とある記者たちー1
「デスクッ、これ見てくださいッ」
新人記者のピーターが持ってきた仮記事をデスク、アンドリューの元にたたきつけるように置く。
アンドリューは面倒くさそうに、紙を見て、それから目だけを上げてピーターを見た。
「……これは?」
「記事ですッ、スクープですよッ。あのトモヒサ・ライゼンの」
「無し」
息せききってやってきたピーターに、アンドリューはぴしゃりと言った。
「な、なんでですかッ、本当のスクープです。彼が人に命令して人殺しを……」
「隔週だ」
「……へ?」
ピーターはアンドリューの言葉の意味が飲み込めていなかった。
アンドリューは嘆息する。
「トモヒサ・ライゼンは隔週で人を殺している」
アンドリューが告げると、編集部に笑いが起きる。
この新聞社で働き始めたものたちが“必ず”最初にスクープとして持ってくる記事。それがこの都市の長、トモヒサ・ライゼンの悪事だ。
「な、んッ……」
だいたいみんな同じような反応をする。
アンドリューも“実際そうだった”。
だから彼はピーターのことを笑ったりしない。
ただ粛々と記事を押し返すだけだ。
「次のスクープを探してこい。別に地味なやつでいい。この都市では地味でも他では特ダネ級の記事がゴロゴロしてる」
「ま、待ってくださいッ。どういうことですか、トモヒサ・ライゼンが隔週で人を殺してるって……それでどうして失脚しないんですか」
アンドリューは記事に赤を入れている手を止めた。
ついでにメガネを外し、目頭を揉む。
「トモヒサ・ライゼンの記事を見たことは?」
「彼が都市長として有能な記事は何度か」
「悪事の記事は?」
「……ありません」
アンドリューはイスに深くもたれ、デスク上のコーヒーカップを取って中身を喉に流し込む。
とっくの昔に冷めて、ひどい味になっていた。
「悪事と聞いて、君はどれぐらい思いつく? 声には出さなくていい」
「悪事……ですか、えっと……」
アンドリューはピーターにたっぷり十秒与えてやった。
「君が思いつく限りの悪事、それらすべてトモヒサ・ライゼンは行っている」
「……え?」
「彼はこの街最大の権力者にして、最大の悪徳だ。それでも失脚しない。なぜだかわかるか?」
ピーターは少しだけ言葉に詰まって、自分の記事に目を送る。
「もみ消している、からですか?」
「いいや、それだけじゃない。彼が本当に有能だからだ。都市長として、彼ほどこの街にふさわしい人間は、現時点ではいない」
「……どういうことですか?」
アンドリューはメガネを拭き、再びかける。
ピーターの生真面目そうな顔がよく見えるようになった。
「この都市は五つの巨大企業によって保たれていると言っても過言ではない。パワーバランスでいえば、もはや都市長の意見なんていらないにも等しい」
ピーターは話の成り行きをおとなしく聞いている。
「だが巨大企業は基本的に自社の利益優先だ。それでこの都市がどうなろうと構わない。パワーバランスが崩れ、滅んでも最悪新しい都市に新しい企業を置けばいいだけだ」
アンドリューが赤いペン先で記事を叩いた。
「しかしこの都市は死ぬ。巨大企業同士の争いは、君も歴史の授業で幾度も習っただろう。血で血を洗う暴力の発露だ。戦争になる。市民は巻き込まれ、巨大企業の養分たちがなくなる」
アンドリューはさらさらと記事の余白に「遺跡」と記す。
「企業は根城をよそへ移し、ここは遺跡と化す。昔は栄えていた。古代文明の絞り滓としてね」
次にアンドリューはピーターの記事、大きな文字で記されているトモヒサ・ライゼンの名を赤丸で囲む。
「それを食い止めているのが、我らが都市長トモヒサ・ライゼンだ。あらゆる手として、規制と優遇を使い企業を縛りつけた。企業同士の戦争にならないよう、旨みをたっぷり用意してな」
ピーターの表情に感心が現れたのを見て、アンドリューは他の人間は気づかないような小さな微笑みを浮かべた。
「くれぐれも言っておくが、勘違いはするなよ。彼は確かに有能だが、それ以前に悪徳なんだ。良識を期待してはいけない。近づいて大衆が欲しがるような“本音”を探ろうとしてはいけない」
「なぜ、ですか。そんな都市長なら」
「……三日だ」
「……え?」
「トモヒサ・ライゼンが己を調べようとする人間を許すのは三日間だけ。それ以上踏み込もうとしたものは、調べ始めてきっちり三日で家族もろともヘドロの海に浮かぶ。トーキョーベイに沈められたら、もう死体はあがって来ない」
アンドリューはペンをくるりと回し、コーヒーカップを目の前の穴に落とす。するとすぐに新しいコーヒーが違う穴から出てくる。
「だが記者本人だけは浮かんだ状態で発見される。誰も調べない。背中に記者の身分証が乗せられたそれは、あからさまなほどの見せしめだからだ」
アンドリューはそれ以上話すことはないというように、再び目の前の記事に取りかかり始めた。
ピーターはごくりと喉を鳴らして、恐る恐るといった様子で渾身の記事をバッグにしまう。
「……最近MAの動きが活発みたいなので、その取材に行ってきます」
アンドリューが了解の意味で片手を上げる。
ピーターはそのまま踵を返して、新たな取材へと向かった。




