フォーカス1
小さなビルの屋上から、一人の男が通りを眺めていた。
黒いスーツに黒のコート。どちらも仕立てが良く、重酸性雨に晒すにはもったいない代物だ。
自警団MA相手に、大立ち回りを演じている。
ビバ”鮮血”ケイン。
「おお、やっぱり雑魚じゃ群れても無理か」
双眼鏡要らずの機械眼で、フォーカスはケインの暴れ様を見ていた。
使い捨ての携帯端末を取り出し、見もせずにコードを打ち込んで電話をかける。
3コールで出た相手は無言。
なのでフォーカスは勝手に喋る。
「ケインがMAに捕捉された。今は雑魚ばかりだが、そろそろ幹部が到着するだろう。あ、また一人死んだ。ダメだな雑魚は。それにケインもだ」
フォーカスは呆れたように息を吐く。
「俺たちはただの殺し屋集団じゃないって、アイツこそ熱く語ってたのに……もうアレじゃあな」
フォーカスが目を細める。
雨が肌を打つが、フォーカスの皮膚には重酸性雨でもダメージを与えられない。
黒のコートがはためき、内側の銃器が覗いた。
イマジンコック社のスペシャルディナー。
大砲みたいな威力を持つ拳銃。
アルティメットInc.の防弾義体にも抉り込む。
持っているだけでも相当な重さだが、フォーカスはそんな様子を微塵も感じさせない。
『……MAが仕留め損ねたら、あんたがやるんだよ』
しわがれた声が通話口から響いた。
「わかってるよ、ばあさん」
『……ふん。ならいい』
フォーカスの所属する団体の長は齢120を越えた老女だ。
首から下は男たちを狂わせる傾国の美女。
首から上はえげつないほどのババア。
肉体だけを若返らせた都市の魔女。
それがフォーカスの長だ。
『……生者に敬意を』
「愚者に死を」
通話が切れた。
フォーカスは端末を捨て、足で踏み砕く。
ケインたちが少しずつ移動するのに合わせて、フォーカスも屋上を歩いていく。
「……良い仕事をする奴だと思ってたのに」
フォーカスはケインを眺めながら呟く。
一緒に仕事をして、ナチュラルでありながら義体に負けない膂力を持つ彼を尊敬していた。
フォーカスはサイボーグだから、病気でも理性の欠如でも快楽でもなく殺しをするケインに共感を覚えていた。
でもこれまでだった。
ケインは数ヶ月前から殺しに快楽を覚え、仕事以外での殺しが増えた。
所属する団体に迷惑をかけることも多くなった。
優秀な仕事をする人間は優遇される。
一つや二つの荒い私殺は目をつぶってもらえる。
だが”五十”はダメだ。
多すぎる。
警察関係や五大企業の幹部たちに連なる人間を殺さなかったことだけが、不幸中の幸いだった。
都市にとっても、ケインにとっても。
出来ればまた一緒に仕事をしたいという気持ちは、今も暴れているケインを見て失くなった。
彼はもうフォーカスの知っているケインではない。
病気で、理性が欠如し、快楽で殺人を犯す最下層だった。
フォーカスがコートの内側から銃を取り出す。
銃口が一瞬でケインを捉える。
たとえ豪雨だとしても、フォーカスの銃は相手に”最後の晩餐”を喰らわせる。
いっそのこと、自分で──。
そう考えていたら、遠巻きにケインが暴れる様を見ていた人垣が割れた。
その間から出て来た人物を見て、フォーカスは銃を下げる。
「……そうか、アンタか」
死人のような顔。
青白くて、今にも倒れてしまいそうな男。
MAの幹部にして大鉈遣い。
眠らない男。
そして──。
死にたがりのウィック・ハルバート。
「どっちか死んでくれたら、まあ楽なんだけどな」
フォーカスは呟き、銃をホルスターに戻す。
そして屋上の縁に立ち、一触即発の男たちを注視した。




