レイチェルとクロームー2
「こりゃひどいな」
ドクター・エルヴィスがゴーグル越しに唸る。
そしてすぐにニヤリと笑みを浮かべた。
「だからこそ改造しがいがあるな」
「おじちゃん治る?」
手術台で仰向けになっているクロームの横から、レイチェルが顔を出す。
「もちろん治すさ。ワシに任せておけ、お嬢ちゃん」
「うんッ」
レイチェルはエルヴィスに頷いたあと、クロームの頭を撫でる。
「おじちゃん、治るんだって。良かったねー」
「……ああ、お前はあっちで何か観ていろ」
「うんッ」
レイチェルは素直に待合室へと戻っていった。
横を見ると、エルヴィスがニヤニヤとこちらを見ていた。
「可愛い彼女じゃないか。それとも娘か」
「……どっちでもない」
「はっはっは……だろうな」
エルヴィスはマスクを着け、手術用の薄い手袋を填める。
顔つきが先ほどの好々爺としたものとは変わっている。
「殺し屋が報復でも受けたのか」
「分かるか……」
「分からんほうがおかしい。こんなやり方、見せしめ以外の何ものでもないだろ」
「……その通りだ。仕事でドジを踏んだ。それだけだ」
「あの嬢ちゃんは?」
「……奇妙な娘だよ。俺みたいな奴を助けて」
「おまけにあの腕か」
エルヴィスの視線を受けて、クロームは楽しそうに透過スクリーンの子供向け番組を見ているレイチェルに目を向ける。
「あれはなんだ。身体に合ってないし、馬鹿力にもほどがある」
「うーん、マシンアート社ではないか。肌が剥げてむき出し。だからあの子はこれまで無事だったんだろうな」
「どういう意味だ」
「マシンアート社の品は高い。特にあの刻印、ミチル・スメラギのモンだろう。ちゃんとした状態だったら、押さえつけられて無理やりもぎ取られてるところだ」
「だが、だったらあの刻印があるだけでも……」
クロームがエルヴィスを見ると、触手型のサイバネアームを手にしていた。
「おいッ、ちょっと待て……なんだそれは」
「ん? これか、見て分かるだろう。クラーケンモデルだよ。さすがにマシンアート社みたいな上等品じゃないがね」
「まさかとは思うが、俺にそれを着けるつもりか」
「なんだ、イヤか?」
「当然だろッ、このクソジジイッ。誰が好き好んでそんなゲテモノ……」
「ふん、これの良さが分からんとは、所詮殺し屋風情か」
エルヴィスは鼻を鳴らしたが、言葉ほど不機嫌になった様子はなかった。
むしろクロームをからかって楽しんでいるようなニュアンスを感じる。
「なあドクター、普通で頼む。いや、殺し屋として復帰出来るようなものを……アンタなら出来るだろ」
エルヴィスがオールバックにした白髪を撫でる。
ゴーグルの中の瞳が輝く。
「ああ、出来るとも。だがそれには金がいる。即金だ。分割は受け付けないぞ」
クロームは一瞬怯む。
エルヴィスの瞳に、同じ世界の色を感じたからだ。
「網膜はサイバネ化して無事だが、ナチュラルな両手足をもがれたんだろう? 生体認証が難しいお前に払えるか?」
クロームはエルヴィスを睨むようにして見る。
「現金でも、大丈夫か?」
「もちろんだよ殺し屋くん。むしろ推奨、歓迎だ。いくらある?」
「……隠し口座に2億J$。それが俺の全財産だ」
「二億か……君本人でなくては受け取れない環境かな?」
「いや、俺の目玉を一つ、それからパスワードを入力すれば出来るようにしてある」
「ぐれえと……じゃのう。助手に行かせよう。そうそう、君に一つ提案がある」
「……なんだ?」
聞き返すと、エルヴィスが口角を上げる。
先ほど好々爺に思えた老人の姿はない。
不気味な笑みだった。
「ワシに借金する気はないか?」
「……なんだと?」
「君の二億、そしてワシから四億。それだけ使って、試してみたいことがある」
「……アンタ、マジで言ってんのか」
一度ドジを踏んだ殺し屋。
そいつに四億もの金を貸すなど、正気の沙汰ではない。
しかも、人の身体をためらいなく実験台にしようとしている。
噂通り、いや──それ以上の狂気だ。
「ワシの改造を受ければ、君は復讐だけではない。殺し屋として、または何でも屋でもいいな。四億などはした金に感じるほど活躍出来るだろうよ」
クロームは荒唐無稽とも思える言葉を吐くエルヴィスを見て、それから鈍色の天井に目を向けた。
元より、選択肢などない。
ただのサイバネ化で、あの男に復讐出来るとは思えない。
「本当に奴を殺せるか」
「……約束しよう」
クロームは深く息を吐いた。
「……やってくれ」
「承知した」
エルヴィスが手袋の裾を思いきり引っ張って放し、派手な音を鳴らした。
「次に目を覚ましたとき、君は超人にも引けを取らない機械仕掛けになっているだろう」
医療助手ガイノイドがクロームの口元に透明のマスクを当てる。
五秒までは数えた。
クロームの意識は、麻酔の効き目と共にぷっつり途絶えた。
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