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ローラ&ポーラー1

 ローラとポーラは双子の老姉妹だ。

 Cランクに居を構え、出自の怪しげな占いで生計を立てている。


 ローラの翡翠の瞳はサイバネ化したもので、人の心拍数や発汗などを数値化して見ることが出来る。


 ポーラの両手は微量の電磁波を放出し、サイバネ化されている人間を一定時間、電子ドラッグ漬けにした状態に出来る。


 双子の姉妹は言葉巧みに、相手を誘導し言いなりにして金をせしめてきた。


 最初こそ金持ちや貧乏人問わず騙すだけだったが、見る人間が千を超えた辺りから、現在幸運になる人間と不運になる人間が分かるようになった。


 それは数値で表れるし、ドラッグに溺れる深さでも見ることが出来た。


 彼女らの元にはお忍びでAランクの人間も来ている。

 Cランクにして彼女たちは、Aランク級の富豪でもあった。


 そんな姉妹の元へ、今日も客がやってくる。


「人を捜してもらいたい」


 柄の悪い男は、イスに座るなり言った。

 サイバーグラスを外し、サイバネ化された真っ黒な瞳をギョロギョロと動かす。


 逞しい肉体を包むのは、ラフに着こなしたブラックスーツ。

 ジャケットの内側が膨らんでいて、銃が入っていることを匂わせる。


 ネオ・トーキョーには珍しくないタイプの輩だ。


「あんたらの占いはよく当たると聞いた。コイツだ」


 セルゲイと名乗った男はリストバンドを操作して、空中に透過スクリーンを広げる。

 そこに映し出された女性は、黒髪の中国人だった。


劉欣怡リウ・シンイー。組の金を持って逃げた。オマケに頭を殺した。到底許せるものじゃない」


 セルゲイの言葉に、ローラが大げさにため息を吐く。

 ポーラは咥えていたキセルから阿片を吸って、顔の上半分が消えるような濃厚な白煙を吐いた。


「坊や、勘違いしてるようだけどね……アタシらは人捜しは出来ないよ」

「……なに?」


「お門違いってことさ」と、ポーラ。


 セルゲイの険しい視線を、ローラは正面から受け止める。


「アタシらに出来ることは、アンタがその探し物を突き止められるかどうか……とかそういうことだよ」

「……ならそれでいい。早く答えを出せ」


 あからさまに苛立つセルゲイに、双子の老姉妹がクツクツと嗤う。


「何がおかしい……?」

「いやあ、ごめんね。答えなんてとうに出てるのに、わざわざ訊くアンタがおかしくて」


「なんだと? 俺にも分かるように言え。俺は、余生の短いババアに構ってやれるほど気は長くないぞ」


 セルゲイはジャケットの内側から鈍色の銃を取り出し二人に向けた。


「アッ、ハッ、ハッ、ハッ」


 ポーラがしわがれた声で、奇妙な笑い声を上げた。

 ローラが腕を組み、背もたれに身体を預けて肩を震わせた。


 セルゲイという男を“キレ”させるには、それで充分だった。


 派手な音と共に銃口が火を噴く。

 たとえ機械化されていても、人間の頭部をゴッソリ持って行く銃弾が飛翔する。


 ──しかし、ローラに当たる直前。

 銃弾がおかしな音を立てて空中で潰れる。


 ローラの前にハニカム構造の青白い模様が走り、消えていく。


「なんッ……だ、それは……」

透過防御壁インビジブルシールドを見るのは初めてかい、坊や」


 セルゲイが狼狽えるのも無理はなかった。

 この防御壁は最新の技術が使われており、また超高額だ。


 メガ・コーポの幹部クラスでなければ簡単には買えない。


 それをCランクの老姉妹が備えているなど、誰が想像出来るだろうか。


「言っただろう坊や。アンタがそういう行動に出ることは分かっていた。そしてそういう行動に出た時点で」


 ポーラが再び煙を吐く。


「終わりさね。アッ、アッ、アッ」


 薄暗い室内で何かが作動する。


 セルゲイとてダテにこの街で生きてきたわけじゃない。

 本能で危険を察知し身を翻す。


 しかし──。


「うあ、あああああああッ」


 まず右手首が落ちた。


 次いで左手首。さらに続いて左右の足首の感覚が消失する。


 バランスを崩したセルゲイは転倒し、思わずむき出しとなった手首で床を突いてしまう。


「──ッ! ──ッ!」


 声にならない悲鳴が響き渡り、老姉妹が嗤う。


 芋虫のように這うセルゲイを、超高出力のカッティングレーザーが狙い続ける。


 ポーラが立ち上がり、キセルの灰を落としてセルゲイに近づいていく。

 そしてセルゲイの髪を掴んで、真正面を向かせる。


「お前さんに選択肢をやろう」


 セルゲイには扉しか見えない。

 耳元でポーラの囁き声がする。


「アタシらの駒になれ。なぁに、悪いようにはしないさ」


 ポーラの左手はセルゲイの髪。そして右手がセルゲイのこめかみに当てられる。


「悪い話じゃないだろう?」


 セルゲイの視界が眩む。歪んで、過剰な色彩があふれ、薄暗い室内が虹色に変わっていく。象が三頭巨大な盆を鼻で支え、盆からは水があふれている。これは世界の象徴だと亀がつぶやき、顔のない聖人が手のひらから猫を出す。小さなクジラと巨大な小魚が眼前を通り過ぎ、気持ち悪さと心地よさが一緒にやってくる。神と悪魔の軍勢が戦っていると思ったら、人間同士が激しく罵り合って、おかげさまで世界は平和になりましたと植物が生長する。新しい太陽が北を照らし、東から旧太陽がふて腐れてセルゲイを焼き尽くすほど熱い。こんなにも幸せな気分は初めてかどうか分からないけどママはどう思う?聞いても聞いても昆虫はニャーと鳴き、犬は宇宙で錐揉み回転。鳥は地中を飛んだ。まるでここは天国だと水底に沈むデバイスがHello World!


「いーい気分だろう? さあ戻っておいで」

「あ、あ……」


 セルゲイの目から涙がこぼれていた。

 もう彼は戻れない。


 弱った人間を電子ドラッグ漬けにするのは簡単だ。

 そして下準備としてずっと、阿片をくゆらせていた。


 セルゲイは医療用アンドロイドに治療されながら、奥の部屋へと運ばれていく。


 ポーラが席に戻ると、掃除用メイドノイドが血と手足を回収する。


 どちらもここのエリアには相応しくない代物だった。


「アタシらの占いはよく当たるねぇ」と、ポーラ。

「ひぇっ、ひぇっ、今のは占いじゃないだろう」と、ローラ。


「ああいうのは、暴力的な勧誘せんのうと呼ぶんだよ」

「アッ、アッ、アッ。可哀相なセルゲイ。すぐにここから出ていれば、助かる道もあっただろうに」


「そんなこと微塵も思ってないくせに。ひぇっ、ひぇっ」


 そうしてしばらくの間、室内には老姉妹の笑い声が響いていた。


 セルゲイは気づくべきだった。


 この年齢まで、この掃き溜めとも呼べる場所で生き抜く老人というものがどれだけ希有な存在かを。


 そしてそういう人間がどれだけの力を持っているのか、想像を巡らせるべきだったと。


「アンタ自身の悩み、いつでも受け付けるよ」

「なぁに、あの子みたいな酷い目にはそうそう遭わないよ」


「「お前がオイタをしなければね」」


 ──そうして双子は今日も、占いにすがる哀れな羊を待っている。

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