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風流

 茶を啜る。

 畳のある部屋の中だ。

 腰の曲がった老人、キクオ・オオヅカはすっかり荒涼とした頭にわずかな白髪をそよがせ、シワだらけの顔をほころばせた。


 四方を美しい日本家屋の光景に囲まれている。

 正面には襖。左側にはタンスと仏壇。文机と紙、万年筆。

 背後には掛け軸がかけられている。

 著名な書家の書いた『凛』の字。


 右手には庭がある。

 松の木と小岩で区切られた池。

 立派な緋鯉が幾匹も揺らぐ水面には、竹で作った鹿威しが“カコン”と粋な音を立てる。


 欠点は天井だ。

 コンクリートが剥き出しである。

 キクオは上を向かずに鼻から嘆息する。


 風を生むのはシーリングファンだった。

 雰囲気を壊すとしても、生活は快適でなくてはならない。

 これ以上金がかけられないのもある。


「……あぁ……」


 もう一度、はっきりとため息が漏れる。

 目の前の光景が“ぶれる”。


 スクリーン映像が古く、データが壊れかけているのだ。


 理想とした生活、自らが生きている世界よりもはるかな過去。

 それを真に味わいたいと思うのであれば、Aランクエリアの人間になるしかない。


 けれどもCランクエリアに近い生活しかできないBランクエリアの都市民シチズンには、これが精一杯だった。


 それは本物である小さな桐箱の抽斗ひきだしを引く。

 中には煙管きせるとドラッグパックが1箱入っていた。


 キクオがドラッグパックを一本引き抜き、親指と人差し指で揉み潰す。

 こぼれる葉屑を煙管に入れ、マッチを擦って熾した火で中の葉屑を燃やした。


 それから吸い口を咥え、静かにゆっくりと吸い込む。

 曲がった背が、空気を入れたようにぐぅっと膨らんだ。


「ふー……」


 そして同じように、静かにゆっくりと紫煙を吐き出す。

 苦く、重い味だった。


「金を稼がんとならんか。面倒なことだ」


 キクオがボソリと呟き、燃えカスとなった葉屑の塊を灰皿に“カンッ”と捨てると、スクリーンで投影されていた旧い日本家屋の風景が消えた。


 襖だったはずのそこには、四人の男女が立っている。

 全員、ブラックスーツ姿だ。


「翁、やっとですかー」と、右端の長身の男が言う。

「翁と呼ぶな、長老だバカ」と、その隣にいた小柄な女が言った。

「どっちだっていい。暴れられるならなんだってさー」と、そのまた隣にいた長身の女が歯を剥き出しにして笑う。

「……で、今回はどこ“ヤ”るんです?」


 左端の中肉中背の男が、あくび混じりに聞いた。


「そうやなぁ……」


 キクオは視線をゆらゆらと彷徨わせながら呟く。

 それから、パンッと膝を打った。


「黒い羊さんとこの前脚に、違う、蹄やったな。そこにえらい価値のあるものが挟まっとるらしい。そいつを奪うぞ」


 キクオが喋り終わると同時に嗤って見せると、四人の男女が居住まいを正した。

 全員の肌には恐怖から鳥肌が立っている。


「それが終わったら、そろそろAランクにでも行こか。楽しみやなぁ、お前ら」


 キクオが嗤いながら、もう一度、何も入っていない煙管を床にカツンと叩きつける。

 すると、眼前にいた四人の男女の姿が消えた。


 そして床に縦に立った煙管を残して、キクオの姿も消えていた。


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