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FE編・4th.覗き屋たちと危険な標的

「それで? あのお偉いさんは何をしたんだ」


 運転しながらエンリコが訊く。

 全自動の車で移動することもあるが、仕事のときは基本的にセミオート。場合によってはマニュアルだ。

 今も全自動車の合間を縫って、チェナロに依頼された相手、ピグマ本部長のところへ向かっている。


「エグい連続殺人鬼シリアルキラーっぽいよ。調べた限りだとね。Cランクじゃそこそこ有名人らしい。フェイスイーターっていう名前なんだと」

「その、本部長さんがっすか?」


 後ろでラップトップを弄っていた先生が答えると、車の前と後ろにある擬装用反射カメラを設定していたアシュールがギョッとする。


「知ってるのか、フェイスイーター」

「顏剥ぎは有名っすよ。もちろんBやAの人間はほとんど知らないでしょうけど。Cの人間が死んだところでね」


 アシュールが言って、カメラの設定を終える。

 車にはすでに特殊塗料が塗られており、カメラで任意の色を当てることによって、その色と誤認させることができる。

 監視カメラは当然、サイバーグラスを掛けた人間も引っかかる。

 今はアシュールの趣味でゲーミングの7色。


 エンリコには内緒だ。


「で、そいつが再び現れた。ここ数年は大人しくしてたみたいだけど、タガが外れたみたいにいきなり動き始めた。3か月でBランク住民がもう5人も殺されてる」

「Cのときはどれぐらい殺された?」

「正確にはわからないっす。でも、2、30は確実っす」


 かなりの大物だな。と、エンリコはハンドルを握った手に力を込める。


「でも自警団の動きが活発になると同時にパッタリ。どうしてまた再開したのか……」


 アシュールが言うと、先生が頭部を掻く。


「彼、異動になってるね。昇進だ」

「なるほど……」


「どういうことっすか?」

「つまり、殺しが大っぴらにできない場所にいた。本部長になれば住まいもAランクになるだろう。さすがにAランクの人間を殺すのは至難の業だし、仮に殺せたとしても」

「そんなところに住んでる人間、すべてがすべて重要人物。即発見。即逮捕。即kill」


 先生が親指を首に当てて横に引く。


「腐ってるっすね。Aならそんな扱いで、Cは何人殺されようと……」

「そろそろ着くぞ……ん?」


 アシュールの言葉を遮ったエンリコは、違和感に気づいた。


「どうしたのウォリアー?」

「いや……」


 路地を一本入っただけ。

 それだけで車の通りが消える。

 それどころか人の気配さえほぼない。

 数百メートル先に指定されたアパートは見えている。

 それなのに、表示されるマップからはアパートそのものが消えている。


「まずい……先生ッ」

「あいよ」


 エンリコが低く唸るように言うと同時、先生がキーボードを叩き始める。

 ハンドルの“主導権”を取られた感覚がして、エンリコは急いでセミオートをマニュアルに替える。


 ビコッ。


 奇妙な音がして、0.1秒のノイズが走り、マップが更新される。


 さらにハンドルが勝手に動きだし、車が勝手に動き出した。

 アクセルがベタ踏みされ、速度が上がっていく。


「くそっ!」

「ど、どうしたんすか?!」

「乗っ取られた! 野郎、ハッキングの腕も一流だ!」


 エンジンは切れない。

 アクセルから足は外している。

 速度はすでに百を超えていた。

 目の前には壁がある。このままでは激突は免れない。


「どうするんすか!!?」

「三秒奪い返した!」

「十分だ先生!」


 エンリコが躊躇なくマップを表示するナビを殴って壊す。

 そのまま内部に手を突っ込んで、制御しているコアを握って潰す。

 バギッ、と硬いものが割れる音がして、車の速度が一気に弱まった。


「このッ!」


 即座にエンリコが手を戻し、片手はサイドブレーキを引っ張り上げる。


「うひっ!! 助けて神様!!」


 アシュールがシートベルトを握りしめ、信じてもいない神に祈る。

 先生はラップトップが吹っ飛ばされないように脇に抱え、足でドアを蹴って態勢を整える。

 エンリコはハンドルを切ってスポーツカーの尻を振る。

 廃墟となった縁石に乗り上げ、車が上下に細かくバウンドした。

 車体がぶれ、壁に激突。


 ──したかに、見えた。


「…………ふー」


 エンリコが深く息を吐く。

 車は壁ギリギリで止まっていた。

 サイドミラーが擦れていたが、大事はない。


「はっ、はぁ……死んだかと思ったっす」

「ラップトップは無事だよ。ナイスエンリコ」


 エンリコは一度深く呼吸をしたあと、すぐに車を発進させる。

 ナビも機械による制御もない。完全なるマニュアルだった。


「先生、アシュール、予定より5分マイナスだ。思った以上にやるぞ、本部長」

「わかってる。でも、問題ない。もう家の中には侵入してる」

「お、俺はもうちょっと時間が。先輩が手伝ってくれるなら」

「なにをすればいい」

「カメラの上に偽装迷彩を。それから想定外の敵がいたらその恐ろしい力で叩きのめしてほしいっす」

「了解だ」


 エンリコが訊き終えると同時に車が所定の位置に着く。


「いってらっしゃい」


 エンリコとアシュールが飛び降りてアパートに向かうと、家屋の一つからドローンが数台飛び出してきた。


「やっぱり二台持ってきておいてよかった」


 先生は言うなり、それぞれのドローンにハッキングを仕掛ける。

 数台ある分、車に仕掛けられたハッキングよりも容易に乗っ取ることができる。


「ごめんね、本部長。あなたもなかなかだけど、僕はあの麻薬漬け潜水士ドラッグ・ダイバーと肩を並べるウィザードなんだぜ」


 ドローンが先生にハッキングされる。


 互いの姿に困惑するような動きを見せたあと、フラフラと元いた場所へと帰っていく。


「うわっ、ドローン! 先生大丈夫っすかね?」

「よく見ろ。帰ってくだろ。先生が勝ったんだ。それより急げ。時間がない」

「わ、わかってるっす」


 アパートで指定の部屋の前に行こうとすると、目がぼやける。

 さらには部屋は存在せず、エンリコは自分がどこに立ってるのかわからなくなった。


「認識阻害の塗料使ってるっすね。大丈夫っすか先輩」

「そういうことか」


 言いながらアシュールが廊下の行き止まり、“塀の外”へ行ったのでエンリコはようやく気付いた。


「細かい嫌がらせのオンパレードだな」

「これはいよいよ本当にヤバイ人っぽいっすね。守り方が富裕層のそれとは違うっす」

「犯罪者の“それ”だな」


「そういうことっす」


 アシュールが暴いた部屋の扉には旧式の鍵と新式の鍵の二種類。

 こんな場所には不似合いだが、犯罪者がいるのだとすれば納得できる。


「こういうときは旧式のほうが厄介なんですよね」


 言いながら特殊塗料を塗ったグローブを填めるアシュール。

 認識をバグらせる塗料で、新式指紋認証の鍵を楽々突破する。

 それからピッキング道具を開き、ものの数秒で鍵を開いてみせる。


「さすがだな」

「ありがとうございますっす!」


 変なお礼を言いながら、アシュールが扉を開ける。

 エンリコが中を覗いてOKの合図を出し、二人で中に入った。


「うわ……」

「…………」


 ドアのすぐ横にあったリビングに入るなりアシュールが顔をしかめた。

 中には顔のない女らしき物体のはく製と、死蝋化した男が“あった”。

 さすがのエンリコも眉を顰める。


「……急ぐぞ」

「は、はい。これはいよいよフェイスイーターのアジトじみてきたっすね」


 アシュールが部屋全体に隠しカメラを仕掛ける。

 エンリコも手伝い、二人でその上に偽装迷彩を施していく。

 特殊塗料を塗ったシートをかぶせ、認識阻害を起こさせるものだ。

 慎重な犯罪者であるほど、認識阻害は自分が使うものであるという意識があるため、この手法が有効なのだ。


「撤退しましょう」

「ああ……」


 アシュールが出て、エンリコも出る。

 最後に振り返り、二つの死体に目礼する。

 グラブをした手で扉を閉める。

 アシュールが施錠したあと、二人で車に駆け戻る。


「お疲れさまー」


 先生がのんきに言って、ラップトップを弄っていた。


「映像は?」

「ちゃんと来てるよ。バッチリ」


 先生がラップトップをエンリコとアシュールに向ける。


「うっ……」


 部屋の様子が見えるのはいいが、先ほどの死体を見てアシュールが顔を顰めた。

 映像がいくつも切り替わり、セッティングが上手くいったことを確認する。


「じゃ、帰ろうか」

「……はい」


 エンリコがエンジンを入れ、即座に車を発進させる。


「監視カメラの映像も消した。仮に残っていても」

「俺の迷彩は車種もナンバーも通さないっすよ」


 エンリコは慎重にトラップがないか確認しながら大通りへ戻る。

 車も人も、重酸性雨もある。

 あの場所だけ、世間と隔離されているみたいだった。

 バックミラー越しに路地の入口を覗いて小さく息を吐く。


「さて、次はお前の工房でいいのか?」

「うす。よろしくお願いします」

「了解」


 エンリコがアクセルを踏む。

 ハンドルを操る感覚はやはりいい。とエンリコは思う。

 車のハッキング対策もしておかなければとも。


「あ、僕のベースにも寄って」

「同じ施設内でしょうが」

「あはは」


 楽しそうに笑う先生につられて、アシュールも笑う。

 エンリコだけは真剣な眼差しで周囲を見ていた。

 だからエンリコだけは気づいた。


 正面。

 数百メートル先に一台の巨大なドローンが飛んでいるのを。


「ショック体勢!!」


 エンリコが叫ぶと同時、ミサイルが発射される。

 ハンドルを切るが間に合わない。


 着弾。


 爆発。


 車が吹っ飛び、大通りと合流間近の道路を転がった。


 炎上する車をしばらく眺めた後、巨大ドローンが自らのベースに戻っていく。

 それは、ピグマ本部長のアパートからほど近い、家屋の一つだった。




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