表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/129

ドッグー5

「あなたを危険から遠ざけたい」


 いきなりそんなことを言われて、じゃあお願いします。なんて判断するバカはここでは暮らしていけない。

 特に何でも屋ディクなんて生業をしている者は。


「……ヴィンセントが言ってたのは、アンタらだよな?」


 ドッグが問うと、目の前の背の高い女が嘘くさい笑みを浮かべた。

 背の小さい……というかティーンエイジャーにしか見えない少女は、こちらを品定めするかのように見つめてくる。


「ヴィンセントさんが協力者にいるってことは、隠しても無意味ですよね」


 背の高い女──モニカが立ったまま喋る。少女──エマだけを座らせて、自分は固辞したのだ。おかげでイスに座っているドッグとしては、見上げる格好となり少し首が痛い。


「……知らないふりをしたほうが良さそうだ」

「そういう人間には、そもそも私たちは近づきませんよ」


 超巨大企業メガ・コーポ「陣内」傘下の「無位灯組」。

 その中でも精鋭が集められた「無名」のトップ二人。

 知らないまま、関わらないままでいたほうが良い類いの人間だ。


「俺に提供出来るもんは何もないよ」

「いるでしょう、さらってきた少女が」


 これまで無言だったエマが口を開く。モニカがたしなめようとするが、エマは耳を貸さない。


「エアリス。あの子、陣内うちのトップシークレットなの。外に出られたらマズいし、暴れられたりしたら……それこそ目も当てられない」


 エマが薄く笑みを作る。


 実年齢とは違う印象を与える、老女のような慈愛が込められた笑み。

 “何を”見てきたら、こんな笑顔を作るようになるのか。


「だから私たちがアナタをサポートする。無事に依頼人の元へ届けられるように」

「……待て、話が見えない。サポートって、どういうことだ」


 ドッグは体勢を少しだけずらし、いつでも銃が抜けるようにした。

 この二人相手に通じないことは分かっているが、抵抗はするべきだ。


「サポートも何も、あとは依頼主に引き渡すだけだ。それもベアトリーチェを介して、だ。アンタらに出張ってもらうことなんぞ……」


「賞金がかけられたの」


 エマが笑顔のまま、言う。テーブルの上に肘を立て、両手を組んでその上に形の良い顎を乗せる。


「五百万J$ジャパニーズドル。街のゴロツキが動き出すにしても派手な金額ね。腕は立つようだけど、一人で守り切れる?」


 ドッグの眉間にシワが寄る。


「……なぜ懸賞金が? 伍龍の連中がそこまで出すとは思えんが」

「そっちじゃない。簡単に言えば陣内わたしたちサイドの人間。それもかなりの上層部ね」


「……なんでそんなのが出張る」


「社内政治。アナタの依頼人を扱っている連中を貶めたい人間がいる。もちろん手は巧妙で、様々な人間を介して、途中で金を出している人間への線が途切れている。そういうことが出来る人間……どう?」


 ドッグは唸る。奪還がやけに簡単だと思った。


 上手く行きすぎる案件はロクなことにならない。

 当たって欲しくなかった予想が当たり、嘆息する。


「アナタがお金で解決してくれるなら、私たちも苦労しないのだけど?」


 身体に埋め込んだデバイスが振動し、透過スクリーンがポップアップする。


『五百万J$。受け取り可能です。受け取りますか?』


 ドッグはエマを一瞥してから、目の動きで『No』を選択した。

 金はあって困らない。だが、出来る依頼を完遂しないのは気持ちが悪い。

 それにあの少女、エアリスを放り出すのは後味が悪かった。


 返ってきた答えを見て、エマが初めて表情を崩して肩をすくめる。


「お金で動かない人間って本当に厄介ね。それに力づくもダメ。はぁ、面倒臭い」

「言ったでしょう、お嬢。こういう人間もいるんです。私にも、少し理解出来ますよ」

「そう? 私には無理」


 バッサリ切るエマ。


「アンタ方を信じたい気持ちはあるが、職業柄そういうのは疑うことにしてる。どうにか穏便にはならんのか?」

「なりませんね」


 主人と同じように、バッサリと即答するモニカ。


「アナタに残されてる道は二つですよ。何でも屋さん」


 モニカが指を二本立てた。


「私たちを受け入れるか、敵に回るか」


 ドッグは再び嘆息する。木っ端な何でも屋にとって、それは一択も同然だった。


「ああ、安心してください。サポートといっても、私たちは勝手に駆除しますので、アナタは依頼を遂行してくれれば良いだけです」


「……簡単に言ってくれる」

「簡単でしょう? モニカが守って、アナタは運ぶだけ。ね?」


 エマが微笑むと、不意に寝室のドアが自動でスライドした。

 中から現れたのは、サイズの合ってない寝間着姿のエアリスだった。

 エアリスを見て、エマが首をコトッと傾ける。


「……あなたがエアリス?」

「……え? う、うん。そうだけど、アナタ誰?」


 エマは答える代わりに微笑んだ。

 その瞬間、モニカがエマの身体を後ろから押さえつけ、ドッグは銃を抜いて銃口をエマの額に突きつけていた。


 ドッグとモニカの額には、多量の汗が噴き出していた。

 モニカは己の行動を自覚していたが、ドッグはなぜ自分が銃を抜いて突きつけているのか、半ば理解出来ていなかった。


「ふふ、大丈夫だよ二人とも。ちょっとした確認だから」


 エマが口を開いてようやく、二人は弛緩した。


 エマは立ち上がり、エアリスに向かって右手を差し出す。


「こんにちは。私はエマ。よろしく」

「うん、よろしく」


 よく分かっていないエアリスがエマと同じように手を出すと、エマがその手を握る。


 いつもこんなに“ヤバイ”のか?

 ドッグはモニカに聞こうとした。しかしモニカは汗を垂らしっぱなしで、ブツブツと呟いている。


「今のは危なかった。本気だったら、お嬢が……マジだったら……」


 聞けなさそうな雰囲気に口を噤む。


 やはりロクなことにならないと、三度深いため息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ