ドッグー4
「ふッ」
覆面を被ったドッグが、ガンッと派手な音を立てて扉を蹴破った。
扉のそばには男が二人倒れている。
見張りだ。
ドッグが侵入したのは伍龍の下っ端が使っている三階建てビル。
目当ての人物たちがここへ入っていくのを、ヴィンセントが監視カメラで追ってくれていた。
『一階と二階に二人ずつ。三階に三人だ。エアリスちゃんは今、シャワーを浴びてるっぽい』
「了解」
ドッグは短く答え、ヴィンセントから送られてきた見取り図を視界の端に透過スクリーンで表示したままにしておく。
「なんだてめッ……ごッ」
受付カウンターにいた男が腰を浮かしかけたところへ飛び込み、顎を殴りつける。
カウンターの奥の部屋から慌てて飛び出してきた男を、ドアを蹴って壁に挟む。
呻き声を漏らしてくずおれる男の顎を蹴り、脳しんとうを起こさせた。
そのまま奥の階段を登り、同じく飛び出してきた男二人を殴って昏倒させる。
三階への階段を登り切る寸前、ドッグは階段に伏せた。
直後、頭の上を銃弾が掠めていく。
レトロガン「トカレフ」の模造品、「トカレフα」での銃撃だった。
軍が使う電磁レールガンや無反動銃に比べれば遥かに威力は低いが、頭をサイバネ化していない人間を殺すには十分な殺傷能力を備えている。
ドッグは素早く後退し、懐から愛用の拳銃を取り出し、セーフティーを外す。
銃弾が通り過ぎた瞬間を狙って腕だけを出し、奥の部屋へ向かって引き金を絞る。
銃弾が壁に当たった音がした。
同時に、一瞬だけ銃撃が止む。
敵が怯む隙をついてドッグは僅かに身を乗り出して敵を視界に収める。ドアから出たところに一人、ドアに隠れて一人。
反撃に怯んでいる敵に向かって、ドッグは冷静に銃弾を浴びせていく。
敵はボディープレートを使っていないただのチンピラだった。
胸に二発、頭に一発ずつ撃ち込んで無力化する。
二人がくずおれるのを見ながら、ドッグは姿勢を低くしてドアに駆け寄った。
ヴィンセントの情報通りなら、あと一人いるはずだ。
ドッグは慎重に肩でドアを押し、部屋へ侵入する。
『気をつけろッ、目の前だッ』
ヴィンセントの言葉に反応する前に、眼前の風景が“ズレ”た。
「がッ」
手首と顎に殴られたような衝撃が走る。
無意識に首を回して顎の角度を変えていなければ、脳しんとうを起こしていた。
銃を落とされたドッグは即座に格闘戦に対応する。
安物の光学迷彩もどきは、一度対応すれば自動的にサイバネ化した瞳が使用者の姿を浮き彫りにする。
ドッグは景色が殴ってくるような錯覚を覚えながらも、バックステップで廊下側に出る。
そして即座に前進した。
ドッグを追ってきた相手が怯んだのが分かった。
ドッグは拳を突き出し、相手の鼻だろう場所を思いきり殴る。
景色から血が噴き出して、光学迷彩がぶれる。
事前にヴィンセントから送られてきた監視カメラの映像に映っていた男だ。
ドッグは左右のワンツーで男をさらに怯ませ、両手で後頭部を掴んで引き寄せる。
そして男の顔に向かって思いきり膝蹴りを喰らわせた。
男はその場で膝をつき、床に倒れた。
男の頭部を中心に、血だまりが広がっていく。
男はもう、ぴくりとも動かなかった。
『OKドッグ、もう誰もいない』
「ああ、助かった。ヴィー」
『はっは、俺とお前の仲だろうが』
ヴィンセントがやけにハイだ。たぶん監視作業をしながら電子ドラッグでもキメてるんだろう。
ドッグは再び部屋へ戻り、銃を回収して懐のホルスターにしまう。
そしてエアリスがいるはずのバスルームの前まで行ったところで、不意に扉が開いた。
「あの、終わりました……えっと、お兄さんは誰……ですか?」
タオルさえ使わず、水浸しの状態で出て来たエアリス。不意の遭遇にドッグは少なからず戸惑ったが、うなじに片手を当てて口を開く。
「俺はドッグ。君を探してる人から、君を連れてくるように頼まれたんだ……一緒に、来てくれるか?」
ドッグが手を差し出すと、エアリスは警戒心なくドッグの手を取った。
「私を助けてくれたお兄ちゃんたちは、どこですか?」
「……あー、悪い。彼らは君を変態おじさんたちに売ろうとしてたんだ。だから……」
エアリスは歯切れの悪いドッグを不思議そうに見上げ、首を傾げた。
「処分したのですか?」
「……え?」
エアリスは手を離して、部屋の入り口へと向かう。
ドッグが止めるも遅く、空いたままのドアから、男たちの死体が見えた。
「五歳っていうのが本当なら、見せるつもりはなかったんだがな」
エアリスは男たちの死体からドッグへ視線を移す。
二つの碧眼でドッグを見つめた少女は、悲しそうに微笑んだ。
「少なくともまだ、良い人だったよ」
「……ああ、そうだな」
ドッグはとりあえずエアリスの身体を拭いてやり、着替えを手伝ってからビルを出た。
『ドッグ、三つ矛の自警団が向かってる。早く離れるのが吉だぜー』
「了解」
ドッグは口数少ないエアリスを持ち上げて脇に抱え、走り出す。
サイバネ化した腕をもってすれば、これぐらいのことはほぼ疲れなく行える。
──ドッグは全力でCエリアを脱出しながら、大人しくされるがままのエアリスを見る。
死ぬ危険はあったが、比較的楽な部類の仕事だった。
仕事の内容に対して、報酬過多な場合、ロクなことがない。
そういうことが多い。
ドッグは嫌な予感に、小さく身震いした。




