ミケとクロー1
「今日はなにを食う?」
ミケランジェロ、通称ミケが言った。
赤いシャツに赤い髪の派手好き。手は血にまみれて、足元にはどこの派閥にも属してないゴロツキが転がっていた。
「カレーがいい」
クロード、通称クロが応える。
黒いスーツと血で汚れたシャツを見て舌打ちしながら、血にまみれた透明のゴム手袋を外す。
「最近、近くにいい店ができたらしい」と、クロ。
「ああ、知ってる。五番街だろ」
「さすが、耳が早いな」
「伍龍の連中は何でも屋がかき回してくれたみたいだし、乗り込むか」
ミケの言葉に、クロが鼻で笑う。
「なんだよ」
「いたところで問題にならないだろ」
「馬鹿だなクロ。食事するときにコバエはうっとうしいだろ」
「……それもそうだな」
× × ×
「ここか?」
廃ビルの一階を見ながら、ミケが言う。
クロはうなづき、解放されたドアへ入っていく。
ミケは壁を軽く手で擦り、何のホログラム加工もされてないことに驚いていた。
「いらっしゃい。何にします」
中へ入ると、細身の女店主が訊いてくる。
「キーマ 中辛」
クロが先に答えて、開いている席に座る。
スチールの丸椅子がガタガタうるさく音を立てた。
「えっと、俺は……」
ミケはコンクリートむき出しの店内をキョロキョロ眺めて、メニューを見つける。
「ビーフカレー 甘口で」
「はい、よろこんで」
ミケも椅子に座り、すぐに壁にもたれる。
給仕ロボが運んできた水をひったくるように取ると、ガっと一息で飲み干した。
すぐさま給仕ロボがおかわりを注いでくれる。
「また甘口か?」
「激辛は嫌いじゃねぇけど、最終的に口が求めるのは甘口なんだよ」
「そんなもんかね」
「そんなもんさ」
話しながら、ミケとクロは店内に素早く目を配っている。
四人掛けのテーブルが4。そのうちの二つは埋まり、一つはミケとクロが使用している。
カウンターは6席。
一つずつ間隔をとって、三人が座っている。
それぞれ自分の頼んだカレーを食べていて、ミケとクロに注目するものはいなかった。
「キーマとビーフのお客さん、お待ちどうさま」
店主の声と共に、給仕ロボによってカレーが運ばれてくる。
皿とスプーンを受け取り、ミケがすぐにがっつき始める。
「うわ、うま」
「ああ、評判通りだな」
クロもキーマカレーを口に運び、その美味さに舌鼓を打った。
「合成肉だが、スパイスのおかげで味をごまかせてるな」
声を潜めてミケが言う。
「ああ、そうだな」
何の材料を使ってるか食べてる人間は誰も知らない合成食品。それはCランク住民なら誰でも食べてる食材でもある。
キーマカレーに入ってる鶏肉も、ビーフを謳うカレーも、実際に本物が入ってるわけではない。
「俺はさ、天然なんて食わなきゃよかったと今でも思ってるよ」
「またその話か」
「だってよ、あれを知らなきゃ、この場所の飯がこんなに不味いなんて知ることもなかったんだ」
「一度贅沢を知った人間は、質素には戻れない」
「誰の言葉だよ?」
「何千年も昔から人を変え、時代を変え、言われてきた言葉さ」
ミケはカレーをスプーンで掬い、口に運ぶ。
その顔は、まずいモノを食べている人間の表情ではなかった。
「じゃあ、これも付け足しておいてくれ」
「なんだ?」
「人間はすぐに忘れる。贅沢の味も、質素の味も」
ミケがくっくと愉快そうに笑った。
「結局、腹が減ってりゃなんでも美味い。だろ?」
「……ふ、違いない」
言いながら、ミケは最後の一掬いを口に運んだあと、カウンターの奥に向かって皿を掲げる。
「ビーフカレーおかわり。今度は中辛で」
「はいよ」
皿を下げたミケは、徘徊してるドリンクロボを足で止め、中からエールを二本取り出す。一本を自分に。もう一本をクロのほうへ差し出す。
指で蓋を飛ばし、さっそく口をつける。
「で、次はどうする。どこへ行こうか」
「俺はそろそろ腰を落ち着けたいんだがな」
「いい場所、いい部屋、いい隣人に恵まれないな俺たちは」
「そういえば蛇の庭の頭が愛人に殺されたろ。手下が使ってた部屋空いてないかな」
クロの言葉に、ミケが指をパチンと鳴らす。
「それ、いいね」
「決まりだな。食ったら探して奪うぞ」
「オッケー」
「おかわりお待ちどうさま」
話しているとすぐにビーフカレーのおかわりがやってくる。
それと同時にクロが食べ終わり、ナプキンで口を拭った。
「おい」
と、いつの間にか二人の席を囲むように四人の男が立っていた。
一番前にいた長身でガタイのいい男は禿頭で、頭から目元にかけて這うような蛇の入れ墨が彫ってあった。
「なにか用か?」
「いや、俺らをどうとか言ってたからな。こっちから来てやったんだよ。なあ、チンピラども」
男が顔を近づけてくるが、ミケは我関せずカレーを食べ始めていた。
「なに無視してんだコラッ」
後ろにいた男がテーブルを蹴り上げようとしたが、すんでのところでクロが男のつま先を掴んで止めた。
「悪いな、お兄さんがた。うちの相棒、腹減らしてんだ。話は俺が聞くから、外でないか」
クロの提案に、男たちは顔を見合わせて笑う。
身の程知らずのチンピラが哀れでしかたないのだ。
「いいだろう。おい、お前。飯食ったらすぐ出てこい。逃げようとすんなよ」
「あいあい、了解」
ミケはおちゃらけた様子でカレーにスプーンを差し込む。
「悪いね、クロ」
「いいって。お前はゆっくり食べてろ」
クロは立ち上がり、男たちを先導しながら外へ出る。
手に、透明のゴム手袋を填めながら。
× × ×
「いやー、美味かった。ごちそうさま」
ミケが言うと、店主が心配そうに外とミケを交互に見る。
「あの、あなたの友達、大丈夫? あの人たち、蛇の庭の人たちだったんだけど」
「ん? ああ、クロのこと? ヘーキヘーキ。あ、ほら」
ミケが指さすと、ちょうどクロが店へ戻ってくるところだった。
ゴム手袋を外し、口に咥えていた何かを取ってミケに投げる。
「これは?」
「鍵だ。アイツらの部屋、なかなか良さそうだったぞ」
「おお、いいね。じゃあ行こうぜ」
ミケが立ち上がる。
入れ違いにクロはカウンターに来て、バイオキャッシングではなく紙幣を何枚か置いた。
「え? 多いですよ、これ」
店主が言うと、クロは肩をすくめて奥の席を指さす。
「アイツらの分。払ってないだろ」
「ああ、確かに。どうも」
クロは残りの紙幣をポケットにしまい、店を出る。
店の横にある路地に四人の男が転がっているが、誰も見向きもしない。そういう街だ。
「金、アイツらの?」
「ああ。だから惜しくもなんともない」
「悪いヤツだなークロ」
「……ふん」
ミケは笑いながら、膨れた腹をさする。
「あー、どっかに悪党落ちてねぇかな。腹ごなしがしたい」
「なあ、ミケ」
「ん?」
「連中、まだ残党がたくさんいるらしいぞ」
クロが言うと、ミケがにやぁっと笑った。
瞳がネコ科みたいに、キュウッと縮まる。
「ネズミは狩らないとにゃー」
「バカ、蛇だ蛇」
「ああ、そうだった」
目の前から、連絡を受けてやってきた蛇の庭の構成員が幾人かやってくる。
「ほら、お出ましだ。今度はお前の番だ」
「りょーかい」
言うが早いか、ミケが飛び出す。
クロが懐からドラッグパックを一本取り出し吸い始めるのと、ミケが先頭の一人を殴り飛ばすのは、ほぼ同時だった。




