表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/129

ALWAYS BAD DAY

 人より劣っている自覚があった。

 だから人と同じレールを歩くのは不利だと、小学校を出る頃にようやく気づいた。


 みんなができることができない。

 かといって、みんなができないことができるわけじゃない。


 なにかに特筆しているわけでもなければ、秀でている、特に興味を惹かれるものがあるわけでもない。

 偏った天才になれなかった、劣った人間。


 それが私だ。


 と、ミチカ・エンリはフチが曇った鏡を見ながら思った。


 濡れた顔。

 赤毛が額に張り付いている。

 水滴が重力に引かれて洗面台に落ちていく。


 自分の顔が溶けているみたいだ。

 ミチカは思い、硬くてガサガサのタオルで顔を拭く。


 瞳は真っ黒で、唇は紫。

 自分の瞳を売って、コンタクト型ではなくサイバネアイを丸ごと埋め込んだ機械の目。


「ふー……」


 何の機能もないサングラスをかけて、ミチカは鏡の中の自分を睨む。


「オーケー、クソビッチ。今日もクソッタレな仕事よ。他人をヤクで気持ちよくさせて、アンタはその金でメシを食う。忘れるな、アンタは誰よりも劣ってて、まともな生活は絶対に送れない」


 ミチカはいつもの呪詛を吐き捨て、壊れかけの椅子の背もたれにかけてあったジャケットを取る。

 防重酸性雨製ジャケット。

 それから同じ素材の合成革のパンツと同じくブーツ。

 内に着ている袖の短いシャツだけノーマルだ。


 玄関で髪をかき上げ、オールバックに決める。

 家を出るときにはもう、ミチカ・エンリではなく、売人プッシャーミチカになっている。


「ハーイ。いつもキッチリ時間通りね」


 ミチカは家では一切動かなかった表情筋で笑みを浮かべる。

 裏路地。

 目の前には、常連の女がいた。


 工場勤めで、給料は低い。

 けれどミチカが捌く単価の低いドラッグパックぐらいは買える。

 安価な分、副作用は強烈だが、この女はそれでも構わないといつも買っていく。


「今日も一箱?」


 聞きながら、1箱取り出す。

 この女が買うのは必ず箱1つ。

 ボーナスが出た日も、稀な臨時収入があった日も必ず1つ。


 客単価が低くはあるが、こういう客こそが売人プッシャーの生活を支えている。

 だからミチカは高低の差は気にせず、常連を大事にする。


「……」

「……どしたの? 50ドル。用意できなかった?」


 女は答えない。

 ミチカは笑顔を消して、差し出しかけたドラッグパックを引く。


「金がないなら、売らないよ」

「……たの」

「はん?」


 女のボソボソとした喋りに片眉を上げて、怪訝な表情をしたミチカは、そこで初めて気付いた。

 薄暗い路地。

 近くにあるネオンの看板に照らされた女の顔と身体は、血にまみれていた。


「……殺したの。お母さん」

「……嘘でしょ」


 そして女の手には、血まみれの金槌が握られていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ