳や頭のソケット以外、サイバーウェアを取り込んでいない。


 指先の感覚が変わってプログラムを打つことに支障が出ることが嫌で、肉体はナチュラルのままだ。


「大事にしなきゃな」


 自分の手を見つめて呟く。

 Cランクエリアにおいて、サイバネ化は仕方なく取り付けるものだ。


 だってそうだろう? 粗悪品しか買えない貧民たちは、わざわざ金を払って生身より劣るサイバネティクス手術を行うほどマゾじゃない。


 実験のため、事故によって失ったため、生身の身体を売って金に換えるため。上層の人間と違って、決してファッションで行うものじゃないのだ。


「持つものは失うまでその価値に気づかない」


 ヴィンセントはコークハイを一気に呷り、缶を握り潰して捨てる。路上で残飯を漁っていたネズミが逃げる。立ち上がり、薄汚れた路地を歩く。


 配管が剥き出しで、そこを子供たちが器用に遊び場として活用する。ボイラーが吐き出す煙などお構いなしに干された洗濯物が、いくつもの滴を地面に垂らしていた。


「今日もバカな奴がセキュリティゼロでいてくんねぇかな」


 呟き、ドラッグパックから細い葉巻を一本取り出して口に咥える。火を点けて、肺を満たすように吸う。


 神経が解放されたあと、締め付けられて強制的に尖らされていく感覚。首筋の産毛がチリチリと逆立って、根拠のない無敵感で脳が満たされる。


「イエー。今日はどこを襲おうか。銀行? 政府? いやいやいや、やっぱり小金持ちが一番だ」


 高揚してもバカではない。ドラッグハイで愚かな企業の傀儡政権に喧嘩を売って、一生投獄なんてヘビーでバッドライフの道を選ぶことはしない。


 ヴィンセント・コルブッチは今日も自分の腕で小銭を稼ぐだけだ。


 リスクなんてクソ喰らえ。ただまあ少し、おいしい話があるなら乗ってやらんこともない。そんなことを常々心の中だけで考えている。


「あぁ?」


 脳内デバイスが通話を知らせる。


「よぉ、誰だ」


 ろくに相手を確かめもせず、通話をオンにした。


「俺だ。ヴィンセント」

「なんだ、ドッグか。どうした?」


 相手は探偵業、もとい何でも屋をやっているドッグだった。


「仕事がある。そっちのエリアで行方不明になった女の子を捜す手伝いをして欲しい」

「OK、いいぜ。いくら払う」

「三千ドル。もちろんバイオじゃない現金キャッシュだ」

「三千? やけに気前がいいな」

「やって欲しいことがたくさんある。見つけた少女の偽装ID、痕跡の隠滅。改ざん。出来るか?もちろん経費は別だ」


 ドッグの問いにヴィンセントは口元を上げて笑った。


「誰に頼んでるつもりだよドッグ。そんな面白そうな仕事を俺がやらない、出来ないわけないだろ。それに俺より安く完璧にやる野郎なんてこの街にはいないしな。任せろ。情報を送れ」

「デバイスに彼女の情報を送っておいた。よろしく頼む」

「あいよ、一時間で見つけてやる」


 通話が切れて、代わりに右目の網膜デバイスに少女の情報がポップアップする。

 ヴィンセントの好みではなかったが、とても可愛らしい少女だった。


「こんな街頭カメラのまばらな場所で人探し。いいね、腕が鳴る」


 これから身体とカスタマイズされたラップトップ一つで消えた女の子を捜す。面倒くさくて困難な作業だからこそ、ヴィンセントは戦い甲斐があると感じていた。


「待ってなよお嬢ちゃん。俺が見つけてやるからな」


 ヴィンセント・コルブッチはハイだった。

 普段ならば小銭を稼ぐためだけに動き、リスクは負わない。

 けれどドッグからの依頼ならば別だ。彼の依頼はルーティン化するヴィンセントの生活に刺激を与えてくれる。時にそれは三度の飯より大好きなドラッグよりもエキサイトさせられる。

 きっと今回もそうなる。ヴィンセントには、そんな予感があった。

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