I wish you a good life.
関連:Hey! Which shit do you prefer?
「やれやれ、やっと終わったか」
壮年の男が言った。
目の前には、レッド・コートを羽織った女の死体がある。
椅子に座らされ、涙や鼻水で顔はぐしゃぐしゃになっていた。
身体中の至るところに小さな穴が開いていて、乾いた血がこびりついている。
「すまんなぁ、嬢ちゃん」
壮年の男、京利蔵は両手を合わせてレッド・コートの女、テリアを悼んだ。
自分でやったくせに、利蔵は本気で悲しいと思っている。
手にはテリアを拷問した感触が残っている。
“作業”は慣れたものだが、だからといって罪悪感がゼロになるわけではない。
昔の仲間たちはそんな利蔵を甘いと言って笑いものにしていた。
いつか命取りになると。
けれど、今、生きているのは利蔵だけだ。
仲間たちはみんな死んだ。
いつかは命取りになるだろうが、それはまだ、今ではないようだ。
「山田、いるか」
利蔵は部屋を出て、すぐ隣の部屋の扉をノックもせずに開けた。
「いるに決まってるだろ、ジジイ」
中にいる男、ドレッドヘアの山田フォルンが答えた。
透過キーボードを操ってタブレットに何かを打ち込んでいる。
利蔵の顔を見もしない。
「終わったぞ。これまでの連中と対して変わらんな」
「そうか。まあ、期待はしてないが……」
「あの若いのは」
利蔵が聞くと、フォルンは顎をクイッと動かして己の背後を示した。
そこに目を向けると簡易ベッドが置いてあり、血まみれのシーツの上にひとりの青年が寝ていた。
「大滝レンジ。若くもないが老いてもいない。頭の出来はそこまで悪くないな。運動能力もある」
「使えるようにするには?」
「最短で二週間。ダメなら一ヶ月だな」
「ずいぶん悠長だな」
「先日殺された運び屋の友人で、本人は仕事を手伝っただけのズブの素人だった。教育と経験が必要だ」
「ソルジャーの直接注入は?」
「ダメだな。ありゃそもそも粗悪品だ。それなりに動けるようになるが、3日で廃人になる。もっと長く使えるようにする」
「入れ込んどるな」
「逆だ」
「逆?」
「ルージュ・ナンバーズども、勢力を伸ばしてるからな。さすがに鬱陶しい。少しでも連中の数を減らしたい」
「そのために使える手駒が必要ということか」
「ああ。そいつは身寄りはない。いなくなっても誰も困らない。そういうヤツだ。だから俺の役に立ってもらう」
「やれやれ。人の人生をなんだと思ってるのか」
「あんたが言えた義理じゃないだろう」
ようやくこちらを一瞥したフォルンは、ひとつ息を吐いてドラッグパックを咥える。
火を点けてひと口吸う。
「で? 連中の規模はわかったか?」
「ああ。お前の予想した通りだった。流入してきた人材が思ったより使えるみたいでな、急激に組織を膨らませてるみたいだ。嬢ちゃんもそのひとりだった」
「拠点は?」
「特定の場所はなし。これからどこかの廃墟なり住居を占拠するか強奪して使うつもりらしい」
「一匹、一匹、しらみつぶしってことか。少し面倒だな」
「絆なんてもんはないが、仕事仲間に対する情はありそうだったぞ」
「自分たちがナメられたくないからだろ」
「そりゃそうか。まあ、とにかくこれでウチが連中のターゲットになった。お前さんの狙い通りにな」
「だが、そりゃ結構。餌にかかってくれて助かる。仲間を捨てるような、プライドのない薄情な連中だったらもっとやりにくかった」
「よく言う。連中が弱くてダサい連中だ。と吹聴したのはお前さんだろう?」
「さてね。プリミティブネットワークの前時代的なチャット掲示板の書き込みだ。ただの荒らし目的だろう」
「……そういうことにしておこう。ともあれ、連中は来るぞ。二週間もかからずにな」
「ベースがあるならそこを襲う予定だったが、向こうからちまちまと来てくれるならそれでいい。こっちを見つけられない無能なら、大滝レンジに始末させる」
「……出来ると思うか?」
「出来るように仕込む」
利蔵は両手両足がサイバネ化された青年を見つめる。
それから静かに両手を合わせ、小さく息を吐く。
「少しでも君が納得のいく人生を送ることを祈っとるよ、大滝くん」
「で、ジジイ。あんたはどこまで介入する」
「ふーむ。警備の仕事もあるからなぁ。今回みたいに近くでドンパチが始まるなら、参加するよ。やることは変わらんのだろう?」
「ああ、いつも通りだ」
「わかった。それじゃあそろそろお暇するよ」
「あの亀の世話か?」
「ああ、レッド・ローチの世話もせんといかん。どうせ同じレッドなら、ゴキブリのほうがマチカネに食わせることができるから良かったんだがな」
「人間も食わせてみればいい。案外食うかもしれん」
「悪い冗談だ。朝起きて自分の身体が半分食われてたらどうする」
「ははは!そこは素直に死んどけ」
「口が悪い男だ。ではな、山田」
「ああ、また今度だ。ジジイ」
利蔵が部屋から出る。
ドラッグパックの強烈な匂いが漂う部屋で、再び透過キーボードを打つ微かな音だけが響き始めた。




