新藤人材輸出会社ー1
「帰ったぞ」
新藤・赤・洋治が自らの会社「新藤人材輸出会社」の錆び付いたドアを開ける。
「おわっとと……」
中にいたのはたった一人の社員、レオン・満欠。
レオンはソファにだらしなく横になり、ホロスクリーンを眺めているところだった。
新藤が帰ってきたので慌てて身体を起こし、ソファ越しに顔を覗かせた。
「お、お帰りなさい、社長」
新藤は女好きのする顔を見て呆れたように息を吐き、親指でドアの外を示した。
「今日は三人だ。いつも通り部屋と食事を用意してやれ」
「了解しました。しかし、よくまあ毎日毎日見つけてくるっすね」
レオンが立ち上がり、食べこぼしたスナック菓子を払いながら聞いてくる。
「売春街にはたくさんいる。掃いて捨てるほどな」
「前も聞きましたけど、そんな言うほどいるんすか?」
「管理されてない売春婦は多い。そんなヤツらを狙うヤツもいるし、また単純にそのほうが金を貰えるからってんで生でやる。そして自分では育てられない子どもが生まれる」
「それを、社長が商品にする、と」
「人聞きの悪いことを言うな。俺は衣食住のない連中にそれを提供してやってるだけだ。金を受け取るのは手間賃だよ」
「はぁ……物は言いようっすね!」
「……給料を減らそうか?」
「すみませんでしたー!」
レオンが土下座する勢いで謝る。
新藤は再び呆れたようにレオンを眺め、手をシッシと振る。
「さっさと仕事してこい。ガキどもは腹を空かせてる」
「了解っす」
新藤はレオンと入れ替わるようにソファに深くもたれた。
ホロスクリーンを適当にザッピングして、適当なニュース番組を流す。
スーツの内ポケットからドラッグパックを取りだし、一本口に咥える。
火を点けて深く吸い込むと、独特の甘みと苦みが舌を撫で、鼻から抜け出ていった。
しばらくそうやってドラッグパックをくゆらせていると、背後でドアが開いた。
「……ずいぶん早いじゃないか」
新藤は振り向きながら言って、入ってきたのがレオンではないことに気づく。アロハシャツに短パン、サンダルという出で立ちの男と、つなぎ姿の女の二人が立っていた。
「よぉ、シンドーさん!」
「こんにちは」
「……清掃員は呼んでないんだがな」
ドラッグパックを唇で挟みながら、新藤が言う。
二人は界隈で「清掃員」として有名なガブリとミハエルの姉弟だった。
「んな、つれないこと言うなよ。俺らとシンドーさんの仲じゃん」
「……ふっ、戯れ言を。それで? 今日は何の用だ」
「ジェーズとコフィンを探してほしい」
出て来た名前に眉をひそめる。
「あの二人となんかあったのか?」
「依頼よ。黒羊からのね」
姉のガブリが言うと、新藤は一拍置いてから答えた。
「……断れ」
「はぁ!?」
即座に反応したのは弟のミハエルだ。
大して珍しくもない室内の調度品から、新藤に険しい目を向ける。
「あの二人は強い」
「そんなの知ってんだよ。けど俺らは負けない」
「……そうだな。お前らも強い。しかし勝てても無傷じゃすまん」
「はっ、ジェーズとコフィン殺せりゃ、多少傷を負ったって……」
「その後、他の五大超企業に狙われるとしても?」
「……どういうこと?」
新藤は答える前に、ドラッグパックをもう一本取りだして新たに吸い始める。
「ヤツらはただ強いだけじゃない。かなりの情報を持っている。五大超企業それぞれの弱みとなるもの……噂だがな」
「……二人を倒したら、今度は私たちがその情報を持ってると思われる?」
「その通りだ。そして今度はお前たち二人がジェーズとコフィンの立場だ」
ガブリが顎に手を当てて考え込む。
ミハエルは何がなんだか分かっていないようで、苛立たしげに新藤とガブリの顔を見ていた。
「いいじゃねぇか、五大超企業を敵に回しても。刺激的な生活の始まりだろ?」
「……バカ。この都市で暮らせなくなる。アイツらがどんだけ影響力持ってると思ってんの」
「でもよぉ……」
「アンタの好きなプラムツリーのガパオ、食べられなくなるよ」
「……それは困る。めちゃくちゃ困る」
ミハエルが頭を抱える。
「今なら黒羊一つだけから悪印象だ。とはいえ仕事が途切れることはないだろう。お前たちの清掃員としての腕は皆が認めるところだからな」
「……あー、せっかくの美味しい仕事だったのに」
ガブリが天を仰ぐ。
うなじの傷が覗いた。昔養父に傷つけられたときのものらしい。
養父はそのとき、まだ幼かったミハエルに撲殺されている。
「……たぶんその案件ほどじゃないが、暇なら俺の依頼を受けるか?」
「あんのかよ? さすがシンドーさん」
「どんな仕事?」
新藤は灰皿にドラッグパックを押しつけたあと、テーブルの上に広がっていた書類を一束、ガブリに投げる。
受け取ったガブリとミハエルは、記載されている情報と写真を素早く頭に入れていく。
「売春街にいる、新参のチンピラたちなんだがな。どうやら生ませたガキもまた商売道具にしたいらしくてな。俺のやり方が気に食わないそうだ。近々襲撃も企てられてる」
新藤は一つ嘆息して、それから書類を読み終えたガブリとミハエルを見る。
「こっちで対処することも可能だが、俺はもう年だ。面倒臭い。だから代わりに若人のお前らにやってもらいたい。報酬は200万J$。やってくれるか?」
「数は10人……一人頭20万か。まあ、悪くないよな姉ちゃん」
「そうだね。ジェーズとコフィンに比べたら……わかった。引き受けるよ新藤さん」
「助かる。前金は必要か?」
「アナタは約束を違えないでしょ。全部終わったら、また連絡する」
「了解。迅速に頼むぜ。今日にも襲ってきそうだからな」
「だってよ、姉ちゃん。すぐ行こうぜ」
「……はぁ。わかった。じゃあまたあとで、新藤さん」
「あぁ、期待してるぜ。清掃員」
二人を見送ってから、新藤は再びドラッグパックを取りだし、火を点ける。
すると入れ違いにレオンが入ってきた。
「ちょっと社長。あの案件、ガブリたちに渡しちゃったんすか?」
「ん? ああ、そうか。お前に頼んでたんだったな」
「そうっすよ。あーあ、暴れられると思ったのに……」
「まあ、こんな商売やってりゃすぐに次のバカが湧くさ。そのときこそ好きに暴れていいぞ」
「ま、いいっすけど。ガキどもの世話、嫌いじゃないし」
レオンが肩をすくめる。
よく見れば全身の至る所に傷があり、彼が凄まじい数の修羅場を潜り抜けてきたことを思わせた。
「ガキ共はどうだ? 大人しくしてるか」
「ええ、飯もがっついてましたし、エアシャワー浴びせて部屋に放り込んでやったらぐっすりでしたよ」
「そうか。そりゃ重畳」
「アイツら、きっと新藤さんのこと神様か少なくとも聖人だと思いますよ」
「……ふっ、間違ってねぇだろ」
「どの口が言うんすか。そりゃ育てるのはすごいっすけど、育てたらAランクの富豪家へポイじゃないすか」
「需要と供給だ。俺は望まれたものを提供できる。それだけだ」
レオンはもう一度肩をすくめてから、思い出したように言う。
「そうだ社長。ジェーズとコフィンの話してました?」
「ああ、ガブリとミハエルが黒羊からの依頼で襲おうとしてたからな。止めておいた。それがどうかしたか?」
「それなら大丈夫かな。子飼いの情報屋がね、売春街へ向かう二人を見たって言ってたんで」
「…………大丈夫だろう。たぶんな」
新藤はドラッグパックを吹かしながら、窓の外を見つめる。
本日も雨天。重酸性雨の雨が降っている。




