雨は涙の代わりたりえるか
雨の音がする。
巨大な工場群から排出された有害物質が作る雲から生み出される、重酸性雨。
生身で浴びてもすぐに死にはしないが、良い影響はない。
教会に住む子どもたちにも、雨が降ってきたら極力外に出ないように注意している。
夜。
Cランクエリアの3番通りにある教会。
身寄りのない子どもたちは三階の寝室で寝ている。
二階の食堂室は静まり返り、一階と二階を結ぶ階段とエレベーター前には屈強なブラックスーツの男が二名ずつ配備されていた。
全員が目の部分にメッシュ加工された穴のある、黒い仮面を着用している。
仮面には赤い字で『MA』と表記されていた。
超攻撃自警団『MA』の構成員である証だった。
教会の一階。
縦長の礼拝堂の奥に、祭壇がある。
そして十字架に磔となった女性の巨大な象徴が掲げられていた。
象徴の前に跪き、両手を組んで祈りを捧げている者がいた。
真っ黒なシスター服に、黄金の髪。
閉じられた瞼の奥には、美しい翠の瞳がある。
名を、シスター・フュール。
この神が不在の世界で生きる、教会の主だ。
シスターの後ろには信者席と呼ばれる木製のベンチが左右に十列並んでいて、MAの構成員が三十人、座っている。
立っているものは六人。
いずれも足元に、中身の詰まった死体袋があった。
それぞれ二人の間に一つ。
計、三つの死体袋。
シスターがネックレスを掴み、掲げられている象徴と同じ十字架と磔にされた女性にキスをする。
すると、巨大な象徴の方が“ブレた”。
Cランクエリアではよく見る切れかけて明滅するネオンのように、象徴がブレ、そして消えた。
誰も座っていない最前列のベンチが九十度回転する。
それから祭壇の前、シスターの目の前の床がスライドし、人が五人通れるほどの階段と通路が現れる。
「彼らをここに」
透きとおるような声だった。
命じられたMAの男たちは左右から死体袋の取っ手を掴み、持ち上げ、シスターの真後ろに並ぶ。
「彼らの魂に敬意を」
死体袋を持っている男たち以外の構成員が、一斉に目を閉じる。
数十秒。
黙とうが終わると、シスターが階段を降りていく。
それに続いて葬列のように、死体袋を持った男たち、構成員と続いていく。
淡々と、粛々と。
悲しみは見えない。
すべて、仮面の下に隠している。
地下は広大な墓地となっていた。
シスターたちが入ると、自然にライトが灯る。
寒々しい白熱灯だった。
階段を降りてすぐに、死体を焼く焼却炉がある。
五分で人間を灰に出来る、超高火力の代物だ。
構成員たちが蓋を開き、死体袋が中に入れられる。
蓋を閉めて、スイッチ。
あとは五分待てば、焼却炉の下に備えられているボックスに遺灰カプセルが落とされる。
それで終わり。
MAの人間で原形を留められた死体は、こうして灰になる。
広大な墓地に、新たに三つ、鉄の棒を突き刺しただけの墓標が立てられた。
何百と墓標が並ぶ墓地の中心で、シスターは再び十字架のネックレスにキスをする。
「あなたたちの貢献に、感謝します」
葬儀は終わった。
MAの構成員たちは、どんな殺され方にせよ、ここでこうして眠るのだ。
葬列とは逆に、シスターが殿となって一階の礼拝堂へ戻る。
礼拝堂では、死体袋を持っていた六人を加えた三十六人が、左右に均等に並び、シスターのための道を作っていた。
最前列にいた男が、シスターにブラックコートをかける。
超攻撃的自警団『MA』。
その幹部である証。
シスター・フュール。
Cランクエリアに住まう聖女。
またの名を『断罪者』。
「行きましょう」
シスターが構成員たちで作られた道を歩く。
構成員が二人ずつ、シスターの後に続いた。
「罪を裁く時間です」
雨が降っている。
涙の代わりに、メガシティ・トーキョーらしい重酸性雨の雨が。
ー・-・-・-
「シスターが動いたみたいだね」
耳朶に直接、声が響く。
しかし話しかけられた大男、セカ・ルーは返事をしなかった。
目と口を糸で縫った奇妙な仮面をかぶっている。
シスター・フィールの堅城である教会を、屋上から見下ろしている。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はぁ、はぁ、はぁっ、はっ」
セカ・ルーは、己のモノをシゴいていた。
瞳に埋め込まれた望遠機能を使って、超攻撃的自警団『MA』の幹部であるシスターと、構成員の中にいる女性を見て、よだれを垂らしていた。
「あ、あ、あいつは、お、叔父さんを、こここ、殺したヤツじゃ、な、ない……でも、う、う、“美味そう”だ」
「よかった。お気に召したようだね」
「お、俺、おれ、は……あの女たちを屈服させたい。俺のモノをしゃぶらせたい……あの女どもを泣かせて、痛めつけて、何度も、何度も、中に……あ、あぁっ……」
白濁の液が、セカ・ルーの立つ屋上の縁にかかる。
サイバネ化された両腕は太く、丸太を思わせた。
「お、叔父さんは……不運だった。俺と同じ時期にインプラントをしておけば……きっと、今も、今度は、一緒に、一緒に、活動してた。二人で、あの美味そうな女たちの泣き顔と悲鳴を、○○○○を堪能できた」
セカ・ルーの陰部が再び大きく膨らんでいく。
「どんな声で泣くのか。あのキレイな顔が歪んだら、どうなるのか。ああ、興奮する。早く、早く入れたい」
「落ち着きなよ。時期はすぐに来る。確実に、邪魔されないほうがいいだろう? 男たちを排除してくれるヤツがいたほうが」
「ふ、ふふ……そうだな。女だけでいい。俺以外は、叔父さんがいないなら、男は俺だけでいい。あとは女、女、女だけでいい。へ、へへへ」
膨らんだモノを握りながら、セカ・ルーは傍らに置いていた刃渡り2メートルの斧を掴んだ。
「楽しんで、楽しんで、楽しんで……最後はこれで落とす。その瞬間だ。女のモノは、その瞬間が一番……ふは、はは、あぁあっ!」
セカ・ルーはシゴきながら、斧を振るった。
まるで目の前にシスターが何人もいるかのように。
その首を何人分も切り落とすように。
「出会ってからずっと思っていたんだけど、君のは復讐ではなさそうだね」
耳朶に響く声に、セカ・ルーは首を傾げた。
「……復讐? ああ、叔父さんのことを言っているのか? そんなつもりは、な、な、ない……へへ。叔父さんはたっぷり楽しんだ。そして不運だった。それだけだ。俺は、俺、俺、俺は……叔父さんがヤれなかった女たちをヤりたいだけだ」
「やはり、君を選んで正解だった。ここまでの人間は、そういないよ」
「……何を言っているのかわからんが、ご、ご、ゴースト……邪魔をするな。俺は、あの女の声と、顔を想像して、う、う、う……」
「……悪かった。存分にお好きなように」
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」
発情期のように、セカ・ルーは収まらない衝動をシゴいた。
地獄みたいな世界を生きてきたセカ・ルーは、女たちを己の地獄に引きずり込むのが大好きだった。
理解者は叔父さんだけだった。
セカ・ルーの欲望を知ってくれたのは、叔父さんだけ。
「叔父さん、あんたの夢、俺がもらうよ。あのクソ強くて生意気そうな女たちを、俺が、俺が……う、うぅっ」
セカ・ルーは視界から、そして耳の中からゴーストが消えていたことに気づかなかった。
関心もなかった。
彼の世界に満ちるのは、ただただ異常な欲望だけ。
それはこの界隈で決して手出ししてはいけない自警団幹部にまで向けられるほど、深淵までの深い、深い欲望だった。




