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ナスタロ・ゲレロ

 貧相なガキどもが、居場所を求めてやってくる。

 ナスタロは、ドラッグパックを咥えたまま、VIP席からクラブ全体を見渡していた。


 姿勢悪くソファに座り込んで、はべらせた女たちを適当に喋らせておく。


 Cランクエリアのクラブだった。

 剥き出しの鉄筋コンクリートで作られた内装。

 様々な色のネオンと、フロアを縦横無尽に照らすクラブライト。


 度数が強い酒。

 混ぜ物がキマった粉。

 まだ10代ぐらいのガキが、楽しそうにドラッグをキメて踊っている。


 下手くそなダンスだった。

 基礎も何もない。

 ただ手足をバタバタ動かしているだけの、ダンスとも呼べない代物。


「……マリーン」


 ナスタロが言うと、ソファの端で女と楽しそうに喋っていたマリーンがナスタロを見た。

 目が強張っている。


「ドラッグは? 回収できそうか」

「……いえ」

「そうか……」


 ナスタロはマリーンの返答に、息を吐いた。

 口の中に含まれていた煙がライトに照らされ、オレンジ色の煙となって吐き出される。


「ボス。もう少し待ってもらうことはできないんですか?」


 マリーンが言った。

 ナスタロは首を振る。


「無理だな。そもそもが明後日が期限ギリギリだ。待ってもらってこれだよ」

「どうするんですか?」

「どうしようかね」


 ナスタロはクラブの爆音の中、楽しげに踊る若者たちを眺めながらため息を吐いた。


 ナスタロはドラッグの売人プッシャー集団のひとつ、プルガのリーダーだ。

 上部組織はたくさんあるが、その天辺が五大超企業のひとつ『黒羊マブロ・プロヴァド』。

 プッシャーの中でもプルガはたくさんあって、組織の最少人数は5人から。

 個人でも出来るが、それだと上納金を払えるほど金を稼ぐことはできない。


 マリーンはナスタロの部下で、このプルガの幹部だ。

 足が早くて、運び屋ランナーとしても活躍する。


 もうひとり、ナスタロたちの近くで控えている大柄な男、ブロスも幹部だ。


 ブロスは酒を好まない。

 ドラッグパックも吸わない。

 ただ、暴力を好む。

 素手と警棒。それで敵対勢力を制圧する。


 あとは有象無象のプッシャーたちがこのプルガには属している。

 『羊の蹄サボ・デ・ムトン』のような上位組織になるには、まだ実績と人間が足りない。


 自分たちはそういうものになれないと、ナスタロは正直思っている。

 少し楽に生きたかっただけだ。


 ナスタロの母親と父親はドラッグ中毒で死んだ。

 両親はドラッグを買うための金だったらどんなことでもして稼いできた。


 だからナスタロは思った。

 売る側の人間になろう。

 そうすれば、今よりもマシな生活ができる、と。


 そしてプッシャーになってから10年。

 同期は何十人と消えたし、新しいプッシャーが何百人と入ってきた。


 ナスタロのような野望のない人間が小さな組織であるプルガとはいえ、リーダーをやっていることのほうが稀有かもしれない。


「上手くいくと思ったんだがな」


 誰にも聞こえないように呟く。


 ナスタロとマリーン、そしてブロスは違法ギャンブルに手を出した。

 しかも他の五大超企業のシマだ。


 金と麻薬を散々に吸い上げられて、上納金もドラッグもなくなった。

 本来の上納期日は一週間前。

 そして明後日は、伸ばしてもらった限界ギリギリの期限だ。

 それまでに上納するものを用意できなければ終わる。


 我ながら馬鹿なことをしたと苦笑する。

 もう少しマシな生き方はできないものかと思ったりもした。


 だが考えるほど、これが一番マシな生き方だった。


 人をドラッグの沼に沈めることに良心は傷まない。

 どれだけ価格を吊り上げても買うという客の顔を見るのも好きだ。


 だが、少し飽いていたのかもしれない。

 このまま、自分は平凡にプッシャーとして生きていけると思ったのかもしれない。


 プッシャーを長くやりすぎたのだ。

 自分の歩いている道が、落下すれば即死の綱の上だということを忘れ、麻痺するぐらいには。


 そのとき、視界の端に着信を知らせるマークが灯った。

 サイバーグラスを応用したコンタクトで、秘匿性が高い回線だった。


「どうした」


 言うと、向こうから情報屋の声が返ってきた。

 老いた男だった。

 普段はホームレスで、プッシャーに限らずいろんな人間に雇われている。

 ナスタロからは報酬としてドラッグを渡している。

 彼は重度のヤク中だった。


『ナスタロさん、あんたチャンスかもしれない』

「具体的に」


 体勢も表情も変えず、ナスタロは言った。


『リバロを知ってるでしょ』

「ああ。ヤツの工場クリーンルームも知ってる。手は出せないけどな」

『明日、あそこから荷物が出荷される』

「それがどうした。ヤツのところのランナーは手強い。護衛エンフォーサーも並じゃない」

『ところが、そいつらは少し遠くの荷運びに出て、あと2日は帰ってこない。雇われた代理が出る』

「……誰だ、そいつは」

『アシュトンっていうそこそこ新米のランナーが雇われたらしい。本人は渋ってるらしいがね』

「護衛は?」

『ひとり。あんたんとこのブロスと同じタイプの人間さ』


 ナスタロはドラッグパックを摘んで、息を吐いた。

 頭の中では、様々な損得勘定が動いている。


 だが、結局答えはひとつしかなかった。

 ナスタロたちは今、追い詰められているのだ。


 やらない。

 という選択肢は“存在しない”。


「ルート、わかってる限りの情報を。こっちは今出せる全部を出す」

『いいのかい?』

「ああ、どうせ失敗したら終わり確定だ。構わん」

『へへ、じゃあ遠慮なく。今送ったよ』


 目の端にファイルがポップアップ。

 視線の動きだけでファイルが展開されて地図が眼前に広がる。

 Cランクエリア、リバロの工場から依頼主である人間の拠点につながるルートが赤い線で記されている。


「上出来だ。仕事ができるな」

『へへ、最高の褒め言葉だ』

「そんだけ仕事ができるのに、なーんでこんなところにいるんだよ」

『……わかるだろう。あんたらの仕事のおかげさ、ナスタロさん』


 男の卑屈な笑い声が通信越しに漏れ聞こえる。

 ナスタロは通信を切ってから、マリーンとブロスに視線を送る。


「明日は仕事だ。用意しておけ」

「はい」

「うす」


 マリーンとブロスが返事をした。

 それに鷹揚に頷いてから、ナスタロは新しいドラッグパックを咥えて火を点ける。


 生涯最後の一本まで、あと何本だろうか。

 ナスタロはゆっくりと、臓腑の隅々に行き渡るように、深く煙を吸い込んだ。


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