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情報屋ティッキー 1

 Cランクエリア、3番通りにその男の住処がある。

 といっても常駐はしていない。いくつもある拠点の一つだ。


 その日、珍しく3番通りの部屋にいた男は、来客にA4紙一枚分の情報を渡した。


「……確かに。いつもながらいい仕事だ」

「どうも」


 男はパーカーのフードを目深に被っているし、背が低いから相手からは口元しか見えない。


「しかしお前はすごいな。暗号式のチャットやメール、ポッパー(指を振るだけで相手のデバイスに情報を飛ばす通信技術)もあるのに、紙なんて」

「暗号式も解くヤツは解くからね。用心だよ」


 言いながら、男はまたにこりと笑う。


「じゃ、そろそろ僕行かないと。次の案件があるんで」

「おう。助かった。またな、ティッキー」


 ティッキーと呼ばれた男は、相手と共に部屋を出て路上で別れた。

 パーカーのフロントポケットに手を突っ込んで、周囲を見渡す。


「………………」


 ティッキーが特殊な瞬きをすると、視界がグリーンに切り替わる。

 プロテクトされていない人間たちの行動、文字、音が視界全体に広がった。

 気に留めるほどでもない日常と、後々使えそうな日常。

 それらをカテゴリ分けして、脳内の記憶媒体に収納していく。


 ティッキーは情報屋だ。

 金をもらえば、大抵の組織の情報を手に入れる。

 意中のあの子のスリーサイズから、宣伝費の足りない露店の新作情報までなんでもござれだ。

 ラップトップ一台で情報を抜き取るヴィンセントみたいなヤツもいるが、ティッキーは自らの足で動いて情報を得る。


 それに、情報の鮮度と確度はなによりも、自分の目で手に入れたほうが早い。


 ティッキーはそうやって情報収集しながら、新たな依頼主の元へ向かう。

 彼女の依頼はとある新興組織の動向を探ってほしいというものだった。

 調べはすでに済んでいる。あとは伝えるだけだ。


 ティッキーが到着したのは8階建てのビルだった。

 少し前、武闘派組織として知られた『蛇の庭(ズールィサッド)』の幹部がセーフハウスとして使っていたビルだ。

 上部組織の一人に壊滅させられたが、買い取った今回の依頼主が見事にリフォームした。


 Cランクエリアの中ではなかなかに美しい外観の『普通の』ビルだ。

 スラムに近いCランクでは、ビルの普通の形を保っているだけでも素晴らしいことだ。


「どうも」


 ビルの玄関口には小銃を構えた屈強な男が二人立っている。

 彼らに事前に渡されていた身分証を見せる。


 右側の男が確認。網膜に埋め込んだサイバネアイでスキャン。

 身分証が返されると、顎で入り口を示された。


 ティッキーは愛想の笑みを浮かべて中へ入る。

 正面には半円の受付がある。

 担当するのは受付用ガイノイドで、均整の取れた微笑みを張り付けていた。


「ティッキーだ。エイリーさんに会いたい」


 ガイノイドの目がティッキーの頭からつま先までをスキャンする。

 そしてアポイントの情報を照らし合わせたのだろう。

 お辞儀をするように小首を傾げた。


「ティッキー様、お待ちしておりました。左手側のエレベーターへどうぞ」

「ありがとう」


 案内に従ってティッキーはすでに開いていたエレベーターに乗り込む。

 階層は押さなくていい。勝手に閉まって、勝手に運ばれる。


 目的の階に到着する。

 ティッキーがエレベーターを降りて扉が閉まると、目の前の鉄製ドアが開く。


 ドアの先には広くはないが狭くないフロアがあった。

 重厚な机と革張りの椅子。椅子に座っているのは、スカートスーツ姿の女性だった。


 黒髪を左半分だけツーブロックで借り上げ、右半分を編み込んでいる美女だった。


「やあ、エイリーさん」


 ティッキーが声をかけると、エイリーはサイバーグラスを下にずらして来客を確認する。


「やあティッキー」


 口元で笑みを作るが、目は笑っていない。


「依頼した件だよね? どうだった?」


 エイリーが単刀直入に切り出してくる。

 無駄話を嫌う人で、ティッキーはそういった意味でエイリーに好感を持っている。


「あなたのお姉さんを殺したヤツの枝には行きついた」


 エイリーは一度深呼吸をして、静かに口を開く。


「……どれ?」

「上位は黒羊(マヴロ・プロヴァド)。予想通りだとは思うけど、薬関係でいえば、大抵のことは黒羊に行き着く」


 エイリーは口を挟まない。

 彼女だって、そんなことは当然知っている。

 知りたいのは、その先だ。


「関係ありだと思われるのは、そのうちの売人グループの一つ『羊の蹄(サボ・デ・ムトン)』。黒羊総統の直下ではないけど、かなりでかいグループだ」


 名前を出した途端、エイリーは目を細める。

 瞳はギラギラと光り出し、奥底に復讐の炎が燃え上がり始めた。


「でかいかどうかはどうでもいい。姉を殺したヤツは必ず殺す。で?」

「現在、提供できる情報はここまで」


 エイリーはティッキーを眇めた。

 しかしティッキーも退かない。嘘はついていないからだ。


「追加金が必要?」

「調査費用としてね」


 エイリーは引き出しを開けると、無造作に札束を掴んで机に置いた。

 3万$あった。


「姉さんを殺したヤツを必ず見つけ出して。そのためにあなたを使ってる」

「了解だ」


 ティッキーもまた無造作に3万$を掴んでパーカーのフロントポケットにしまう。


 が、数秒黙ってすぐにポケットから手を出した。

 2万$が握られている。


「たった今届いた新鮮な情報。あなたの姉を殺したのはミスタと呼ばれてる元締めの一人」


 机の上に2万$を置く。

 調査費用は1万$で充分になってしまった。


「……そう。じゃあ、これで情報を流して」


 エイリーは言って、2万$を再びティッキーのもとに押した。


「……どんな?」

「私が羊の蹄の元締めを追ってる。もうアタリはつけたってね」

「……狙われるよ?」

「望むところよ」


 エイリーは金を出したのとは反対の引き出しを開ける。

 そして巨大な銃を取り出し、銃身にキスをした。


「姉を殺したヤツ、そしてそいつに従うバカども。全員殺す」


 エイリーの化け物じみた笑みに、ティッキーも笑みを浮かべる。

 こういう人間の手足になるのは楽しい。


「依頼受けるよ、エイリーさん」


 ティッキーは2万$を受け取ると、頭を下げてドアに向かう。

 部屋を出る直前に振り返り、ジッとエイリーを見つめる。


「復讐、楽しみにしてる」

「この飽きっぽい都市にしばらく飽きない噂を流してやるわ」


 ビリッ、と空気が振動する。

 そうなったように、ティッキーは感じた。


「魔女が羊の蹄を砕き割ったってね」




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