ドッグー2
「今日はこれにするか」
灰色の煙に覆われた朝。目覚めたドッグは数種類並ぶ培養食品のレトルトパックを一つ取った。
パン、ベーコン、スクランブルエッグ、申し訳程度の野菜、コーンスープのモーニングセットパックだ。
しかし見た目は完璧でも、味は生鮮食品に比べて数段落ちる。はっきり言ってプラチナフードを常食に出来るアッパー層には、人間の食べ物とは思えないだろう。
ドッグは何度かプラチナフードを口にしたことがあるが、食べるたびに衝撃を受ける。それほどシリアルとプラチナフードの味は乖離しているのだ。
「おはようございますご主人」
「ああ、おはよう」
話しかけてきたのはホログラフ体のサポートAI『ラビ』だ。ラビはドーベルマンという犬の姿をして、形の良い両耳を跳ねさせる。
「ニュースペーパーが届いています」
「見せてくれ。映像のニュースも頼む」
「了解しました」
ラビが頭を下げると、左手前にニュースペーパー用のホログラフウィンドウがポップアップ。続いて目の前に大画面のホログラフスクリーンがポップアップした。大画面には同時に四つの番組が流れている。
ドッグはパンにママレードジャムを塗って口に運ぶ。スクランブルエッグをつつきながら、ニュースペーパーをフリックして読んでいく。
「依頼は来てるか」
「いいえ、ご主人。僕のボックスには何も。スパムが八十件あったのでダストボックスに入れておきました」
「了解。なら、また今日も仕事探しからだな」
ドッグは頭を掻きつつ、ニュースペーパーウィンドウを閉じた。
「事件は起こってるか」
訊くと、ラビがピックアップした映像を新たに浮かせたインターフェイスに映す。
「アキバ・ストリートとシンジュク・ストリートに警官数名と警備用ドローンが出動しています。ですがC級市民の小競り合いなのでご主人の求める事件にはならないかと」
「なんだ、強盗ぐらいやってるのかと思ったのに」
「不謹慎ですよご主人。平和が一番です」
「平和だとお前を維持することも出来ないんだがな」
「そ、それは……」
ラビを困らせたところで、ドッグはバイオプラントで栽培されたオレンジジュースを飲み干して立ち上がる。
「はは、冗談だ」
「ご主人、そういうところですよ」
ドッグは服を脱いでシャワー室に入る。身長二メートルまで入れる室内は狭く、浴槽もない。ボタンを押すと霧状の、義肢にも優しい水と激しいエアが噴出してドッグの汚れを落とす。
所要時間は一分。ゆっくり風呂に入るなんて贅沢は、A級民だけに許された特権だ。
三十秒、風だけを浴びて全身を乾かし、黒髪を振って水気を完全に飛ばす。
シャワー室から出て、ベッドの上のクローゼットから服を引っ張り出して着替える。
「ホログラムスーツがあれば楽でしょうに」
ラビが口を挟む。
「あれは維持が大変だろう。確かに魅力的ではあるけどな。ボタン一つで着替えが済むってのは」
ありふれた黒のTシャツと着古したジーンズに着替えたドッグは、内側にホルスターが装着された白のジャケットを羽織る。その上からホログラムで見た目を茶色い革のジャケットに変える。ホルスターが隠され、そこに挿し込んだハンドガン──旧世代のグロック17に似た──グロム22もホログラムの内部に溶け込んでいく。
最後に高機能デバイス内臓のグラスを掛け、指を鳴らして部屋の電源を落とす。
「お気をつけてご主人。いってらっしゃいませ」
「ああ、行ってくる」
お座りの状態で頭を下げてラビが消える。それを見届けて、ドッグは部屋を出た。