ALWAYS BAD DAY
人より劣っている自覚があった。
だから人と同じレールを歩くのは不利だと、小学校を出る頃にようやく気づいた。
みんなができることができない。
かといって、みんなができないことができるわけじゃない。
なにかに特筆しているわけでもなければ、秀でている、特に興味を惹かれるものがあるわけでもない。
偏った天才になれなかった、劣った人間。
それが私だ。
と、ミチカ・エンリはフチが曇った鏡を見ながら思った。
濡れた顔。
赤毛が額に張り付いている。
水滴が重力に引かれて洗面台に落ちていく。
自分の顔が溶けているみたいだ。
ミチカは思い、硬くてガサガサのタオルで顔を拭く。
瞳は真っ黒で、唇は紫。
自分の瞳を売って、コンタクト型ではなくサイバネアイを丸ごと埋め込んだ機械の目。
「ふー……」
何の機能もないサングラスをかけて、ミチカは鏡の中の自分を睨む。
「オーケー、クソビッチ。今日もクソッタレな仕事よ。他人をヤクで気持ちよくさせて、アンタはその金でメシを食う。忘れるな、アンタは誰よりも劣ってて、まともな生活は絶対に送れない」
ミチカはいつもの呪詛を吐き捨て、壊れかけの椅子の背もたれにかけてあったジャケットを取る。
防重酸性雨製ジャケット。
それから同じ素材の合成革のパンツと同じくブーツ。
内に着ている袖の短いシャツだけノーマルだ。
玄関で髪をかき上げ、オールバックに決める。
家を出るときにはもう、ミチカ・エンリではなく、売人ミチカになっている。
「ハーイ。いつもキッチリ時間通りね」
ミチカは家では一切動かなかった表情筋で笑みを浮かべる。
裏路地。
目の前には、常連の女がいた。
工場勤めで、給料は低い。
けれどミチカが捌く単価の低いドラッグパックぐらいは買える。
安価な分、副作用は強烈だが、この女はそれでも構わないといつも買っていく。
「今日も一箱?」
聞きながら、1箱取り出す。
この女が買うのは必ず箱1つ。
ボーナスが出た日も、稀な臨時収入があった日も必ず1つ。
客単価が低くはあるが、こういう客こそが売人の生活を支えている。
だからミチカは高低の差は気にせず、常連を大事にする。
「……」
「……どしたの? 50ドル。用意できなかった?」
女は答えない。
ミチカは笑顔を消して、差し出しかけたドラッグパックを引く。
「金がないなら、売らないよ」
「……たの」
「はん?」
女のボソボソとした喋りに片眉を上げて、怪訝な表情をしたミチカは、そこで初めて気付いた。
薄暗い路地。
近くにあるネオンの看板に照らされた女の顔と身体は、血にまみれていた。
「……殺したの。お母さん」
「……嘘でしょ」
そして女の手には、血まみれの金槌が握られていた。




