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雨、のちに血の予感。

「被害状況は?」


 大きなため息と共に、巨漢が言った。

 革張りのリクライニングチェアに深くもたれ、腕を組み、両脚を黒檀のデスクに乗せていた。

 黒髪を短く刈り込んだ軍人然とした巨漢──超攻撃的自警団『MA』の団長であるニシキ・ワーグナー──は、ジッと前を見据えている。


「この一週間ほどで10名。遺体が見つかっている者はシスターによって埋葬済みです」


 ニシキの横から、怜悧な声が通る。

 団長であるニシキの秘書兼副団長、リザリア・エスキーは眼前に映る暗号ホログラムから情報を読み上げた。

 青みがかったロングヘアを右肩から流し、シルバーフレームの眼鏡の奥にある藍色の瞳が忙しなく動いている。


「そうか。やり口は派手だが、数が派手じゃない。またケインかと思ったが、そうじゃないんだな」

「はい。その線は消えています。ウィックによって撃退後、彼の行方は依然として知れませんし。所属していた組織にも追われていましたし、どこかで息絶えているのでは?」

「はっ……あいつがそんなタマかよ。しかし、拡大しようとしているタイミングでの襲撃か。五大のどこかか?」


 五大は、このメガシティ・トーキョーを牛耳る五つの超巨大企業のことだ。

 超攻撃的自警団『MA』はその関連企業から金を募り、運営されている。どこかに肩入れした時点で他の五大と戦争になることは避けられないし、そのため私的な仕事を断る理由にもなっていた。


「五大企業が動いている気配はありませんね。急に現れて、うちを襲っている印象です。糸を引いてるのが誰なのか、現時点ではなんとも」

「犯行声明もない。組織でもない、単独犯の“群れ”。ただうちの人間を狙っている。ということしかわかっていない。なるほどなるほど。これは厄介だ。厄介極まりないな」

「どうしますか。現金と兵器輸送計画は中止にして、相手に備えます?」


 ニシキは天井を仰いで、外から反射したネオンの明滅を睨んだ。


「失敗した輸送は何件だ?」

「2件です。1件は重火器による襲撃。少額ですが現金を奪われました。兵器を積んでいたほうは襲撃の際に火薬等に引火。完全に破壊されました」

「計画は中止しなくていい。予定通り明日、二回目の現金輸送を行う。ただし、護衛に幹部を一人つけろ。重火器相手ならニーロだ」

「相手が同じ手口で来るとは限りませんよ」

「なに、成功体験から手口はそうそう変えられない。ニーロなら重火器でも対応できる。あいつは陰気だが、腕は確かだ」

「わかりました。他の幹部はどうします?」

「通常の仕事をこなしつつ、特別警戒に入らせろ。特徴と合致する人物を発見し次第、交戦。出来たら生かしておいて話を聞きたいところだが、どうしてもというなら殺してもいい。なんせ俺たちは超攻撃的自警団だからな」


 ニシキが笑みを向けると、リザリアは受け流すように微笑みを浮かべた。

 それから目と指の動きで一斉に幹部たちと交信開始。

 手はずがすぐさま整えられていく。


「ああ、それからなリザリア」

「はい?」

「俺たちも出るぞ。敵は単独だが多い。さらに幹部クラスだ。見立てでは五人から七人ぐらいはいると思っていい」

「うちに匹敵しますね?」

「どうだろうな。俺らに勝てるようなら、スカウトするのも有りだな」

「そんな化け物がいたら、スカウトする前に殺されてますよ。そもそもそんな人材を五大がほっとくわけもないでしょうし」

「それもそうだな」


 そこまで言うと、リザリアは再び他の団員たちとの調整に入った。

 そんなリザリアを横目に、ニシキはもっと深くリクライニングチェアにもたれた。


 組織を拡大しようとしていたのは一年以上前からの計画だった。

 五大のバランスを崩さないように関連企業から金を募りつつ、準備に費やした時間。

 穴や粗を探そうと思えばいくらでも出てくる。

 だとして、いったい誰がこんな時期を狙って襲ってくるのか。

 それも単独の群れという奇妙な状態で。

 本当に奴らは組織ではないのか? 疑問が頭をもたげる。

 組織だったとして、糸を引いている人物の手掛かりはない。

 それもそうだ。

 今のところ襲撃犯と思われている連中に共通点はない。

 目の敵にされるような覚えもない。

 いや、覚えがないというのは正確ではない。

 超攻撃的な自警団という性質上、恨みを買うのは日常茶飯事だ。

 では、どこから来た恨みだ?

 悪党どもは自分たちが一線を越えた悪さをしたという認識がない。

 悪徳が当たり前である。と信じ、豪語してはばからない。

 そんな連中から、弱者や一般市民を守るのが自警団の仕事だ。

 生きるために盗みをしているヤツらなどには支援施設を紹介する。

 快楽のために傷害を起こす人間は叩きのめす。

 自警団のあり方はシンプルだ。

 たまに度を越して悪党を滅多打ちにする困ったヤツは自浄作用として自警団で“指導・教育”するが、まあそういった具合だ。

 だから悪党に嫌われる。

 己の欲望こそが正義と信じて疑わない連中に恨まれる。

 それが辛いとか悲しいとか、ニシキ自身は思ったことがない。

 そんなのは“当然”のことだ。

 要は正義の押し付け合いなのだから。

 だからこそニシキは己の正義をいつも客観的に見る努力をしている。

 組織の長が己の正義を曲げてしまったら、組織そのものが歪む。

 極端な話、金だけを求めて企業の舎弟になれば、今まで守っていた市民が攻撃対象になる。

 それは企業に属していなくても同じだ。

 何か信念を違えるようなことが起これば、崩壊は簡単にやってくる。

 組織が拡大する。変革するときにもその手の問題は起きる。

 ゆえにニシキは、今回の襲撃を己が正義を試されていると考えていた。

 ニシキがしたいことはシンプルだ。

 まずは襲撃してきた全員を叩きのめす。これは変わらない。

 その上で、生きていた襲撃者から聞きたい。

 なぜこの自警団を恨んでいるのか。

 なぜこの自警団を襲撃したのか。

 それらはすべて後学のためだ。

 敵対するものから話を聞いて、鏡のように己を写す。

 そこで考える。こいつらにしたことは己の正義に反していないか。自警団としてのルールに則っていたか。

 これからも自警団を運用していく上での参考にさせてもらう。

 あまりにも自分たちのしてきたこと、掲げたことと違っていたら、改めてルールの周知、制定が必要だ。


「まあ、とにもかくにも連中を捕まえんことには話にならんな」

「え? 何か言いました?」


 リザリアの言葉を無視して、ニシキは立ち上がる。

 チェアにかけていたブラックコートを羽織り、部屋の中ほどに立てかけていた巨大な──金砕棒に似た──電気警棒を担いだ。


「どこへ行くんですか団長」

「特別警戒だ。団員にやらされるなら、団長であり団員でもある俺がやらんわけにはいかんだろう」

「そんなこと言って、事務作業サボるつもりでしょう?」

「……副団長は優秀であられるからな。門外漢が出張るよりもお任せしたほうがいいだろう」

「あっ! ちょっと! 団長!」


 リザリアの制止の声を背中に、ニシキは部屋を脱した。


「団長、お出かけですか?」


 部屋を出ると、扉の両脇にいた団員が声をかけてくる。

 長身と小柄なスーツの女性二人組。

 亜門あもん三日月みかづき

 二人とも実力は幹部クラスだが、目だけメッシュの入った黒い仮面を着けている。


「ん? ああ、ちょっと巡回にな」

「我々も同行します」

「いらん、いらん。俺の実力を疑うか?」

「いえ」

「なら、リザリアの護衛を引き続き頼むぜ」


 ニシキは笑みを浮かべ、再び歩き出す。

 前方のエレベーターに素早く乗り込み、階下へ。

 ドアが閉まるのと、鬼の形相をしたリザリアが部屋のドアを開けるのはほぼ同時だった。


「さてさて、巡回なんてのは何か月ぶりだ」


 あとでどうせ嫌味を言われるのでリザリアのことは頭から締め出し、ニシキは街へと降り立った。

 何度見ても混沌で美しい都市──メガシティ・トーキョー──。

 ネオンの煌めきも、雑多な人々の様子も、並び立つビルや違法建築も、有害物質を多く含んだ雨も、すべてが良き風景だ。

 歩く人々は自警団の巨大なビルから出てきた巨漢を見てギョッとするが、すぐに目を逸らして再び歩き始める。

 多種多様な車が往来する。多種多様な人種が往来する。

 人の形をした何かも、行き交う。

 雨の匂いがした。通りの匂いがした。人々の匂いがした。

 都市の匂いだった。

 ニシキはこの風景、この音、この匂いが好きだ。

 上から眺めるのも、地上からこうしてネオンの眩しさに目を細めるのも。

 だから暗い影を持ち込む人間を自警団として叩きのめす。

 理由なんてのは、これぐらいシンプルでいい。

 ニシキはそう思っている。


「……ん?」


 視界の端を、黒い影がよぎった。

 サイバーグラスの不調か、ノイズか。

 とにかく奇妙な影だった。

 それから左右に目を配ると、いつの間にかニシキを中心に輪が出来ていた。

 老若男女。さすがに子供がいないのは救いか。

 全員が刃物を握っている。

 種類は様々だ。

 大振りのサバイバルナイフもあれば、カッティングナイフ、ペーパーナイフなんてレトロなものまである。


「誰の命令だ」


 一応聞いておくが、答えるものはない。

 ニシキは嘆息する。


「なんだよ。俺は巡回したかったのに」


 その口に呼応するように、総勢12名が一斉に襲いかかってきた。しかし──。


「ふんっ」


 ニシキは巨大な電気警棒を一振りした。

 ただそれだけだった。


「ごぁっ!?」


 声を出せたのは体格のいい一人だけだった。

 あとは全員声もなく警棒に振り払われた。

 雨の中にバシャバシャと倒れる。


「よぉ、誰の命令だ」


 まだ意識のあった体格のいい男の胸ぐらを掴んで浮かせる。


「へ?! だ、誰?! え、あ、あんた……いや、あなたは自警団の……ご、ごほっ、げほ、し、死ぬ……」


 少し揺すったときだった。

 男は今目が覚めたように驚愕の表情でニシキを見ていた。

 操られていた。そういうことか。

 暴れる男を見て、ニシキは舌打ちした。

 男が嘘を吐いているようには思えない。

 男を投げ捨てるように下ろしてから、先ほど横切った影を追うように、通行人たちの向こう側を睨む。


「どうしました、団長!」


 ビルから自警団員たちがゾロゾロと出てくる。


「こいつら、一人ずつ部屋に入れておけ。それで、なんで俺を襲ったのか吐かせろ」

「団長を襲った!?」

「過度な尋問、拷問は必要ない。覚えてないと言い張ったら信じてもいい。頃合いを見て帰せ」

「え? い、いいんですか? 団長を……」

「俺がいいと言っている。こいつらは俺に殴られた。それで本当はトントンの罪だ」

「わかりました。団長がそうおっしゃるなら……おい」


 一番前にいた団員が合図すると、後ろからやってきた団員たちが協力して倒れている襲撃者たちを中に入れていく。

 その様子を眺めながら、ニシキは警棒で自身の肩を叩いた。


「影……影ね。組織じゃない。単独を繋ぐもの」


 ニシキは己の顎をさすり、ニヤッと笑みを浮かべた。


「そりゃそうだよな。偶発的に、同じ時期を狙ったように、単独犯の群れが発生するわけがない。追い立てるものが必要だ。そういう存在がいた。俺は見た。見たぞ」


 一人ごちて、出てきたばかりのビルへ戻る。

 そこに仁王立ちで冷ややか視線を向けてくるリザリアの存在を視認するまで、すっかり忘れていた己の浅はかさを嘆きながら。

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