FORTUNE
関連:ローラ&ポーラ1 I wish you a good life.
正しいことなんて、実際には存在しない。
あるのは、時代と環境と──そして運だけだ。
それが、その時々の物事の正しさを決める。
「……こん、にちは」
大滝レンジが薄暗い室内に入りながら言った。
「ひぇっ、ひぇっ、よく来たねぇ。薄汚い坊や」
答えたのは双子の老女、その片割れである、翡翠の瞳をしたローラだ。
「ドブネズミにしては、上等な衣を着てる。ひっ、ひっ」
言葉を被せたのは、古臭い煙管を咥えたもうひとりの老女、ポーラだ。
「誰のお使いでうちに来た?」と、ローラ。
「山田、フォルンさんです」
「ああ、あのクソガキか」と、ポーラ。
そう言うと、ポーラは火を点けかけた煙管を口から外し、頭の部分をごとりと机に乗せた。
「赤コートの連中について、かね?」
「あ、はい。連絡来てたんですか?」
「いいや? けど、それぐらいはわかるさね」
ポーラが答えている間、ローラが空中に浮かべた透過スクリーンに素早く目を走らせる。
「ところであんた、かなりヤってるね」
「……え?」
「隠しても無駄さ。アタシらはそいつがどれだけ深い場所で溺れてるのかが“視える”」
「どういう意味、ですか?」
「それに答えるなら、追加料金を貰うがどうするね」
「……なら、いいです」
「ひっひ、それが賢明だ。賢い子は嫌いじゃないよ」
言っていることは意味深だが、レンジは聞かないことにした。
世の中、知らないほうがいいことはたくさんある。
「セルゲイ、おいで」
ローラが自らの背後に向かって言うと、奥の扉からひとりの男が現れた。
長身で逞しい体つきの男だった。
両手が剥き出しの金属だ。サイバネ化されている。
「手渡しの情報だ。依頼主は山田フォルン、地図は直接頭に叩き込む。出発は3分40秒後。ああ、依頼金はこの男に渡しておくれ」
「え? あ、は、はい」
レンジは戸惑いながら、近づいてくる黒スーツ姿の男に持っていた袋を渡す。
そこには500万J$が入っている。
男、セルゲイはそれを確認すると、双子の老婆に袋を渡した。
「うーん。やっぱり現金の匂いは素晴らしいね」
「ああ、しかもあのクソガキ、わかってるね。全部ピン札だ」
「クソガキのくせに、こういうところはわかってるから、サービスしてあげたくなる」
「あっ、あっ、あっ……こいつを貸し出すかい?」
ローラとポーラがセルゲイを見る。
「ふむ。そうさねぇ。耐久テストもしたいし、ここでの今のランクも知りたい。いいね、おい坊や」
「は、はい」
「この男、セルゲイって言うんだ。大したことはない男だったけど、アタシらが良い男に改造してやった。貸してやるから、アンタがやることに使いな」
「えっと……」
意味がわからず口ごもるレンジに、双子が同時に鼻で笑う。
「すぐにわかるさ。遠慮するな」
「坊やのためじゃないしね。アタシらのためさ。いいから受け取りな」
どう返事をしたものかと戸惑うレンジをよそに、双子の背後の部屋からさらに人が出てくる。
今度は女だった。
深いスリットの入ったチャイナドレス姿の女で、こんな掃き溜めにいるのが不思議なほどの美女だった。
女は、小さなビジネスバッグを持っていた。
「ローラ様、資料が出来ました」
「セルゲイに渡せ」
「はい」
美女はセルゲイにビジネスバッグを渡し、それからレンジを一瞥して微笑んだ。
レンジはその微笑みに、胸を射抜かれたような気持ちになる。
美女はそのまま踵を返し、部屋の奥へと戻っていく。
レンジはその後ろ姿を眺めることしか出来なかった。
「時間だ。行こう」
「あっ……はいっ……」
レンジは自分よりも遥かに強そうな男に言われ、情けないと思いながらも頭をペコペコ下げながら答える。
「「坊や」」
店を出ようとしたとき、双子が同時に声をかけてきた。
レンジが振り返る。
「アンタみたいな死に損ないに出来ることを教えてやる」
「中指をおっ立てな。虚無? ひひひ、違うね。アンタは……」
「「怒ってんのさ」」
双子の言っている意味はわからなかった。
しかし、レンジはなぜか、いつかどこかでそうするだろうと直感的に思った。
それは本当に直感でしかなくて、具体的なことなんて何一つわかりはしなかったが。
レンジとセルゲイが出ていった店の中で、アヘンとドラッグパックの煙がたゆたい始める。
「やれやれ。どうしようもない不運な男だね」
「様々な分岐路はあったようだが、まるで自ら望んでそのレールに乗っているみたいだね」
「ここまで来たらあとは一本道しか残ってない」
「あっ、あっ、あっ……懐かしい。たまにいるな、あの手の人間は」
「ああ、そうだねポーラ。不運で不幸でどうしようもないのに、歩みを止めない愚か者」
「ひひひ、アタシらじゃなくてもわかる。あの坊やは運命は、もう決まってる」




