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チェナロ

 Cランクエリア二番街は様々なマフィアの根城が存在している。

 マフィアとはいっても小規模なモノばかりだ。

 貧民街の長、三叉城トライデントには敵わない。


 そんな二番街は表向きいつも静かだ。

 他番街に比べ、落ち着いた雰囲気すら感じる。


 しかしだからといって危険がないわけではない。

 むしろ場合によっては他よりも命が軽くなる瞬間がある。


 例えば静かなバーで、はしゃいでしまう若者は老獪に狙われる。


「よぉ、どうした。今日はいつもより騒がしいじゃないか」


 二番街のバー「ローレライ」。

 小さな店で、L字になっているカウンターに八脚のイスがあるだけだ。


 その店の奥、影が濃い場所で飲んでいる老人が言った。

 顔に刻まれた皺は深く、どこから調達しているのか今は失われた銘柄の葉巻を吸っている。


「すまんな、チェナロ。贔屓の連中なのさ」


 応えたのはバーのマスター、パブロだった。

 中東系を祖先に持ち、黒いカイゼル髭とバーテン服が良く似合っている。


「やかましいだけならけっこうだが内容が下品だ」


 チェナロと呼ばれた老人が言うと、パブロは肩をすくめた。


 カウンターの入口側四脚を使い、敵対しているマフィアを潰したとはしゃいでいる男たちだった。

 さらに襲撃した風俗店の女たちをさらい、これから味見をするという話もしている。


 チェナロは煙を吐き出して首を振る。


「味見だなんだと……レディの扱いも知らんか」


 一人ごちて、グラスを傾けてウイスキーを呷る。

 Cランクの店には似つかわしくない高級で貴重な酒だ。

 それをチェナロは何でもないように飲み込む。


「……なんか、聞き捨てならないこと聞いたなぁ俺」


 すると、チェナロに近いところに座っていた男がこちらを睨んでいた。


 しかし口元には笑みが浮かんでいる。

 それは怒りというよりも、獲物を見つけた肉食獣の笑い方だった。


 男の言葉に気づいて他の連中もこちらを見る。

 チェナロから一番遠い場所に座った男などは、これ見よがしにジャケットの内側に手を入れる。


「お客さん、やめておいたほうがいい」


 パブロが言うも、血気盛んな若者たちは老いたマスターの言葉など聞きはしない。

 むしろより刺激されたように、腰を浮かせかけている。


「俺らが女の扱いを分かってないって? アンタみてぇなイ×ポに比べりゃよっぽど悦ばせられるぜ?」


 近い場所の男が言うと、馬鹿笑いが弾けた。

 真ん中の男のうち一人は手を叩いて大喜びだ。


 チェナロも葉巻を加えている左側の口角を上げて、男の面白くないジョークを笑ってやる。もちろん嘲笑だ。


「だからガキだって言うんだ、アホンダラ……セックスを知っただけで一丁前にレディを語るな」

「おいおい、なんだお前……自殺願望者か? 短ぇ老い先もっと縮めてどうするよ? ん?」


 ついに端の男が立ち上がり、チェナロに向かってくる。


 マスターのパブロは止めない。

 代わりに「あー」と嘆息してわざとらしく額を押さえる。


「俺は止めたからな」


 それだけ言うと、グラス拭きに戻る。

 もう男とチェナロの方を見向きもしない。


「俺たち有望な若者に金を残すだけで勘弁してやろうと思ったが、生きてる価値がない奴の、おっと……ゴミ掃除は必要だよな」


 男の言葉に、後ろの仲間連中が笑う。

 チェナロも嗤う。片手はカウンターの上、もう片方は葉巻を摘まんでいる。


 男は油断していた。

 自分は絶対安全圏にいて、この老人はイキがっているだけ。

 今日殺した敵対マフィアの奴らみたいに、血をまき散らして死ぬと信じて疑っていなかった。


「俺も同感だよ、青年」


 だから老人の手から魔法のように銃が出現し、胸に向けられた銃口にまったく反応出来なかった。


 パブロが拭いていたグラスが振動する。

 木目調の壁に赤黒いペンキがぶちまけられて胸に大穴を開けた男が吹っ飛ぶ。


 男たちは誰も彼も反応すら出来ていなかった。

 一瞬前まで自分たちは無敵だった。

 信じて疑わぬこの界隈のスーパーヒーローだ。


 どでかい銃口から噴き出す硝煙と葉巻の紫煙で嗤う老人の口しか見えなくなる。


 男たちが恐怖で銃を抜こうとしたときにはもう二人目が吹っ飛んでいた。

 店全体を揺らす振動と共に三人目も頭から血を流して半回転して倒れる。


「……ひッ、ひッ……」


 意外にも一番最初に懐に手を入れていたのに、銃を抜くのに手間取っていたのは一番端の男だった。


「殺されるのは初めてか、坊主」

「やめッ……」


 男の鼻がひしゃげた次の瞬間、赤い大輪の花が咲いた。


「ルールとマナーを守りましょう。でなきゃ怪物に喰われちまう。ママに教わらなかったみてぇだな」

「……アンタがそれを言うかね」


 出したときと同じように、チェナロが手の平から大口径の銃を消す。

 そして美味そうに葉巻をくゆらせながら、四発分の薬莢をカウンターに並べる。


「……墓のつもりか?」

「正解だ。死んだときに墓がある。それだけでも上等な人生だろう」


 パブロは嘆息し、グラスを拭いていた手を止める。

 店の中を見渡して、もう一度盛大にため息を吐いた。


「出来れば汚さないで欲しかったんですがね」


「マスター、掃除ってのは毎日するもんだろう?」


 チェナロの言葉に、パブロは呆れたように息を吐く。

 チェナロはそんなパブロの態度に機嫌良く笑みを浮かべる。


「今日はいつもよりちょっと汚れただけ。それだけさ。だろう?」


「アンタが金払いの良い常連じゃなかったらコイツらの黄泉路の先導にしてるところだ」

「ふっふ、そいつぁ金があって良かった」


 チェナロは口を開けて笑い、葉巻を灰皿に揉み消す。


「未だにそんなに出来るなら、探偵に戻りゃいいのに」


「……はッ、なんでもわかっちまう俺にとっちゃ、何の面白みもない職だったよ」

「……それじゃ今度の事件のことも?」


 パブロの言葉に、チェナロは片眉を上げて僅かに身を乗り出す。


「どれのことだ?」

「フェイス・イーターのことさ」


 その名を聞いた途端、チェナロは興味が失せたようにイスに深く腰掛け直した。


「やっぱり知ってるのか? あの捕まった奴、犯人じゃないんだろ?」


 パブロが興奮気味に聞くと、チェナロは面白くなさそうにあくびをする。


「当然だ。あの坊主はとんでもなく運の悪いブロイラー。真犯人はもう次の獲物を物色してるだろうよ」

「へえ、犯人の目途は付いてんのかい?」


 何を当たり前のことを、といった目でパブロを見るチェナロ。


「助けてやんないのかい? 昔みたいにさ」


「助ける? 俺が? なんのメリットがあって?」

「昔のアンタならメリットなんて気にせず助けてた。街のみんなはそんなアンタの姿に憧れてたもんさ」

「その結果がこんな飲んだくれなんだ。興ざめも良いとこだろう」

「まさか。今でもアンタの出現を待ってる連中ばっかりだよ」


 パブロは言いながら、チェナロの前に琥珀色の酒が入ったグラスを置く。

 百年以上前に造られた極上酒だ。


「助けてどうなる? また新たな冤罪者が出るだけだ」

「なに言ってる、真犯人まで捕まえてこそのアンタだろ?」


 チェナロは嘆息してグラスの酒で喉を潤す。

 舌に乗せただけでもう美味いと分かる良い酒だった。


「……どうしてそんなに俺を出張らせたがる? 惚れた女のガキか?」

「……はは、まさか。さっきはアンタの出現を待ってる連中と言ったが、実際俺が一番待ち望んでる」


 パブロは言いつつ、出した極上酒の酒瓶をカウンターに置く。

 ラベルが見えるようにすると、チェナロが目を見開いた。


「……おい、冗談だろ。どこで手に入れた」

「コレクターが一人死んだ。老衰で大往生だ。彼の貯蔵庫から見つかった。最高の品質でな」


 チェナロはグラスを返そうとしたが、もうほんの少ししか残っていない。

 出された酒はいつも出されているCランクに似つかわしくないかなり高い酒ではない。


 とんでもなく高い酒だ。

 それこそ今ある財産の半分以上を引っ張ってくるようなレベルだ。


「さっきの銃撃は久々に痺れたぜ“都合の良い名探偵デウス・エクス・マキナ”チェナロ。見せてくれよ、カッコイイアンタをさ」


 それでもなおチェナロが迷いを見せると、パブロは酒が少量残ったグラスを指さして口角を右側だけ上げる。


「それで一杯分はチャラだ」


 チェナロはグラスを手に取り、残りの酒を一息に呷った。

 悔しいが美味い。美味すぎる。

 正直、一仕事をするにしては過剰な取り分だ。


 つまりそれだけパブロはチェナロに期待している。

 そういうことだ。


「……分かったよ。商売上手だな」


 チェナロは両手をあげてポーズを取ると、ゆっくり席から立ち上がる。

 そして通路に溜まった死体を足でどかしながら出口へと向かっていく。


「どうせつまらん結末だぞ? なんせ俺は都合の良い名探偵だからな」

「それが見たいのさ」


 チェナロはドアを開け、片手を上げて店から出る。

 外は重酸性雨が降っていて、通りには人っ子一人いない。


 チェナロは銃と同じように傘を一瞬で出現させ、身体を雨から守る。


「……ったく、してやられたな」


 チェナロは元相棒パブロの策略に嵌められたことに、皮肉げに口角を持ち上げた。


「仕方ねえから始めてやるよ、パブロ」


 そう呟いて歩き出すチェナロ。

 深い皺が刻まれた顔はそのままに、眼光はすでに“現役”の頃の鋭さを取り戻していた。


お久しぶりです。

またよろしくお願いします!

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