FE編・Extra 運び屋ロビー・デュー
「ロイ・テデルーさん。お届け物です」
「……おう。ご苦労さん」
目の下に隈を作った男は運び屋ロビー・デューから油紙の小包を受け取ると、すぐに部屋へ引っ込んでいった。
ロビーは手元の端末で『依頼完了』のボタンをタップし、自動で依頼主にメールを送信する。
それから後ろに宅配ボックスを載せた中古のスクーターに乗って、Cランクエリアでも比較的治安の良い8番街通りを走る。
信号を待っていると、メールを受信。視界の端に表示させ、無事後金が振り込まれていることを確認した。
そのままナビに従い、次の依頼主の元へ向かう。
一回の配達は一つまで。
大手の宅配業者みたいにいくつもいっぺんには運べない。
このとおり、個人事業主の身体は一つだ。
大通りから小道に入ってすぐのビル。
そこの3階に上がって、指定された部屋番号の扉を5回ノックした。
「あら、こんにちは。あなたが運び屋さん?」
「どうも」
中から出てきたのは妙齢の女性だった。
口元が奇妙にせり上がっている。イヌ科の骨格を入れているようだ。微笑むと口が裂けていくように見える。
「お荷物は?」
「これをお願い」
「了解です。ではこのコードに前金を」
「……はい。どう?」
「確かに。運び終えたら連絡しますので、そのとき後金を」
「わかったわ」
「では、これで失礼します」
定型なやりとりを終えて、ロビーが踵を返そうとしたときだった。
「あなた、整形してる?」
女性が覗き込むようにして聞いてきた。
「……ええ、まあ。ちょっと事故に遭って」
「そう。ドクター、良い腕ね。匂いが違う」
「……匂い、ですか?」
「うん。私、この通りの顔でしょう? 鼻も犬並みなの。だからね、なんていうか皮膚の匂い? そういうのがわかるの。ナチュラルか、それ以外か。まあほとんど役には立たないけどね」
「そうなんですか……」
「あ、ごめんなさい。引き留めちゃって。じゃあ荷物、よろしくね」
「……はい」
うなづき、ロビーは今度こそスクーターに戻った。
小さな小包を宅配ボックスの中に入れて鍵をかける。
それから大通りへ出て、再び信号に捕まった。
そこでふと、横のビルを見た。
3階までを水槽にしたビルだった。確か三又城の一人が所有するビルだ。
見上げるほどの巨大魚が泳いでいる。
ロビーは、水槽の厚いガラスに映る己の姿を見た。
アッシュグレイの髪に、青色の瞳。グラブ越しに軽く頬を撫でる。
自分が脳で認識している動きと同じものが映っているのに未だに見慣れない。これが自分の顔だとは。
信号が変わった。
スクーターを走らせ、8番街から7番街へ。
いくつか立ち並ぶ大衆食堂の一つに、ヌードル屋があった。
安価で値段相応の味の店だ。
ロビーは行きつけだったヌードル屋を思い出す。
最後に立ち寄ったのは三か月ほど前だったのに、もうずいぶんと昔のことに思える。
不意に、同僚のことまで思い出した。
この顔になる前の同僚。ロビーにやたらと絡んでて来た同僚だ。
彼は今、どうしてるだろうか。
手紙でも書こうか。アドレスは知らないから、紙で。
住んでいるところは大体把握している。
ロビーが“まともな労働者”だったころ、独身労働者はほとんどあそこに住んでいた。
配達を終えたあと、一応ロビーを世話してくれた人に連絡する。できるだけ前の人生の痕跡はないほうがいいと言っていたので、こういうことをしてもいいのか。それを聞きたかった。
それぐらいなら大丈夫だ。と、通話口の向こうにいる老紳士は笑った。
老紳士は最後に「人生を楽しんでるか」と聞いてきた。
ロビーは少し迷ったあと、「それなりに……」と曖昧な答えを返した。
通話を切ったあと、改めて考える。
人生を楽しんでいるのかどうか。
前の人生だって“あんなこと”が起こらなければ幸せだった。
誰に強制されたわけでもない。嫌々やっていたわけでもない。
ロビーはあの人生でちゃんと満足していた。
けれどそれは永遠ではなかったし、世の中の道理と同じくあっけなく崩れてしまった。
だからこうして顔を変え、声帯を変え、職を変え、個人のIDを親切な覗き屋たちに偽造してもらい、新たな人生を始めた。
ロビーとしては生まれてからずっとこの場所で生きていることになっている。
仕事も初めて見れば性に合っていた。
時間通りに荷物を運んで報酬を受け取るだけ。
荷物の中身が気になるほどの好奇心はないし、依頼者に対してもそうだ。
淡々と自分のなすべきことをなすだけ。
結局人生は変わってしまったが、やることは変わっていない。
だからまあ、ひどい目にはあったが、今の人生もちゃんと楽しんでいるし、満足していると思う。
大きく変わったことがあるとすれば、身体を鍛えるようになったこと。
身体もいくつかサイバネ化してある。
ただ、それだけ。
ガワは変わっても、人はそうそう中身まで変われない。
ロビーはCランクエリアにありがちな1LDKに帰り、飯を食って、エアシャワーで汚れを落とし、歯を磨いて今の自分の顔を眺める。
違和感は少しずつ薄れていく。
きっといつか、前の人生も薄くなっていく。
鏡を見ながらほんの少しだけ寂しい気持ちに浸っていると、鼓膜にコール音が響く。
視界内にすぐホロウィンドウが展開して、明日の依頼予定が記されていく。
「では荷物の受け取り時に前金50%。配達完了の連絡が届いたら残りの50%を指定のコードに振り込んでください」
ロビーは連絡を切って、バスルームから出る。
今日もよく働いた。手紙を書いて肩が凝った。
紙に何かを書くなんて初等学校以来だ。
今日もよく眠れそうだとロビーは思う。
ー・ー・ー・ー
「ん? 俺に届けもんか?」
夕暮れ時。
Bランクエリアの外れにある労働者用のアパート──通称、ブロイラーハウス──の一室に、近くの工場で働く家主のケビン・アラウィスが帰ってきた。
「あぁ、どうも。手紙を一通預かってまして」
「手紙? 今どき? なんだ? 請求書か。滞納はないはずなんだけどな」
「では、僕はこれで……」
ケビンがアッシュグレイの髪の配達人から手紙を受け取る。
封筒の裏を見るが、差出人の名前はない。
「んぅ? おい、あんた。これ、誰から……」
振り返るが、配達人はすでに階下に降りて行ったあとだ。
「なんだってんだ」
ケビンは部屋に入る前に封筒をビッと破く。
中から便箋を取り出し広げる。
『つまらない僕から、愉快な人だった君へ。ありがとう。君との会話は面倒だったけど、楽しかった。感謝してる。じゃあ、さよなら。最良の人生を』
ケビンは簡素な手紙を読んだあと、手すりから身を乗り出した。
そして今まさにスクーターを発進させようとしている配達人に向かって声を上げる。
「おい、あんた! 配達の兄ちゃん!」
配達人が顔を上げると、ケビンは持っていた袋の中からエールの缶を一本取り出して、放り投げる。
「っとと、なんですか、これ?」
缶をキャッチした配達人が戸惑っていると、ケビンは袋の中からもう一本エールの缶を取り出して掲げた。
「手紙を届けてくれた礼と選別だ。乾杯!」
「……乾杯」
苦笑しながら、配達人もエールを掲げる。
それからすぐにスクーターを走らせて去っていく。
ケビンはその姿が見えなくなるまで、手すりから身を乗り出して眺めていた。
しばらくして、エールの缶を開けて、一口飲む。
「ぷはっ! めでたいときに飲むエールは美味い!」
そして、もう姿の見えなくなった配達人に向けてもう一度だけ缶を掲げる。
「お前も最良の人生をな、“テッド”」
これでFE編は完結です。面白かったと思われた方は高評価、いいね、感想などお待ちしております。
ではまた次のlifeで。




