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劉欣怡ー1

 リウ欣怡シンイーはロシアンマフィア頭目の情婦だった。


 マフィア頭目とはいっても、小さな組織だ。


 蛇の庭ズールィサッド。それが組織の名前。


 都市上層部とパイプのある組織からおこぼれをもらう、そういうチンケな仕事をする集団だ。


 頭目は年齢の割に性欲があるほうだったが、いい加減自分本位なだけのセックスには飽きてきた。


 頭目がいる限り、部下をつまみ食いすることもままならない。


 それに金回りも悪くなってきた。

 欣怡の身体を貪るには、“格”が低い。


 残念。

 頭目にも最初は夢と野望があった。


 この都市で“奴ら”と渡り合える大物になると。


 けれど、それは潰えた。

 彼は今の食うに困らない境遇に“満足”してしまった。


 だから欣怡は──。


「はッ、はッ……どうだ欣怡。お前が好きなモノだぞ、気持ちいいだろう」


 欣怡の中に入って、悦に顔を歪める男。

 自分のモノで腰を振るだけ、それだけで女が喜ぶと思っている男。


「……そうね」


 欣怡は微笑んで、頭目の髪を掴んだ。

 そして枕の下に隠してあったナイフで頭目の首を切り裂く。


「……ハッ、あッ……しん……い……」


 頭目は首から血を噴き出しながらもがいた。

 しかし欣怡が両脚で腰を挟んで抱えたから、逃げることは出来なかった。


「負けちゃった。貴方はこの都市に相応しくなかった」


 頭目の身体から力が抜けていく。

 それに反比例して、欣怡の中に入ったままの肉棒だけが硬度を増していく。


「でも安心して、貴方の血で汚れてあげる。貴方は死んでも、貴方の血はこの都市で生きる残滓となる」


「しッ……し……ごぼッ、げッ……い」


「はぁあッ、ああぁッ」


 欣怡が喘ぐ。

 頭目の本能が、死を間際にして暴発したのだ。


 生命の神秘に頭が蕩けていく。

 こんなにも感じてしまうなんて思ってもみなかった。


 欣怡は頭目をしっかりと抱きしめる。

 皮膚の外にも内にも、頭目の液体で濡れていた。


「…………」


 欣怡は頭目を抱きしめ続けた。

 彼が冷たくなっていくのを、肌で感じ続けた。


 頭目の顔を持ち上げる。

 欣怡は額にキスをして、頭目の“眼球を取った”。


 油断して、信頼して、頭目は欣怡の前で何度も金庫を開けた。

 パスコードも把握している。


 頭目をどかして起き上がった欣怡は、金庫の網膜認証装置アイコードに眼球を押しつけ、記憶している番号を打ち込んだ。


 36桁のコードも、欣怡はちゃんと憶えている。


 金庫が開くと、中には六千万J$とハンドガンが二丁、弾薬が入っていた。


 欣怡は鞄にそれらを詰め、頭目の口座から自分の隠し口座に金を移そうと思ったが、そんなところから足が付くのは少しマヌケだと考える。


 結局欣怡はのんびりシャワーを浴びた。

 石けんとレモン水で血と臭いを落とし、ブランド物の香水をつけて風呂を出る。


 欣怡の黒髪はバッサリ切られ、印象が様変わりしていた。


 血だらけの部屋でブラックスーツに着替え、唇に青紫の口紅を塗って外へ出る。


 普段の扇情的なドレスと真っ赤な口紅の彼女を知る者は、今の欣怡と以前の欣怡を即座に結びつけることは出来ない。


 腰に一丁、ジャケットの裏側に備え付けられたホルスターに一丁、ハンドガンを挿し込む。


 最後に頭目の傍らに置いたままのナイフを取り、シーツで血を拭う。


 欣怡は血だまりに倒れ動かない頭目を見下ろす。


「楽しかったわ、ボス。バイバイ」


 欣怡は部屋の外へ。蛇の庭が懇意にしている五階建て安ホテルの三階。

 頭目が聞かれることを嫌うため、この階に組織の人間はいない。


 昔は部下の配置は当然で、多いときはセックスのたび、外には十人を超える男たちが情事の終わりまで周囲を警戒していた。


 そういう気の緩みかたも、欣怡が頭目を見限った理由だ。


「さて、次は誰の夢に乗らせてもらおうかしら」


 たぶん、二、三時間もしないうちに事は発覚するだろう。

 そうなればすぐに追っ手が放たれる。


 捕まる前に誰か“強い”人間のそばに居られればいいのだけど。と、欣怡は考える。


 欣怡一人でも戦えないことはないが、手数は多い方が良い。

 そういう世界だ。


 あとは単純に疲れないで済む。


 欣怡は何食わぬ顔でホテルを出て、Cランクエリアを見渡す。

 荒廃し、なのに電飾が目に眩しく、饐えた臭いとジャンクだが良い匂いがする飯屋が混在している世界。


 三叉城トライデントに逃げてもいいが、それだと今までと変わりがない。


 欣怡は一つ息を吐くと、Cランクエリアの奥ではなく、Bランクエリアへと足を向けた。


 新しい夢を追うなら、新しい場所で。


 欣怡は先ほど人を殺したとは思えない楽しげな足取りで、街へと繰り出していった。

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