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ガブリとミハエル──1

 Bランクエリアの外れ。

 限りなくCランクエリアに近い露店型食堂に、男女の姿があった。

 男は女の弟で、ミハエルと名乗っている。

 派手なアロハシャツに短パン、ゴム草履という出で立ちは、お世辞にもネオトーキョーに馴染んでるとは言いがたい。


 それでもミハエルは奇異である己を気にする様子もなく、合成食品シリアルにしては安くて美味いと評判のガパオライスをかき込んでいる。

 朝食を抜いているから腹が減っているのだ。


「姉ちゃん、やっぱここの飯うめぇな」

「良かったな」


 応えたのはミハエルの姉、ガブリ。

 オレンジ色のツナギを着て、亜麻色の髪を肩まで伸ばした美人だ。

 だが態度は悪い。

 プラスチックのイスに深くもたれ、長い両足をテーブルの上に乗せてドラッグパックを吹かしている。


「……おいてめぇら、なんで俺らを無視してる?」


 ミハエルの横から声がした。

 黒スーツ姿の男が立っていて、ミハエルのこめかみにハンドガンの銃口をグリグリと押しつけている。


 しかしミハエルもガブリも慌てる様子も恐怖に震える様子もない。


 ガブリは五本目のドラックパックに火を点けて吸い始め、ミハエルはこめかみに銃口を押し当てられたままガパオライスを最後の一粒まで腹に収める。


「……はぁー、美味かった」


 先割れスプーンとプラスチックの食器を置いて、冷たいジャスミンティーを流し込む。


 そうしてようやくミハエルは、黒スーツの男を見た。


「悪いね、見ての通り飯の途中だったんだ。手が離せなかったんだよ。わかるだろ?」

「……お前、ボスが死んだからって調子に乗ってんじゃねぇぞ」

「……はぁ?」


 銃口が額に移動するが、ミハエルは怯まない。


 どころか額を逆に押しつけて、男を押す。


「なんで俺らが蛇の庭ズールィサッドのボスが死んだくらいで調子に乗るんだ? あ、勘違いしてんのか? 俺らは別にあんたらのボスに従ってたわけじゃない。俺が個人的に欣怡シンイーさんに惚れてんだ。だからシノギを手伝ってた。それだけだ」


「……はぁ、救えねぇバカだな。痛い目見ねぇとわかんねぇか」


 銃口を突きつける男の後ろで、蛇の庭の構成員数名が身体を軽く揺すり始める。握られた拳にはアイアンナックル。こんな時代でもこういう武器は有効だ。

 ──格下をボコるだけなら。


「抑えなよミハエル。数が多い」

「今さらビビっても遅ぇんだよバカ姉弟」


 男がガブリのほうへ視線を一瞬移したそのとき──。

 男の手から銃がスルリと外れ、なぜかミハエルが銃を握っていた。

 銃口は当然、男の顔に向けられている。


「──は?」


 ドンッ──と腹に響く音がして、男の顔が吹っ飛んだ。

 頭を半壊させた男は身体を斜めに回転させながら膝をつき、それからミハエルに蹴られる。テーブルの下に隠れるように倒れた男を見てる者は蛇の庭の面々を含め誰もいなかった。


「殺し合いの最中に視線を切るんじゃねぇよ」


 蛇の庭は死んだ男を含めて全部で五人。

 残りの四人は目の前で起きた出来事に対処すべく、身体が動き始めていた。

 誰もがマズい状況だと理解していた。


 彼らの知っている、少しばかり情報を持つただの「清掃員」の姉弟の姿はそこにはなかった。


 ドンッ──一人が最初の男と同じく頭を半壊させて倒れた。


 ドンッ──二人目は胸を撃たれて後ろに吹っ飛んだ。


 ドンッ──三人目は足を撃たれて倒れたところをドンッ──。

 二発目が頭を貫いた。


 ドンッ──四人目は両腕で頭をガードしていた。前に出ていた左手の甲に銃弾が突き刺さる。抗争で左腕を失ったときに、サイバネ化していたのだ。


 だが男が助かったわけではない。


「なッ……!?」


 ガードの隙間から、凶悪な笑みを浮かべたミハエルの姿が見えた。

 そしていつの間にか立ち上がっていたミハエルの前蹴りが、男の股間を蹴り上げた。


「おごぉッ……!!?」


 股間まではサイバネ化していなかった。

 男は全身から一気に力が抜け、股間を押さえて膝をつく。


 男の額に、ゴリッと銃口が押し当てられる。


「あッ、う……」


 脂汗が滲み出る。

 痛みで今にも吐いてしまいそうだ。

 それでも男は命乞いしようとした。


 だが──。


「今度はパクチー大盛りで食うことにしよう」

「あぇ……?」


 ミハエルはこちらを見ているが、もはや意識は男になかった。

 一時期は武闘派と呼ばれた蛇の庭でも幹部クラスの男だ。

 それなのに、ミハエルはまるで眼中になかった。


 ドンッ──。

 血飛沫が地面を汚し、硝煙が立ちのぼる。

 キンッ、と固い金属音がして、薬莢が転がった。


 リンチにかけようとして銃を出さなかったのが、男たちの最大の敗因だった。

 が、仮に出していたところでミハエルには敵わなかっただろう。


 そしてミハエルは──。


「いてッ」


 姉のガブリに頭を叩かれた。


「なにすんだよ姉ちゃん」

「なにじゃない。抑えろって言ったでしょ。誰が掃除すると思ってんの?」

「あ……ごめん、つい……」

「つい、じゃない」

「いてッ」


 再びミハエルの頭を叩いたガブリは、転がる五つの死体を見て深く嘆息する。

 吸いさしのドラックパックを携帯灰皿に押し込んで、左手首にはめていた髪留め用のゴムを取る。


「下とは違って、殺しをやったら厄介なヤツらが現れるんだからさぁ。ったく、本当にお前は……」


「ごめんって姉ちゃん、反省してるよ」

「15666回。お前の反省した回数だ、このダボッ」


 ガブリは髪を後ろでまとめ、ゴムでキツく縛る。


「けどまぁ、やっちまったもんはしょうがない。どうせ場所を変えて殺るつもりだったしな」


 言いながら、ガブリは古い携帯端末を取り出す。

 番号を素早くプッシュしてコール。相手は二回で出た。


「私だ。Bランクのプラムツリー前に来い。モノは五人。道具一式と死体袋ボディバッグ五つ。三分で持って来い」

「いてッ」


 ガブリは通話を終えると、のんきにメニューを眺めていた弟の後頭部を思いきり叩く。


「お前も手伝うんだよ、このダボッ」

「……あい、反省してまーす」

「15667回目!」

「いてぇッ」


 ガブリは弟を殴りつつ、尻のポケットから取りだした青いゴム手袋を両手に填める。


 「仕事着」の完成だ。


 そうして「清掃員」と呼ばれた姉弟は、あらかた片付けた死体を「清掃車」に任せ、特殊な洗剤で血を落としてからBランクエリアを歩き始める。


「これからどうすんの?」

「そんなの決まってるよ姉ちゃん。劉欣怡さんを追う。そして俺を抱いてもらう」

「……アンタじゃ濡れないでしょ」


「そんなのわかんねぇだろ! あ、その前に……鬱陶しいから蛇の庭を潰す?」

「……いいけど、今度から人目があんまりなくて掃除しやすいとこにしなよ。今度いきなりぶっ放したら、アンタのケツの穴三つに増やしてやるからね」

「……肝に銘じておく」


 と、ガブリの携帯デバイスが鳴る。

 こちらは「依頼専用」だ。


「……ええ、この二人を? 了解しました。いつもありがとうございます。では──」


 ガブリは営業用のスマイルを維持したまま通話を切り、同時に無表情に戻る。


「……誰?」

黒羊マヴロ・プロヴァド始末と清掃ダブルだ」

「へぇ、珍しい。で、誰を殺んの?」

「……ジェーズとコフィン。厄介だ。報酬はその分、良いけど」

「はっはッ! ゲロ強の二人組じゃん。いいね、そういうの燃える」

「油断するな。逆に燃やされて灰になる」


 姉の忠告に弟は笑う。


「わかってるって。欣怡さんに抱いてもらうまでは、殺されても死なねぇよ」

「……ふぅ、そうだといいがな」


 清掃員の姉弟が歩く。

 金になるゴミに向かって、清掃道具を携えて。

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