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ブロイラーテッド1

 僕らはブロイラーと呼ばれている。

 生まれて日本式初等教育まで受けたあと、超巨大企業が持つ食品加工工場で働くことになる。


 父も、祖父も、そのまた祖父もブロイラーだった。

 当然僕も、この場所で生き、この場所で死んでいくのだろう。


 運ばれてくるのは何の肉から判別出来ない代物。

 それを骨ごと鉈で乱暴にカットして、成形マシンへと流す。


 謎の肉は様々な料理へと姿を変え、培養食品シリアルとして僕たち都市の住民の口へ運ばれる。


 自分が食べているものの正体を知って、嫌になることはないのか?とAランクのジャーナリストが聞いてきたが、嫌になるとはどういう意味なのか、よく分からなかった。


 そのジャーナリストが来なくなってから、とある下請け企業の食品から時計が出てくるという事件があった。

 もちろんそんな悪いニュースはすぐに報道されなくなったが、僕は街頭スクリーンで見た時計が、あの記者と同じものだと気づいた。

 もちろん、悪趣味な想像に繋げることは容易だった。

 そんなことはないって、本心から信じているけど。


 ここは欲望の街と云われているメガシティ・トーキョー。


 Aランクの人間が殺されるわけがない。


 遊びで殺されるとしても、僕らのようなBとCの境目にいる人間たちばかりだ。


「テッド。今日はどこへ行く?」

「……悪い。今日はパス」

「何だよ、付き合い悪いな」


 僕は同僚に手を上げて、大人しく帰宅するほうを選ぶ。


 街を歩いていると、僕のような人間が多くいる。

 そういう区画だから当然だと言ってしまえば、それまでだけど。


 この街で堂々と歩いているように見える人は、皆当然のようにサイバネティクスグラスを装着している。

 ARやVRはもちろん、それがあれば究極一切動かなくても生活出来る。


 もちろん金が尽きるまでだし、Aランクでもさらに最上級の人間にしか味わえないサービスだ。


 ここらで出回っているのは比較的安価な庶民向けのモノ。

 出来ることも、制限利用額も天上人たちとは雲泥の差だ。


 それを羨ましいと言う同僚もいたが、僕にはあまり理解出来なかった。

 一生をかけても手に入れられないものは、もはや無いと同義だと思っているから。


 そんなことを言うと、奇異な目で見られるからあまり表立って言ったりはしないけれど。


「ヌードルを一つ」

「あいよー」


 小汚い店に入って、小汚いイスに座る。

 Bランクエリアの隅っこにあるこの店は、小さいながらもいつも人であふれている。


 今どき珍しい、フードロイドではなく人の料理が食べられる貴重な店。

 食材はもちろん僕らが作っている培養食品なのだけど。


「はい、お待ち」


 ヌードルはすぐに出てくる。

 僕はそれを啜りながら、横目で店内を見る。


 僕と同じようなブロイラーたちの群れ。


 それぞれ働いている場所は違えど、ブロイラー同士、同じ臭いの連中はすぐに分かる。


 気弱そうでひ弱そうなブロイラー。


 僕たちは超巨大企業で働くために生まれてきて、その僅かなおこぼれで生きていく。


 結婚だって出来る。子供だって作れる。

 安いツアーだが、VRトラベルだって可能だ。


 同僚たちは順調に通称ブロイラーリングの中を走り続けている。


 ブロイラーの子はブロイラー。

 企業は子供を作ることを推奨している。


 子供や家族がいれば仕事は簡単に辞められないし、企業が出資している学校や福祉施設の恩恵を手放す勇気はない。


 真面目に働いてさえいれば、企業が提供する慰安トラベルで長年の疲れを癒やすことも出来る。


 僕は口を服の袖で拭って立ち上がり、テーブルの前に置かれた支払い機器に親指と市民IDを押しつける。


「ありやとやしたー」


 店主の声を背中に受けながら店を出ると、新たな客が僕の代わりに入っていく。


 それはなんだか仕事の始業と終業に似ていて、まだ工場の中にいるみたいな錯覚を起こした。


 なんだか急に惨めな気分になって、背中を丸めて家路を急ぐ。


 どうせ帰ったところで、家も画一化されたセメント作りのアパート群の一つなのだけど、早く僕の巣へ戻りたかった。


 だからそれは気まぐれだった。


 いつもは気にしない路地を覗いたのは。

 そこに酔っ払いと思わしき男が寝ていることに、足を止めてしまったのは。


(……なん、だ?)


 違和感があった。

 こんな最下層一歩手前の街だ。

 酔っ払いぐらい当たり前にいるし、路地裏で寝ているやつなんて星の数ほどいる。


 でも、その男には言いようのない違和感があった。


 僕は頭の中で警鐘が鳴っているにも拘わらず、男の元へ近寄っていった。


 このとき、サイバネティクスグラスを装着していたなら、僕は異変に気づき、その場所から即座に離れることが出来たのかもしれない。


 でも僕はしがないブロイラーだ。

 そんな高級なもの、持つことは出来ない。


 だから近づいた。


 男を見下ろす。

 一見、何の変哲もない。


 そのとき、僕の鼻を異様な臭いが突いた。

 饐えた臭いではない。酒でもない。


 嗅ぎ慣れたものではなかった。

 それなのに、知っている。


「……あ」


 僕は思わず声に出していた。

 男の違和感にようやく気づいたからだ。


 男は両手の指を失っていた。

 第一関節から先だけを、10本全部失っているのだ。


 さっき食べたヌードルがこみ上げてくる。


 さらに男の顔の“中から”蠅が一匹飛び出してきた。


 その場所だけぶれた顔に、僕は溜まらずその場で嘔吐した。


 男は顔を抉られていた。

 ホログラムで隠されているだけだった。


 そして間が悪いことに、サイレンの音が響く。


「ああ、嘘だろ……なんで……」


 僕はその場から逃げようとしたが足がもつれる。

 おまけに男の足に引っかかって、前につんのめって転んだ。


「はッ、現着しました。通報通りの二人がいます」


 僕は振り返り、這って逃げようとした。


 紛れもなく警察だった。

 この都市の、汚職まみれの警察。


(最悪だ──とんでもなく最悪だ──)


 Bランクエリアのブロイラー。

 そんな人間と死体。

 警察がどんな決めつけをしてくるか、僕にだって分かる。


 弁護士なんて呼べやしない。

 呼んだところで全部無意味。


 罪は作り上げられる。

 捕まった時点で終わりなのだ。


 金がなければ──。

 ここは、そういう街だ。


「おい、貴様ッ。待て、そこを動くな」

「違う、僕じゃない……僕じゃ……」


 後ろから大きな足音が迫る。

 僕は悪手だと分かっていながら、逃げようと必死になる。


 口に出している言葉の九割がただ息が漏れているだけだ。


 なんで僕が。

 ブロイラーとして、真面目に生きてきたじゃないか。

 自分の分以上のモノを求めたことだってない。


 こんなのって、あんまりじゃないか。


「止まれと言ってるのが分からんのかッ」

「ぎゃッ」


 駆け足でやってきた警官に背中を踏みつけられ、左耳と顔を蹴り飛ばされた。


 公権力の暴力。

 市民がそれに対抗する手段はないに等しい。


「違います。僕じゃないんです。僕じゃない、うあッ」


 仰向けにさせられた僕は胸ぐらを掴まれて無理やり起き上がらされる。

 そして警官は僕がさっき見つけた死体を指さした。


「あれをやったのはお前だな?」

「……違う、違うんです。僕じゃ……」

「そうか。ならお前だ」


 警官は全く話を聞いてくれなかった。

 僕を引きずり、警察車両に乗せようとする。


 僕が踏ん張って少しでも抵抗しようものなら、警官は僕の頬を叩き、ふくらはぎを蹴った。


 僕は乱暴に車両に詰め込まれ、ドアが閉められる。

 内側から開けることの出来ない、鉄格子の後部座席。


「助けて……嫌だッ、違うッ、僕じゃないッ。僕はやってないッ、誰か、話を……嫌だぁああッ」


 運転席の警官が顔をしかめ、電気を流す警棒で僕を突いた。

 僕はあまりの痛みとショックに一瞬で意識を刈り取られる。


 最後に見たのは路地裏の奥で、僕を見ながら笑っているように肩を揺らす灰色髪の男だった。

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