楊ー1
楊貴一にとって、暴力は自己の存在証明だった。
楊が用心棒を務める違法賭博場で、暴れる男がいた。ポーカーのディーラーがイカサマをしていると声高に叫んでいる。
「お客さん、暴れんでください。他のお客さんが楽しめなくなる」
楊は話しかけながら、男の肩にサイバネ化された鋼鉄の義手を置く。内心、何を当たり前のことをわめいているんだと呆れていた。クリーンな賭博場なんかあるわけがないだろう。
「なんだてめぇは!? 俺は三叉城の劉と仲が良い男だぞ?この俺に手を出したこと後悔させてやる」
楊はうんざりした。貧民街の王者たちの名を騙るだけでも場合によってはタダではすまないのに、挙句自分で黒服に挑みかかろうとする。男は驚くほど頭が悪かった。
「俺はサイバネボクシングでそこそこ名が通ってる男だ。聞いたことぐらいあるだろ。【破壊兵器】王ってよぉ。謝るなら今のうちだぜ」
男はサイバネ化された両腕をこれみよがしに上げ、楊の眼前で拳を何度も突き出して見せる。残念ながら遅い。義手は型落ち。ろくに整備もしていないから錆びも目立つ。
ボクシングをやっていたのはかろうじて本当だろう。それらしい動きは出来ている。しかし──。
「王さん、すまないが帰ってくれないか。今ならあんたはギャンブルに負けただけ。それで済む」
「あぁん? なんだそれは。まるで俺がギャンブル以外にも負けるみたいな言い草だな」
王が顔を近づけてきて、酒臭い息を吹きかける。仕方ない。引き際を分からない奴が悪いのだ。
「さあ、お客様方! これから自称【破壊兵器】の王と、我がカジノが誇る用心棒、楊の対決です! どちらに賭けますか? 賭ける方が決まったら近くのディーラーへお申し付けください!」
マイクで叫んだのはこの賭博場のオーナー、呉仁武だった。客たちはハッとしてディーラーに掛け金を叫び始める。皆、金と刺激を求めている。こういう突発的なイベントには誰しもが熱狂する。
反対に青ざめているのが王だった。自分がもう後戻りできない場所に放り込まれたことを、ようやく理解したのだろう。
「王に500!」「俺は用心棒に600だ!」
口々に掛け金が飛び交う。用心棒といっても、楊の見た目は細い。ゆったりとしたスーツを着ているから、一見して筋肉もあるとは思われない。
賭けは良い感じにばらけていた。
「王さん、勝ったらうちの店から賞金三千ドルを出しますよ」
周りの雰囲気に呑まれ怖気づきそうな王に、呉が声をかける。すると王は目をひん剥いた。
「ほ、本当か? さっきのイカサマみたいに嘘を吐いたりしないな」
「ひどいな王さん。うちにイカサマはない。そう信じてくれて、あいつに勝てたなら本当に三千ドル出しますよ」
「あ、ああ。分かった。いいだろう。この店にイカサマはない。俺はあいつに勝って三千ドルを手に入れる」
「そうです。その意気ですよ王さん」
呉が楊を見る。楊は肩を竦め、スーツのジャケットを脱いでシャツの裾を捲る。
途端、悲鳴が上がった。革の手袋とスーツで隠していたサイバネ化された両腕が露わになったからだ。白兵特化の最新型。どんな愚図が使ってもスモウレスラーを相手に完勝できる危険な品だ。
ならば、暴力が好きで堪らない男が使ったら? その疑問は王の肉体で実験されることになる。
「聞いてないぞ! お前もサイバネしていたなんて」
王が戸惑いつつも、先手必勝とばかりに突っ込んでくる。
「試合開始!」
遅れて呉が楽しそうに宣言する。大波となった客の歓声と悲鳴が楊の身体を揺らす。
楊は最初、あえて攻撃しなかった。王のそれなりなパンチをいなして避ける。腹部へのフックをわざと喰らってみたりもする。
客は歓声を上げ、王へ掛け金を追加する客も現れた。
「なっ……お前」
応援に反して、王は顔を歪める。腹部への一撃で、楊の肉体がどうなってるのか想像できたのだ。
楊は微笑んでやる。
「拳を真っ直ぐ俺の顔に突き出せ王。避けないでやる」
「な、舐めるなぁっ!!」
王が拳を突き出してくる。渾身の力が込められた右のストレート。
「シッ!!」
楊は後から拳を出した。同じく右ストレート。しかし王よりも速く前に突き出される。
「ぎゃああああ!!」
楊の拳が王の拳に当たる。そのまま肩まで義手を破壊し、内部機構を露出させた。
「フンッ!」
「うぎゃあああっ!!」
続いて右のハイキック。生身の人間には出しえない速度で繰り出された蹴りは二の腕部分を打ち抜き、そのまま叩き潰して破壊する。
「ひぃ、ひぃい……も、もう勘弁してください。お、俺が悪かったですから」
膝をついて王がすすり泣く。
「なにをぬるいことを言ってるんだお前は」
楊の言葉と共に、客たちも興奮の声を上げる。サイバネ化が常識となったこの時代でも、人々は血と肉を打つ音を求めていた。
賭けに勝った人間はトドメを叫び、負けた人間は派手に散れと悪態を吐く。
その全ての願いを叶えるのは、全身義体の身体から発射される一撃。
上げられた足が鋭角に打ち下ろされる。
悲鳴もなく、腹に響く重低音がフロアを満たした。王の顔は背中側を向いて、舌をだらしなく垂らしていた。
股間から小便を漏らして地面にくずおれる。
「イエーーイ! ウィナー!! ヤン・クェイイー!!」
呉の声と共に観客たちが怒号に似た歓声を上げる。
ここは違法賭博場、人の死なんて見慣れた連中しか来ない場所だ。
ボーイが数人やってきて、死んだ王をゴミ捨て場へ運んでいく。
「お疲れさんだな、楊。お前のおかげで儲けさせてもらった」
「いえ、呉さん。役に立てて良かったです」
楊はスーツを着直して、呉に頭を下げる。
「またなんかあったらよろしく頼むぞ」
呉は満足げに頷くと、楊の背中を叩いてフロアに戻っていった。
「もちろん。なんなら今すぐここにいる全員を血祭りに上げたっていい」
楊はそんな危険な思想を垂れ流しながら、再び賭博に興じる客たちを見つめていた。




