表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/131

ウィックVSケイン

「……お前がそうか?」


 人払いの済まされた、雨が降りしきるストリートに、ブラックコートの男が立っていた。


 ウィック“インソムニア”ハルバートは超攻撃的自警団「MA」の幹部だ。


 二刀の大鉈を振るい、ならず者たちを追いつめ、抹消する。


 MAの中でもウィックが出て来たらもう終わり。

 慈悲などない。


 それがここトーキョーでの常識だった。


「……ああ、俺だ」


 対するは血染めのコートに身を包んだ巨躯の男だ。


 ビバ“鮮血スカーレッド”ケイン。


 ケインはMA団員の千切れた指を地面に投げ捨てた。

 そして手のひらを濡らす血が雨で流れていくのを、寂しそうに眺めていた。


「もっと血が必要だ。もっと雨が降っても溺れられるような……そうは思わないか?」


 ケインと目が合うと、ウィックは青白い顔で微笑む。


 傍から見ればそれは髑髏が嗤っているようでもあった。


「それはお前の血でも構わないわけだろう? ケイン」

「ククッ……出来るのか? 妻殺されのウィックに?」


 ウィックは両手を後ろに飛ばし、コートをはためかせた。

 そして次の瞬間、ウィックの手には大振りな鉈が握られていた。


「出来るさ。そう、俺一人なら無理だろう。だが、俺たちなら出来る……そうだろう」


 ウィックは大鉈の刃先を地に向ける。そして祈るように天へ顔を向けると、ウィックに異変が生じた。


 ウィックの顔がぶれて、病的な青白い肌が健康的な赤の差した白肌へと変わっていく。


 陰鬱な男から、美しい女性へと変貌していく。


 生前、彼女はウィックによりこう呼ばれていた。

 “リオ”と。


「そう、私たちなら出来る。私たちなら……」


 声が吐き癖のある嗄れた男のものから、聞く者を安心させる女のソプラノへと変化していた。


 MAの団員たちが後ずさりする。

 仮面の上からでも、引いているのが分かる。

 それほどまでに異様。奇妙な光景だった。


「それでも、貴方が私たちを殺せると言うなら……私たちはそれも望む」


 女は、リオは恍惚の表情を浮かべてケインを見つめた。


「早くウィックと逢いたいもの。……ねえ、貴方は私たちを殺せる?」


 ケインは両手を思いきり伸ばしてから、握り直す。


「脳みそだけになっても……恨むなよ?」


 リオとなったウィックの姿がかき消える。

 少なくともMAの団員たちには見えなかった。


 ケインだけが見えていた。


 ケインは目の前に現れた二筋の光を捉えた。

 両手の親指と人差し指、中指で大鉈の肉厚な刃先を掴む。


 ただの犯罪者なら、この一撃で首と胴が離ればなれになっているところだ。


 ケインの眼前で美しい女が微笑む。

 笑みだけは、ウィックの髑髏と遜色なかった。


 ウィックは右足を跳ね上げてケインの顎を打つ。

 ぐらりと傾いたケインの首筋を狙うが、直感がウィックの身を素早く後退させた。


 案の定、ぐらついたはずのケインがしっかりとした重心のまま、先ほどウィックが進んでいただろう場所に左手を伸ばしていた。


 罠だった。

 あのまま進んでいれば、間違いなく首をへし折られていた。


 ──普通に殺すつもりだったのなら。

 そうじゃなければ──。


「……なぜ貴方は人を殺すの?」


 ウィックの質問に、体勢を立て直したケインが顎をさすりながら笑む。


「知らん。快楽でもいい、気まぐれでもいい、何か重大な疾患でもいい。理由はお前たちがつけろ」


 ケインが胸を大きく開き、瘴気のような息を吐く。


「俺は、俺が終わるまで殺すだけだ」


 ケインがグッと身体を傾ける。

 瞳の残光が走り、ウィックに迫る。


 身体を沈めたケインの暴風じみた左フックが襲いかかってくる。


 ウィックは右の大鉈を振るい、フックに刃をぶつける。


「なッ──」


 しかし吹き飛ばされたのはウィックの大鉈だった。

 右手から離れ、路面に派手な音を立てて落ちる。


「……ああ、さすがに持っていかれるか。さすがは……」


 ケインが己の左手を見る。

 MAの団員が誰一人として傷つけられなかった拳が切断されていた。


 拳骨半分と指が4本、地面に落ちている。


 鮮血が左手を濡らす。

 自分の血は“不愉快”だった。


「……だが、急いだほうがいい」

「──?」


 ケインが呟く言葉の意味が分からず、ウィックは初動が遅れた。

 畳みかけることも出来たのに、結果としてウィックは“それ”を見ることによって、足を釘付けにされた。


「ほら、だから言っただろ」


 ウィックたちの前で信じられないことが起きた。


 ケインの拳と指が再生を始めたのだ。

 ミシミシと音を鳴らして、骨の内側から新たな指が生み出される。


 生まれたばかりの赤児の色がそうであるように、ピンク色をしたケインの指に、一人のMA団員が腰を抜かす。


超人アポストロだったの?」


 ウィックに貼付けられたリオの顔がわずかにぶれる。

 動揺しているのだ。死神と呼ばれた男が。


 しかしケインは首を振った。


「アポストロではない。俺は失敗作だ。奴らみたいな再生能力は有していない」

「……実験の失敗者が生かされているとは思えないんだけど」


 ケインが唇を歪める。

 生まれたばかりの指を閉じたり開いたりしながら、感触を確かめる。


「俺を殺す者がいなくなった。ただそれだけさ」


 ケインの言葉に、ウィックは一刀となった大鉈を構えた。


「なら、私が“それ”になってあげる」

「光栄だリオ……いや、ウィック」


 雨でホログラムが揺れ、リオの左目付近がぶれてウィックがむき出しになる。


 ウィックが飛び出す。


 ケインは後ろにステップするが、考えている以上に速い接近に対処出来ず太ももを切られる。


 血が噴き出し、雨を生温かく濡らした。


 だが血はすぐに止まり、傷口は塞がる。


 反対にケインがアスファルトを蹴ってウィックに肉薄。

 ウィックのみぞおちに右拳が突き刺さる。


 が、大鉈がケインの右腕を斬り裂いていた。


「ガハッ、ゴホッ……!」


 ウィックは膝を突きこそしなかったが、みぞおちを押さえて咳き込む。

 恐ろしい一撃だった。


 生気を感じさせないウィックだが、当然ヤワな男ではない。

 並の奴らよりよっぽどタフだ。


 しかし相手が悪い。

 差し向けられた何でも屋ディクやスラム街の面々、自警団をその都度殺しながら生きながらえている男だ。


「ウィックさんッ」


 助太刀しようとするMA団員たちを手で制する。


 こういう相手には意味がない。犠牲が増えるだけだ。


 ケインの傷が治る。しかしさっきよりも速度が落ちていた。


 それを見て、ウィックは口角を持ち上げた。


「貴方はチートです。だから、私も……」


 ウィックはコートの内側から鈍色のピルケースを取り出す。

 蓋をずらして、中の錠剤を一錠口に放り込む。


 刹那、リオの顔がぶれた。

 ぶれて、そして微笑みながら消失していく。


「次だリオ。次こそは……だから待っててくれ」


 ホログラムの下から涙を流したウィックの顔が現れる。

 その目は、真っ赤に充血していた。


 赤眼がケインを捉える。


 今までケインに散らされた鮮血が凝縮したみたいに、ウィックの瞳がケインを凝視する。


「……また、死に損なった」

「なにを……ッ」


 ウィックが消える。

 今度はケインも捉えられなかった。


 ケインの右腕が飛んだ。空中を十数回、回転して落ちる。


 突然目の前に現れたウィックをようやく認識したケインは、ウィックの腕が後ろに引かれていることに産毛を逆立てた。


 脊髄反射で持ち上げた左膝に大鉈の刃先が食い込む。

 尋常ではない衝撃と痛みに、噛みしめたケインの奥歯が割れた。


 しかしケインもただで持って行かせるほどお人好しではない。

 ウィックの腕を掴んで引き寄せ、思いきり頭突きを喰らわせる。


 ウィックの鼻っ柱が折れ、鼻血が噴き出す。

 真っ赤な真っ赤な鮮血を浴びて、ケインは思わず微笑んだ。


 それがまずかった。


 一瞬の隙を見逃さず、今度はウィックがケインの髪を掴んで鼻向かって思いきり頭突きを喰らわせる。


 自分の鼻血の臭いを感知してしまう。


 ケインは愉快な気持ちから一気に不愉快へとさせられた。


 そして頭を跳ね上げさせられたケインの首筋に、右手から左手へと持ち替えられた大鉈の刃先が当てられる。


 引いても押しても動脈を切ることの出来るポジション。

 右腕に再生のリソースを割いているため、今首を斬られたら確実に動けなくなる。


 完全な詰み。


 だがそこへ銃声。


 銃弾が大鉈の柄と刃先のつなぎ目をへし折り、死神の鎌からケインを逃す。


 ウィックが銃弾の放たれた方向を見る。

 同時、ケインが隙を突いてウィックを突き飛ばした。


 再生途中の中途半端な腕を守りながら、ケインは走って逃げる。


 突然のことで戸惑うMA団員を突き飛ばし、夜の街を疾走する。


 後ろから追ってくる気配はない。

 どうやら、今回も生き延びられたようだ。


 これでまた、人を“殺してしまう”。


 ケインは声を出さずに笑いながら、怯える人々をかき分けケダモノの巣へ帰っていった。


「ウィックさんッ、追いますか!」


 MA団員の輪を突破したケインの後ろ姿を見ながら叫ぶ団員を、ウィックは手を突きだしてなだめる。


「いや、いい。奴には協力者がいる。うかつに動けばお前らが撃たれる。それに手負いとはいえ、奴を止められはしないだろう」


 ウィックの瞳が徐々に通常の色へと戻っていく。


 ウィックは鼻血を流したまま、ケインのいなくなったほうを眺めていた。


「それに奴とはまた会う気がする。……ただの勘だがな」


 ウィックは雨に濡れた髪をかき上げ、嘆息する。


「さて、次はどれぐらい殺されるか」


 ウィックが切り取った右腕はすでに溶け消えている。

 超人アポストロ計画の失敗品。


 人ならざる再生力の化け物。


「次の殺人が最後で、そして相手は俺たちであれば良いのに……」


 そんなイカレたことを呟きながら、ウィックは目を閉じ、未だ共に戦わせている妻のことを想うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ