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レイチェル&クロームー1

 だれかれかまわず殺してきた人生だった。だから今さら、取り繕うとも思わない。


 殺人鬼として生きて、ボロボロにされたクズとして死ぬ。これほどシンプルな人生もないだろう。


「おじちゃん、大丈夫?」


 この少女に出会うまで俺は、確かにそう思っていた。

 少女の右腕は義手だった。大人用で不恰好。少女のくるぶし近くまである腕のせいで、身体が右斜めに傾いでいる。

 右腕は何度も地面に擦られているのだろう。金属部分がはげて、いくつかの箇所が削れていた。


「お前は、だれだ?」

「わたし? わたしはレイチェル。レイチェル・エトワフスキーだよ」


 レイチェルと名乗った少女が笑う。酸性の雨が降る薄灰色の世界で、少女の笑顔はまるでひまわりの花が咲いたようだった。

 少女の周りだけ、世界が色づいている。そんな気がした。


(……目は、傷つけられていないはずだが)


 クロームはサイバネ化した目の調子が狂ったのかと思ったが、エラーを示す警告は出ていない。

 ぐるりと自分の身体を見下ろす。


 無くなっているのは、両手と両足だ。


 藍色の髪が雨に濡れて白い肌に張り付いていた。鬱陶しくても、もう払うことも出来ない。


 肩に近い部分と、太ももに近い部分がバンドできつく留められている。失血死しないためのものだ。


 クローム・ランピオーネは殺し屋としてそこそこ名の売れた男だった。


 今日も依頼で一人の男を殺すところだったが、それは罠だった。

 三人までは殺せたが多勢に無勢。取り押さえられ、麻酔を打たれてナチュラルな手足がもがれていくのを見せられた。


『殺し屋風情が図に乗るな』


 クロームは、ターゲットだった男の、虫けらを見るような侮蔑の眼差しが忘れられない。


「どうしたの?」


 レイチェルに覗き込まれてハッとする。彼女の瞳は純粋で、男とは全然違った。


「いや、良い名だと思っただけだ」


 首を振ってごまかす。髪から散った滴がいくらか顔にかかったが、レイチェルは嫌そうな顔ひとつしなかった。


「お前……レイチェルはなにをしてるんだ。子供が遊びにくる場所じゃないだろう」

「ママがね、いなくなっちゃったの。パパは死んじゃったから、ママを探してるの」

「ここいらでいなくなったのか?」


 クロームは話を続けた。なぜ話を聞きたくなったのかは自分でもよく分からなかった。


「うーん。わからないけど、きっとここだと思うの。ママは『ウォール・イン・ディーバ』ってところで働いているはずだから」

「ウォール・イン・ディーバ」


 クロームはレイチェルの口からその単語が出たことに驚いた。

 なぜならその店のオーナーは今日、クロームが殺すはずだった男だからだ。


 比較的新しい風俗店で、ディーバの質は上々。オーナーの黒い噂もたっぷり。ディーバを私用で囲っているという話もある。


 レイチェルの母親が勤めているとすれば、オーナーの愛人になった可能性も高い。


 ただのディーバでいるより、権力者のモノをしゃぶるほうが金になるからだ。そんな誘いがあれば、きっと子供を捨ててでも話に乗っかるだろう。


 クロームは親子の情など信じない。そんなものは百年以上前のチープな古典ドラマか、荒廃地区を根城にする原住民の間ぐらいでしか通用しないのだ。


 ここは欲望のメガ・シティ『ネオトーキョー』。信じられるモノは──己と金だけだ。


「そうか。それならお前のママはもう、帰ってこないかもな」

「どうして?」


 クロームは首をかしげるレイチェルに、哀れみの目を向けた。


「ここがそういう場所だからさ。お前のママはきっとオーナーか、新しい男のモノになったんだ。だからもう、お前のママじゃいられなくなった」


 吐いて捨てるほどよくある話だ。けれどレイチェルは、不思議そうな顔で首を横に振る。


「違うよ。わたしのママはわたしのママだもん。他の誰かのモノになったりなんてしない」


 少しだけ怒ったような、拗ねたような顔をする。片腕に抱えたクマのぬいぐるみを、強く抱きしめる。


「だがな……いや、ママが見つかるといいな。レイチェル」


 真実を突きつけてやろうと思った。親切心のつもりだった。けれどクロームは、なぜ自分がここまで少女を追い詰めようとしているのかが急に分からなくなった。そんなことをする必要なんて、どこにもないというのに。


「うん。ありがとう」


 レイチェルが笑う。ひまわりみたいな笑顔。


「さあ、早くママを探しに行け。もうこんなところに用はないだろう」


 寂れた路地裏だ。手足を失った殺し屋と話を続けたところで、レイチェルにメリットなどありはしない。


 しかしレイチェルは去らなかった。ジッとクロームを見下ろして、突然ニッと唇を上げた。


「ママはね、困ってる人を助けなさいって言ってた。おじさん困ってるんでしょ。だから助けてあげる」

「はぁ?」


 なぜ? 助けるっていったいどうやって? 言いたいことがたくさんありすぎて、結局何一つ出てこなかった。


 レイチェルが歩み寄ってくる。十歳前後の少女を振り払うことさえ、今のクロームは出来ない。


「わたしね、けっこう力があるんだよ」


 レイチェルは屈んで、クロームの腹部に手を回した。そして信じられないことが起こった。


「おい、なにをして……うぉっ!」


 クロームの身体が宙に浮いた。正確にはレイチェルの肩に担ぎ上げられていた。


「ど、どうなってやがる」


 信じられなかった。四肢を失ったとはいえ、鍛え上げられたクロームの肉体は最低でも七十キロ以上あるはずだ。それをこんな少女が持ち上げるなんて悪い冗談としか思えなかった。


「ね、言ったでしょう。力があるって」

「お前、いったい」

「さ、病院に行こう。きっと治してくれるところがあるよ」


 質問は無視され、クロームはどこか適当な病院に運ばれそうになる。しかし病院になぞ行ったところで、市民登録していないクロームは治療を受けることさえ出来ないだろう。


「おいやめろ。下ろせ。レイチェル!」

「ダメ。おじさんケガをしてるんだよ。病院に行くの」


 レイチェルは思ったより頑固だ。クロームは考えて考えて、まず下りることを諦め、次にある場所を思いついた。


「待て、だったら病院より連れていって欲しいところがある」

「ダメだよ。ケガをしたらまずは病院ってママが」

「そうじゃない。俺のケガを治すには専用の病院に行かなくちゃいけないんだ」

「専用の病院?」

「そうだ。ここからそう離れていないアキバ・ストリートの路地外れ。そこに治してくれる奴がいる。俺をそこまで連れていってくれ」

「そういうことなら、うん。わかった」


 レイチェルは素直に頷く。可愛げのある娘で良かったとクロームはホッとした。ママの言いつけ通りに病院に連れて行かれたら今度こそ終わりだったに違いない。


 だから本当は専用どころか一回も通ったことのない場所、ドクター・エルヴィスのサイバネティクスファクトリーに向かうことにした。


(どうせこのままじゃ死ぬ運命だった)


 再生能力を備えた超人アポストロでもない限り、手足が生えてくることはない。


 なら四肢をサイバネ化するのも悪くないと思った。諦めかけていた心に、復讐の炎が揺らめく。


 クロームは神なんて信じちゃいないが、今回ばかりは投げつけるモノを糞から泥に変えてやってもいいと思った。

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