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ABC アレク

 アレクはストリートギャングの一員だ。

 とは言っても、でかい組織ではない。


 スラム街で育った幼馴染三人組でやっている。

 アレク、ベン、コナーの三人はそれなりに強い。


 ナイフやスタンバトンも躊躇いなく使える。

 相手を重症にしたことも一度や二度じゃない。


 かなり凶悪な三人組として、界隈では少し有名だ。

 アレクたちが付けたわけではないが、それぞれの頭文字を取って「ABC」と呼ばれている。


 そんなアレクが今日、目を付けたのは人通りの少ない場所を歩く女だった。

 華奢に見えた。

 傘で重酸性雨を避け、どんどん人がいない場所へ向かっていく。


 その先にあるのはバラックが立ち並ぶCランクエリアの中でも特に貧民たちが住むエリアだ。

 しめた、とアレクは口元を歪めた。


「おい、今日の獲物だ」


 ボソボソと喋ると、常時つなぎっぱなしだった通信機から声が返ってくる。


『男? 女?』


 と、ベン。


「女。スタイルいい。貧民街に入ってく」

『マジかよ。ヤろうぜ』


 次はコナーが入ってきた。


「ふたりとも、こっち来い。すぐにやるぞ」

『『了解』』


 ふたりの声が重なった。

 アレクはジーンズの腰に差したホルスターからナイフを抜く。


 小ぶりのナイフだ。

 それでも人を殺せるし、脅すのにも十分使える。


 弱肉強食。

 このあたりではよく使われる言葉だ。

 日本人が昔、よく使っていた四字熟語を、今はアレクたちが使っている。


 女は、日本人に見える。

 黒髪に、白い肌。


 腰がくびれている。

 尻もでかい。


 胸は見えないが、でかさにこだわるのはコナーだけだからどうでもいい。

 アレクは、女として穴と不愉快じゃない程度の顔があればヤレる。


 悪いな、姉ちゃん。

 と、アレクは思う。


 普通に生きてきて、たまたま今日、アレクの目に付いただけだ。

 特に恨みも興味もない。


 金と女を欲してるときに、たまたま近くにいた。

 ただそれだけ。

 不運だろうが、諦めてほしい。


 あと、できればなるべく綺麗な状態でヤりたいから、手荒な真似はさせないでほしい。


 女を尾行する足音は雨に紛れて消える。

 雑踏も街灯も、少しずつ少しずつ減っていく。


「あれか?」


 まず、ベンが追いついた。


「おお」

「いい尻だな」


 続いて、コナーが横に並ぶ。


「乳もでかいといいけどな」


 下品なことをつぶやきながら、コナーがニタニタと笑みを作る。


 ABCの三人は、大手や権力者に手を出さなければ、自分たちは強者だと自負していた。

 何の後ろ盾もない女は犯していいものだし、弱い男からは金を奪っていい。


 それがこの都市で生き抜くための最低限のルールだと、アレクは考える。


 親がクソであるとか、産んだことを恨むとか、そういうのはこの都市のガキどもは何度も通る通過儀礼のようなものだ。


 親に八つ当たりしても現状が変わらなそうだと気づいてから、暴力が使えることを理解する。


 いち早くそのルールに気づき、そして行使したものが、笑って暮らしていける。


 雨が降っている。

 バラックに当たる雨の音が大きくなってきた。


 女が角を曲がった。


 女にとって、最悪の不幸までのカウントダウンが始まった。


「行くぞ」


 アレクが言って、横のふたりが頷く。

 三人は同時に駆け出した。


 角を曲がり、人も街灯も途切れた数メートルの闇。


 女の後ろ姿があった。


 女を押し倒そうと三人が飛びかかった、その時だった。


「……ッ!?」


 女の顔が、ぐるりとアレクたちを向いた。

 身体の向きはそのままだ。


 つまり、首が180度回転している。


 アレクの脳内には驚愕と同時、警鐘が鳴り響いた。


「アレクッ! こいつはっ!」


 ベンが叫ぶ。


「やべぇっ!」


 コナーも叫び、急停止する。


 ベンはしゃがみ、それから四足で這うようにして来た道を戻る。

 コナーは一度尻もちをついてから、急いで立ち上がり、ベンの後を追う。


 ふたりは頭上で何かが通り過ぎていく音と風を聞いた。


「がっ!?」


 直後、アレクの悲鳴のようなものが聞こえたが、ふたりは振り返らなかった。

 振り返ったら死ぬ。

 そういう直感があった。


「がっ、か、あ、かっ……」


 アレクの身体が宙に浮いていた。

 正確には、首にワイヤーを巻かれ、大男に背中合わせで背負われていた。


「あれま、逃げられた」

「おい、なにやってんだ」


 アレクがバタバタと暴れるのも意に介さず、ふたりの男が会話を続ける。


 ひとりはアレクを捕まえている大男。

 もうひとりは小柄だが、筋肉が分厚い男だった。


「こちらジャム。悪い、ふたり逃した」


 小柄なほうが耳に手を当てて喋ると、男の耳に聞き取りづらい声が返ってくる。


「ああ、頼む」

「ジャム、こいつどうする?」


 大男が、身体から力が抜け始めて、痙攣している背中のアレクを指差す。

 ジャムと呼ばれた男はアレクを見て、それから自分の手を水平にして首に当てる。


「いつも通りだ。許可のない犯罪者は──」

「OK」


 ジャムが手で首を切るポーズをすると、大男がワイヤーを掴む手にグッと力を込めて引き下げる。


「かっ……!?」


 顔を真っ赤から真っ青、そして紫色から白になったアレクは、そのまま男の背中で絶命した。


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