ドッグー5
「あなたを危険から遠ざけたい」
いきなりそんなことを言われて、じゃあお願いします。なんて判断するバカはここでは暮らしていけない。
特に何でも屋なんて生業をしている者は。
「……ヴィンセントが言ってたのは、アンタらだよな?」
ドッグが問うと、目の前の背の高い女が嘘くさい笑みを浮かべた。
背の小さい……というかティーンエイジャーにしか見えない少女は、こちらを品定めするかのように見つめてくる。
「ヴィンセントさんが協力者にいるってことは、隠しても無意味ですよね」
背の高い女──モニカが立ったまま喋る。少女──エマだけを座らせて、自分は固辞したのだ。おかげでイスに座っているドッグとしては、見上げる格好となり少し首が痛い。
「……知らないふりをしたほうが良さそうだ」
「そういう人間には、そもそも私たちは近づきませんよ」
超巨大企業「陣内」傘下の「無位灯組」。
その中でも精鋭が集められた「無名」のトップ二人。
知らないまま、関わらないままでいたほうが良い類いの人間だ。
「俺に提供出来るもんは何もないよ」
「いるでしょう、さらってきた少女が」
これまで無言だったエマが口を開く。モニカがたしなめようとするが、エマは耳を貸さない。
「エアリス。あの子、陣内のトップシークレットなの。外に出られたらマズいし、暴れられたりしたら……それこそ目も当てられない」
エマが薄く笑みを作る。
実年齢とは違う印象を与える、老女のような慈愛が込められた笑み。
“何を”見てきたら、こんな笑顔を作るようになるのか。
「だから私たちがアナタをサポートする。無事に依頼人の元へ届けられるように」
「……待て、話が見えない。サポートって、どういうことだ」
ドッグは体勢を少しだけずらし、いつでも銃が抜けるようにした。
この二人相手に通じないことは分かっているが、抵抗はするべきだ。
「サポートも何も、あとは依頼主に引き渡すだけだ。それもベアトリーチェを介して、だ。アンタらに出張ってもらうことなんぞ……」
「賞金がかけられたの」
エマが笑顔のまま、言う。テーブルの上に肘を立て、両手を組んでその上に形の良い顎を乗せる。
「五百万J$。街のゴロツキが動き出すにしても派手な金額ね。腕は立つようだけど、一人で守り切れる?」
ドッグの眉間にシワが寄る。
「……なぜ懸賞金が? 伍龍の連中がそこまで出すとは思えんが」
「そっちじゃない。簡単に言えば陣内サイドの人間。それもかなりの上層部ね」
「……なんでそんなのが出張る」
「社内政治。アナタの依頼人を扱っている連中を貶めたい人間がいる。もちろん手は巧妙で、様々な人間を介して、途中で金を出している人間への線が途切れている。そういうことが出来る人間……どう?」
ドッグは唸る。奪還がやけに簡単だと思った。
上手く行きすぎる案件はロクなことにならない。
当たって欲しくなかった予想が当たり、嘆息する。
「アナタがお金で解決してくれるなら、私たちも苦労しないのだけど?」
身体に埋め込んだデバイスが振動し、透過スクリーンがポップアップする。
『五百万J$。受け取り可能です。受け取りますか?』
ドッグはエマを一瞥してから、目の動きで『No』を選択した。
金はあって困らない。だが、出来る依頼を完遂しないのは気持ちが悪い。
それにあの少女、エアリスを放り出すのは後味が悪かった。
返ってきた答えを見て、エマが初めて表情を崩して肩をすくめる。
「お金で動かない人間って本当に厄介ね。それに力づくもダメ。はぁ、面倒臭い」
「言ったでしょう、お嬢。こういう人間もいるんです。私にも、少し理解出来ますよ」
「そう? 私には無理」
バッサリ切るエマ。
「アンタ方を信じたい気持ちはあるが、職業柄そういうのは疑うことにしてる。どうにか穏便にはならんのか?」
「なりませんね」
主人と同じように、バッサリと即答するモニカ。
「アナタに残されてる道は二つですよ。何でも屋さん」
モニカが指を二本立てた。
「私たちを受け入れるか、敵に回るか」
ドッグは再び嘆息する。木っ端な何でも屋にとって、それは一択も同然だった。
「ああ、安心してください。サポートといっても、私たちは勝手に駆除しますので、アナタは依頼を遂行してくれれば良いだけです」
「……簡単に言ってくれる」
「簡単でしょう? モニカが守って、アナタは運ぶだけ。ね?」
エマが微笑むと、不意に寝室のドアが自動でスライドした。
中から現れたのは、サイズの合ってない寝間着姿のエアリスだった。
エアリスを見て、エマが首をコトッと傾ける。
「……あなたがエアリス?」
「……え? う、うん。そうだけど、アナタ誰?」
エマは答える代わりに微笑んだ。
その瞬間、モニカがエマの身体を後ろから押さえつけ、ドッグは銃を抜いて銃口をエマの額に突きつけていた。
ドッグとモニカの額には、多量の汗が噴き出していた。
モニカは己の行動を自覚していたが、ドッグはなぜ自分が銃を抜いて突きつけているのか、半ば理解出来ていなかった。
「ふふ、大丈夫だよ二人とも。ちょっとした確認だから」
エマが口を開いてようやく、二人は弛緩した。
エマは立ち上がり、エアリスに向かって右手を差し出す。
「こんにちは。私はエマ。よろしく」
「うん、よろしく」
よく分かっていないエアリスがエマと同じように手を出すと、エマがその手を握る。
いつもこんなに“ヤバイ”のか?
ドッグはモニカに聞こうとした。しかしモニカは汗を垂らしっぱなしで、ブツブツと呟いている。
「今のは危なかった。本気だったら、お嬢が……マジだったら……」
聞けなさそうな雰囲気に口を噤む。
やはりロクなことにならないと、三度深いため息を吐いた。




