どうしようか、これから
ぬるいスープと合成肉の端切れ。
消費期限の過ぎた硬いパン。
それを暗い部屋で食べる。
アージェル・鈴木にとって、別にそれは不幸でも惨めでもない。
屋根と壁があって、ビカビカと馬鹿みたいに光っているネオンのおかげで光源には困らない。
携帯端末の画面は自ら光るから、別に明かりはいらない。
母のいびきが聞こえる。
横には合成酒の瓶が転がっていた。
中身が少々こぼれて、部屋全体がうっすらとアルコール臭い。
早く死なないかな、この人。
スープに浮いたハエをスプーンで無感情に払って、アージェルは思う。
顔には何の感情も浮かんでいない。
ただ、心の中ではいつも母の死を願っている。
母が死ねば、人ひとり分の生活費が浮く。
それも金食い虫の生活費だ。
アージェルが勤める工場勤務が週6.5から週5ぐらいに変えられる。
アージェルは裏路地で売人から買ったドラッグパックを咥えて火を点ける。
眉間にシワを寄せて煙を吸い、顔が隠れて見えなくなるほどの紫煙を吐き出した。
『スケアクロウ』。
最近出回り始めた、おそらく黒羊産のドラッグだった。
吸えば嫌なことを考えずに済む。
頭の中が麻痺して、思考にモヤがかかる。
アルコールより安くて、副作用も少ない。
少しだけ値は張るが、買うだけの価値はある。
なんせ、このクソみたいな現実から強制的に目をそらすことができるからだ。
殺すなら、ナイフを使おうか。銃を使おうか。
銃なんてどこに売ってるんだ。
粗悪品でも高いし、そんなの使ったらすぐに足がつく。
こんなヤツを殺して刑務所行きなんて、ひどく後悔する気がする。
殺したことよりも、人生を棒に振るほどの価値が母にはない。
アージェルは考えながら、ドラッグパックを吸う。
殺すだどうだ、という考えなんてどうでもよくなってくる。
母を殺して何になる。
これまでの努力が無駄になるだけだ。
無駄になる? 本当に?
努力ってなんだ。
自分と、自分を産んだだけの母を“維持”するだけの人生を努力と呼んでいるのか。
ドラッグパックを灰皿に揉み消して、アージェルは立ち上がる。
薄汚れたベッドに横たわり、いびきをかく母の横に立った。
アージェルは手にしていたパンを口に頬張り、メシッ、メシッ、と音を立てて食っていく。
もう片方の手には金槌が握られていた。
なんでこんなことをしようとしているのかわからない。
けれど、すべてがどうでもいい。
そんな気分だった。
真っ暗な部屋の中に、小さな赤い光が灯った。
アージェルが口に咥えたドラッグパックの光だった。
アージェルはベッドに座っていた。
顔には血が飛び散っていた。返り血だ。
ベッドに横たわる母からは、もういびきは聞こえない。
「どーしようか。これから」
答えは見つからない。
けれどドラッグパックを吸っている間は、考えたくないことも、考えなければならないことも、すべてモヤがかかって見えなくなるのだった。




