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シオリー1

「ひぃッ! た、助けてくれッ! 頼む、たの」


「……もっとマシな言葉もあったんじゃないか」


 声と共に黒髪のポニーテールが揺れた。ヨスガ・シオリは命乞いを続ける男に、刀型超振動ブレードの切っ先を突きつけた。


「なあ、ミスター・レイプ。エド・ルー。あんたの悪行は残念ながらアタシらに知られてしまった」


 シオリの冷めた瞳に、レイプ魔=エド・ルーは小便を漏らしそうに太ももを震わせた。


 シオリは超攻撃的自警団『MA』のメンバーだ。後ろには彼女の部下である屈強な男たちがブラックスーツ姿で立っている。異様なのは、血のような赤い文字でMAと記された黒い仮面を着けていることだ。


 目の部分だけが開き、鼻と口がある場所は穴は開いているもののメッシュでほとんど中が見えなくなっている。


 MAの中で面無しなのは幹部だけ。顔バレしても問題ない実力派ばかりで、シオリもその中の一人だった。


「どこから斬って欲しい? あんたの薄汚いディックか? それとも女を殴るご自慢のサイバーウェアか」

「ひ、ひぃいっ! か、勘弁してくれ!」


 股間に切っ先を向けると、エドが尻餅をついて後ずさった。身体を反転し、四つん這いになって逃げようとする。


「そうじゃないだろエド・ルー。この下衆野郎ッ」

「ぎゃッ!」


 シオリはエドを追いかけて、思い切り股間を蹴り飛ばす。エドは悲鳴を上げて飛び上がり、顔から汚い路地に突っ込んだ。


「うぅ、ぐ、うぐぅぅ」


 エドは股間を押さえてのたうち回る。言葉さえまともに出て来ないようだ。


「アレン・ストリートでお前がレイプし、殺した少女の名はマイナ。まだ13歳のナチュラルだ。監視カメラで視たぞエド・ルー。お前はマイナが許しを乞うたとき、いったいなにをした?」


「ち、違う。俺はあのとき、ただ……そう、い、意思確認をしていただけだ。そうしたらあの子、マイナって言ったか? あの子は私を犯りながら首を絞めて、そうしたら興奮するって言うものだから、いぎゃああああ!」


 シオリのブレードがエドの右腕を斬り捨てた。旧世代となったがまだまだ現役のパワーアーム。工場で合成食品を検品するだけの男には似つかわしくない代物だ。


「違うのはお前だよ。お前は許しを求めたマイナを動かなくなるまで殴り、そのあと犯した。犯しながら殴った。ヴァーチャルで済ませばいいのに、現実にクソみたいな嗜好を持ち出しやがって」

「ひぎゃあああ!」


 シオリは罵りながらもう一本の腕を切り裂いた。今度は血が出た。どうやらサイバネ化していたのは右腕だけだったようだ。


「ああああ! 頼む、血を、止血してくれ。死んじまう、俺死んじまうよぉッ!」


 痛みにのたうち、エドは肩で這ってシオリの足元に来た。


「頼むぅ、懺悔する。今までしたことを反省するから、まだ、死にたくないんだよぉ」

「ネク」


 シオリは部下の名を呼ぶ。部下たちの中から呼ばれたネクは、すぐに察して警棒みたいなモノをシオリに投げた。


「安心しろよ。簡単には死なないようにしてやる」


 シオリは棒を受け取り、持ち手にあったスイッチを入れる。すると先端から持ち手近くまで棒が赤くぼんやりと光り、薄く煙を吐き出した。


「な、なんだよそれ、なぁッ! なんなんだ、ごぶッ」


 ネクが路地に捨ててあったぼろ布を投げ、受け取ったシオリがエドの口にそれを突っ込んだ。


「“これ”をやるとうるさいからな。しばらく我慢しろ」


 冷めた表情のままエドを見下ろし、シオリは肉を焼けるほどに熱された棒=ヒート・スティックをエドの左腕、血が流れ続ける切断部分に押し当てた。


 ジュウッと肉の焦げる音がした。


「ん゛んん゛んん゛ん゛んん゛んん゛んん゛んん゛ん゛ん゛ん゛んッ!」


 瞬間、エドが白目を剥いて痙攣し、暴れようとする。


「おい」


 シオリが呼ぶと、控えていた男たちが駆け寄ってきて、足でエドを踏みつけてもがくことさえ許さない。


「ぐむぶううううっ! ぐうう゛うう゛! ぎゅぐう゛ううう゛う゛!」


 薄暗い路地にエドのくぐもった絶叫と、肉の焦げる音、臭いが立ち込めていた。


「エド・ルー。お前、脳にアドレナリンチップを入れてるだろ? スリルな状況になるほど意識を活性化させるドラッグパックもどき。残念だな、気を失えなくて」


「んん゛ぐうぅう゛ッ! ぐびゅうう゛ううッ!」


 レイプのスリルを求めるために入れたチップが、今はエドを安寧の失神へと向かわせてくれない。


「人の尊厳を奪った人間は、アタシらのような人間に奪われることを知らなくちゃいけない」


 シオリは外から内側へ丁寧に丁寧に傷口を焼いて止血してやる。エドの目は充血し、赤い涙が零れていた。


 全てを焼き切ったあと、ようやくヒート・スティックを離してやる。


「んぐ、ご、げ、げ、げ」


 エドは痙攣していた。電極を繋がれた死体みたいだ。だがエドはまだ死んでいない。そうなるように調整した。


 シオリはエドの髪を掴み、地面に座らせる。糞尿を漏らし、放心状態のエドに向かってゆっくり言い聞かせるように話す。


「いいかエド。アタシ個人からのお仕置きはこんなものだ。本当はもっと被害者の気持ちを味わわせてやりたいけど、アタシよりもっと相応しい人間がここに来てるんだ」


 シオリは髪を掴んだまま身体をずらし、エドに路地へ入ってきた人物を認識させる。


「お前が犯し、殺した被害者たちの親御さんたちだ」

「……んぎぃッ」


 エドが首を振って逃げようとする。それもそのはず、目の前の被害者遺族たちは手にヒート・スティックを握っていた。


「今受けた痛み、あれが生ぬるいものだったことをお前はこれから知ることになる」


 遺族たちが一斉にシオリに頭を下げた。シオリも会釈し、一番前にいた男にエドを引き渡す。


「本当にありがとうございます、ヨスガさん」

「いえ、あなた方の子供も守れなかったんだ。これぐらいはさせてくれ」


 シオリは遺族たちともう一度会釈し、路地を歩き出す。


「行くよ」


 短く部下を呼び、連れ立って路地を抜ける。けばけばしいネオン街に出て、鬱陶しいARを手で払う。

 何食わぬ顔で通りを進むと、裏から出てきた怪しい集団に一瞬身構えた通行人たちもまた歩き出す。


 街の人間は自警団『MA』のことを知っている。

 だから賢しい人々は皆、わざわざ彼女らが出てきた路地裏を覗こうとはしない。この場合の好奇心は、ロクなことを生まないと決まっているからだ。


「──ッ! ──ッ!」


 路地裏の悲痛な叫び声は大げさな街頭スクリーンのCMが打ち消し、人々は何も気づきはしない。


「さて、次の悪党でも探そうか」


 ヨスガ・シオリのあとに続いて、男たちが街を練り歩いていった。

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