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レントン・ブッチャーズ1

 メガシティ・ネオトーキョーには暗部が多い。

 スラム街、ダウンタウンも当然のように存在している。


 その中でも、貧民層の人々が日々の糧を得るために利用するのはスーパーマーケットではない。


 いわゆる、ブラックマーケットと呼ばれる場所が、ここにはある。


 ブラックマーケットの一角に、食肉加工品を売っている店があった。


 【レントン・ブッチャーズ】


 それがこの店の名前だった。


 防弾製のショーケースにあらゆる種類の肉が並べられている。


 もちろん生鮮食品プラチナフードじゃない。

 すべて培養食品シリアルだ。


 店主はデバイスに組み込まれたソーシャルゲームをつまらなそうにプレイしては、ときおりあくびをしている。


 客は少ない。

 ここは貧民が集まるCランクだ。

 培養食品とはいえ、肉を買う金を捻出できる奴は多くない。


「……肉が欲しい」


 そこへ、一人の男がやってきた。


 中肉中背。

 パーカーのフードを目深に被り、両手は腹部のポケットに突っ込んでいる。


「……字は読めるか? 書いてある名前とグラム数」


 店主はそれだけ言って、億劫そうに椅子から立ち上がる。


「並んでない。生鮮食品が欲しい」


 ショーケースの裏にやってきた店主は、その言葉にピクリと眉を動かした。


「……鯉は滝を登る」


「……龍は頂へ至る」


 合言葉だった。

 男を信用した店主は、ショーケースに両手を乗せる。


「今日の種類は一つだけだ。グラムは?」


「100」


「わかった。待ってろ。ああ、そうだ。金はあるな?」


 訊くと、男はポケットに突っ込んでいた右手を出した。

 ケースの上に出されたのは、1万J$(ジャパニーズドル)紙幣を丸めて輪ゴムで留めた束だった。


 店主はそれを見たあと、一度奥へ引っ込む。

 そして5分とかからずに再び現れると、その手には小さな取っ手付きの四角い箱が握られていた。


「ほれ、100グラムだ」

「……感謝する」


 男は肉を受け取り、すぐに元来た道に引き返していく。

 そんな男の背中に、店主は声をかける。


「兄さん、気を付けなよ。ケダモノたちは鼻がいい」

「…………」


 男は一度立ち止まって振り返ると、小さくうなづいた。

 それだけだった。再び足早に去っていく。


「……ふぁーあ」


 店主は男を見送ると、椅子に座り直してゲームの続きを始める。


 しばらくして、路地裏から悲鳴といくつかの発砲音が聞こえる。

 数秒としないうちに静かになった。

 日常茶飯事だ。誰も気に留めない。


「……さて、どっちかな」


 肉を狙うやつは多い。


 客の男が勝ったか、それとも腹を空かせたケダモノが勝ったか。


 店主は客の男が勝ってるといいなと思う。

 生鮮食品の味を知っていて、ちゃんと対価を払って手に入れようとする人物は好感が持てるからだ。


「オヤジ、ハムとハラミとタン、100ずつ」

「……はいよ」


 近くのマフィアの遣いがやってきた。

 今日はいつもより少しばかり忙しい。


 立ち上がり、ショーケースから肉を取り出してパック詰めしていると、遣いが紙を一枚置く。


「肉以外にもこれを」

「……はいよ」


 店主は肉の対価にお金を受け取りつつ、紙に書かれた内容に目を通す。


 “肉屋”ってのは、こういう使い方もある。

 そういう依頼が書いてあった。


「夜になったら持ってこい」

「伝えておく」


 遣いが去っていく。


「……さて」


 店主はゲームに戻らず、腰に巻いたゴム製のエプロンを締め直す。


 そして奥にある椅子に座り、どんな硬い骨も砕く巨大な包丁を掴み、砥ぎ始める。


 今夜は数が多そうだ。

 店主は嬉しそうに唇を歪めて、せっせと包丁を鋭く砥いでいくのだった。


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